■チョコレート■



遅刻ぎりぎりで学校の下駄箱に駆けこんだ京一は、

自分の上履きの中に小さな紙包みが入っているのに気づいた。

何だろう、と思ってすぐに、ああ、バレンタインデーか、と思い出す。

去年までなら一週間も前からいくつ貰えるかなあなんて楽しみにしてたのに。

京一はその紙包みを薄っぺらいカバンの中に押し込みながら、

今年はいくつかなあなんて思ったが、なぜだかあまりうきうきしていない自分に気づいた。

だけどその理由はわざと考えないようにして、京一は上履きを突っかけると教室へ急いだ。

 

休み時間のたびに顔も見たことのない女の子達が京一にチョコレートを渡しにやってきたおかげで、

放課後には京一のカバンは悲鳴を上げるほどに膨れ上がっていて、

それでもまだ入りきらずに机の中やロッカーにまで包みがあふれていた。

去年までは部活で使うバッグをわざわざ持ってきてたんだっけな、と思って、

それを置いてきてしまった今日はどうやって持って帰るか思いあぐねていると

「ボク、毎年信じらんないなー。京一にチョコあげるなんて、みんなどうかしてるよ」

と言いながら、小蒔が半ば呆れた顔で紙袋を手渡してきた。

「あッ!言っとくけど、あげるのは袋だけだからね!」

「俺だって男からはいらねーよ」

「なんだとーッ!」

小蒔のパンチを受け流しながら、俺は言った、

「お前は醍醐にあげるんだろ?」

小蒔は真っ赤になってしまう。

「まッそんなことどうでもいいけどな。とにかく、これ、サンキューな」

と言って紙袋をちょっと上げると、小蒔はちょっと怒ったような顔で頷いて、行ってしまった。

あいつも意外とかわいいとこあるなあ・・・と教室から出て行こうとする小蒔を目で追うと、

小蒔が開けようとした扉が開いて龍麻が顔を出した。

「あッひーちゃん!どこ行ってたの?」

「あ、小蒔。いやちょっとね・・・」

「ふーん・・・あ、いま後ろに隠したのなに!?」

「・・・目ざといなあ」

と言って龍麻が小蒔にちょっと見せたのは紙袋。

小蒔の反応からしても、結構な数のプレゼントなのがうかがわれる。

なんだか京一は面白くなくて、わざと龍麻に気づかない振りをして窓から校庭を眺めていた。

「じゃーね!ひーちゃん!」

と言う小蒔の声がして走り去る足音が聞こえると、龍麻が、よかった、帰ってなくて、と言って

京一の机に近づいてきた。

「帰ろうぜ」

帰り道、龍麻が有無を言わさず京一をマンションに連れ込んだ。

京一にもすでに慣れ親しんだ部屋に入ると、龍麻はおもむろに紙袋を投げ出した。

どさっという重い音がして倒れた紙袋から、いくつも色とりどりの包みが出てくる。 

その中には京一がカバンに入らなかった分を入れてもらったのも入っていたが、

もうどれがどれだかわからず、こう眺めると嬉しいというより困るほどの数になっていた。

二人してコートを脱ぎ、龍麻の入れたコーヒーを飲みながら、その包みを眺める。

こうやって見ると、京一へのプレゼントのほうが、少し多いかもしれない。

だが、龍麻へのプレゼントのほうが、自分でやったと思われるラッピングだったり

手紙がついてたりして、京一は不機嫌になった。

それはきっと、数が負けたからじゃなくて。

そんな自分を打ち消すように頭をぶんぶん振る。

龍麻はそんな京一を見て、どしたの?と聞いたが、あまり気にしていないようで、

これどうする?と重ねて尋ねてきた。

「どうって・・・んー・・・食えねえよなあ」

「京一は毎年どうしてんの?」

「近所のガキにやったり家族にやったり・・・でもこんなに多くなかったからな」

「へえ、いつもより多い?」

「うん、多い」

「・・・気に入らないなあ」

龍麻がさらりと言ってのけたので、京一はびっくりした。

京一だったら、龍麻がもてるなんて面白くないなんて思うことが悔しいのに。

「ひーちゃん・・・妬いてんの?」

「うん」

またあっさり言われて、京一が驚いてるスキに、唇をふさがれてしまった。

龍麻の舌は今日はまだ吸ってないはずのタバコの味がして京一は眉をしかめたが、

その味に慣らされた京一の舌は、鍵と鍵穴がぴったりとはまるように龍麻の舌を勝手に求めた。

そしてそんな自分と、伸びてくる龍麻の手を必死に押さえて、京一は龍麻から唇を離す。

「休みの前の日しかだめだって言っただろ!」

不満そうな龍麻にそう言い放つと、京一は紙袋を挟んで龍麻から離れたところに座り、

京一宛ての包みについているカードなどを読んでいたがちっとも頭に入らないので放り投げた。

「そういや、ひーちゃんはいつもこんなにどーすんだよ?」

「捨てる」

「は?」 

「捨てるよ。こんなに食えないし、チョコレートって嫌いなんだよな」 

「・・・ひでー・・・」

「京一だって食べないなら一緒だろ」 

「いや、そういう問題か?」 

「そうだよ」

なんて龍麻に断言されると、京一はそうかもなあ、と思ってしまった。

・・・いややっぱり違うよなあ。

と思ったのが顔に出たのか、龍麻はすねたような顔をして、じゃあ食うよ、と言った。

それがかわいかったので、京一はちょっと笑った。

「でも、嫌いなんだろ?」

と言うと、龍麻は笑って、

「いや、食べられるよ。このままじゃ食えないけど」

「え?どうやって?」

「まず、チョコを溶かすの」

「溶かすのか?それで?」

「で、その溶かしたチョコを・・・」

と言うと龍麻は京一に耳に口を寄せて続きを言った。

「・・・・・・ッ!!」

京一は真っ赤になって、口をぱくぱくさせた。

なんでそんなこと思いつくかなあ!?

そんな京一を尻目に、龍麻は包みを片っ端から開けてチョコレートを取り出すと、

台所に消えていった。

京一は慌てて追いかけて止めさせようとしたが、あっさりと龍麻に捕まってしまった。

「ひーちゃんのこと好きな女の子がくれた物をそんなことしていいと思ってんのかッ?」

「俺のこと好きだったらこうやって有効利用されて嬉しいだろ?」

「・・・俺宛てのもあるだろ!」

「それだって、こうやって有効利用されるだろ?」

「どこが有効利用だよ!?」

「・・・お前にチョコレート渡すなんてむかつくからいいんだよ」

そんなことで子どもみたいに怒ってる龍麻に、京一はそうか、と言いそうになって

慌てて自分に言い聞かせる。そんなことされるなんて恥ずかしくて耐えらんねーぞ!!

だけど龍麻はもう溶けたチョコレートを冷ましているところで。

あんまり冷めると固まるからきっとあと数分後には脱がされてるのだろうし。

京一は泣きそうになりながら、やけどはしたくないと思って

チョコレートの入っている鍋を冷やすボウルに氷を足した。


おしまい


◆戻る◆