■金曜日■


放課後。
マリアに呼び出された龍麻が教室に戻ると、
見慣れた頭が机に突っ伏しているほかは、だれもいなかった。

醍醐たちは帰っちゃったのか。
龍麻は寝ている京一の前の椅子にまたがって座った。
寝ている京一を、見る。

茶色い髪。窓から時折流れる風にさらさらと吹かれている。
白くて、なめらかな肌。そこに影を落とす、長いまつげ。
開いた窓、校庭の歓声。遠く波打っているかのように聞こえて来る。

龍麻は京一の肌をそっと撫でた。
指の先が、そのなめらかさを覚えている。

京一に触れることができるのは週に一回だけ。
土曜の夜、泊りに来るときだけ。

それは、明日。

いま、どんなに触れても、京一を抱くまであと24時間。

24時間・・・

待つのがもどかしい。
待つのが、楽しい。

こんなに近くで吐息を感じて触れて。
でも、なにもできなくて。
もどかしくてうずうずして、おあずけされているイヌのようで。

龍麻はしようと思えばできるキスさえせずに、ただ京一の髪を手ですいていた。



冷たい風が吹いて、京一は目が覚めた。
目の前に龍麻が突っ伏して寝ているのを見つけてぎょっとする。
ドキドキしてあたりを見回すと、教室。
もう薄暗い窓の外からはサッカーしている声が遠く聞こえる。
なんだか夢の中でも聞こえていたような気がする。
・・・ああ、寝ちゃったんだっけ。

龍麻を見ると、風に漆黒の髪を任せて軽く寝息をたてている。
起こしてくれてよかったのに。
ひーちゃんのことだからきっと、俺を起こすのは悪いとか思ったんだろう。
最近俺が寝不足だったこと心配してたしな・・・

京一は龍麻に手を伸ばした。
目にかかっている前髪をそっと寄せる。
高い鼻筋。意志の強そうな眉。
凛とした、っていうのはこんな感じなのかもしれない、と思った。

今日は、金曜日。
こんなふうに触れてても、家に帰る。
帰らなくていいのは、明日。

明日まで待てないよなあ、と思った一瞬を頭をぶるぶる振って否定する。
土曜の夜だけ、泊りに行く、って言い出したのは自分。
そうやって、けじめをつけなければいけない。
いいかげんにしたくないから。

寝かせておきたかったけど、窓からの風は冷たくなってくる。

京一は、周りを見渡してから、素早く龍麻の頬に口付けた。

自分のしたことに顔を赤らめながら、京一は龍麻を揺り起こす。
恥ずかしくて、ちょっと乱暴に。

龍麻は何度か細かく瞬きをしてから、起き上がった。
あ、寝ちゃったのか、とつぶやく。
京一はまだ顔を赤くしながらカバンを龍麻に突き出し、
帰ろーぜ、と言った。

今日泊って行けよ、と龍麻が言ったら、うんって言ってしまうかもしれない。
そんな京一を、龍麻はきっと知っている。
でも、龍麻は、ラーメン食おう、とだけ言った。

明日を大切にしたくて。
あと24時間を、愛しく思いたくて。

教室から出て、その寒さにふたりは同時に肩をすくめて笑った。


◆戻る◆