■GLORY DAYS■


 
「俺、お前のことが好きなんだ」

 

 冗談だと思ったから冗談で返したのに、コイツはッ。

 いつもの不敵な笑みはどこへやら、寂しそうに笑って「またな」と言って帰っていった。

 俺は後を追うことも出来ずに阿呆みたいに立ち尽くしてた。

 

 緋勇龍麻。

 

 奴が真神学園に転校して来てから、俺達の周りは急に騒がしくなった。それも、他校生との喧嘩なんて生易しいもんじゃねェ。

 生命を賭けた戦いなんてこの平和でぬくぬくとしてる東京じゃありえないコトばかり起こってやがる。

 まだ何も知らなかった頃ふざけた調子でお前のせいかもな、なんて言ったら冗談で返してくれると思っていたのに、何かを感じたかのように黙り込んじまった。流石にヤベエと思って明るい話題を振ったがまさか本当だったとは。

 何故転校してきたのか奴はあまり語りたがらないが、知り合いに言われたのだとは聞いた。それも理由はあまり教えてもらえなかったらしい。その結末が黄龍の器で、全てがそのために起こされたことだと言われてショックを受けないヤツはいないだろう。

 妙に口数が少なくなって来たなと思った矢先の柳生による凶行。

 弱音を吐かないアイツがその時はじめて俺に向かって側に居て欲しいと頼んで来た。そんなの美里か小蒔に頼めよとは思わないでもなかったが、あまり女に側に居て欲しくない時だってあるのは理解できる。今回は明らかに戦闘後の油断が招いたミスだったと自分で分っているのだろうから。

 俺は何も言わずに出来る限りは側に居てやった。

 お陰でクリスマスを逃しちまう羽目になって、ついでに誰とも会いたくないというひーちゃんと付き合うことになったのだが。

 

 

「何考えてるんだ?」

 優しい問いかけにはっと現実に戻らされる。

 慌てて上げた視線の先には柔らかい微笑みを浮かべたひーちゃんの顔。ただでさえ整った顔に笑われると途端に人なつっこい感じがする。黒い髪に黒い瞳なんて冷たい感じがするもんだが、それすらもたいしたことじゃないくらい雰囲気が優しくなる。

 この顔に女は騙されるんだろうな、なんて思いながらそんな笑いを浮かべてる時のコイツが何考えてるのか少しは理解できるようになった俺がひきつるように笑う。

「いや、その」

「良い度胸だ、現実逃避とは」

 そうここはひーちゃんのマンション。何をしているかといえば、英語や物理や数学の教科書がところせましと広げられている。

 つまり、勉強だ。

 三学期も後少し卒業間近だっていうのに成績の悪い俺は、三年の最後の普通だったらあまり重要じゃねェ学期末のテストを真面目にやらないと卒業させられない、と犬神のヤローから暗に脅されてこうしているわけだが。

 意外だったのは、ひーちゃんだ。

 転校して来て間もない頃の中間考査でいきなり校内十番以内という成績をとりやがった。それからのテストというテストは、先生方にも褒められる位だったらしい。ひょっとすると美里よかデキルのかも。夏の補習だって、ただ単に英語の授業の出席率が悪いからって呼び出されただけで本当に悪い成績だったからって訳じゃなかったみたいだし。

 くそう、あんだけ授業にでてなくて何でできるんだ。

 前そうこぼしたら「俺は頭がイイからな」の一言で済まされた。

 なんだか悔しい。

 成績が悪くて呼び出された俺に向かって教えてやるよと言って笑った顔は、はたからみたら普通に笑ってるのかもしれねェが……俺には意地悪そうに笑ってるとしか思えなかった。

 そう思えるようになったのは、つい最近のことだが。

 

 前々からそれらしいことは言われてたのだが、俺はてっきり冗談だとしか思ってなくて。そりゃあ俺だって、ひーちゃんの側はあったかいし気持ちがいいから側に居たいと思う。一緒に喧嘩した時から、コイツの強さや優しさはイヤと言う程見て来たからな。

 そういうもんだと思っていたのに、実際は。

 はっきり言われてどうしたらいいのかわからずに悩んじまって、丁度冬休みだったのを良いことにひーちゃんに会わずにいた。それでひーちゃんが俺以上に辛かったのだとは後から知ったことだったけれど。

 良く分らないが、側に居て俺のコトいっつもちゃんと考えていてくれたひーちゃんが居なくなるのはもう考えられないということだけが、俺にわかること。

 一週間近く同じこと悩んで出た結論がそれだってのは情けない気もしたが、相手は男なんだぜ? どう答えればいい?

 呼び出してストレートに伝えてやったら(ほとんどヤケって感じだった)、アイツは驚いて、でも本当に嬉しそうに笑ってありがとう、と言った。

 それからと言うもの、ひーちゃんは遠慮無く気持ちを出すようになって、こっちが振り回されっぱなしになった。流石に美里や小蒔が居る時は素振りも見せないけど。その格差から、ヤツは相当本性を隠していたと思われる。

 とにかく、性格が悪い。

 何がといわれても困るが、俺を慌てさせて楽しんでるんだ。

 腹が立つと同時にそれでも奴を憎めないってことは、俺もひーちゃんのコト好きなのかも知れないな……。そんなこと言ったらつけあがるだけだから言わないけど。

 

「ほら、最後の問題だ。さっさとやる」

 シャーペンを握ってぼーっとしてた俺に気付いたひーちゃんが、読んでた単行本から顔を上げて注意する。

 思わずその端正な顔をじっと見つめてしまう。

「何かあるのか?」

「……いや、なんでも」

「ふうん、ま、いいけど」

 目を細めて笑ってるひーちゃん。

 本当は俺の考えてることわかってるのかも知れない。

 俺が迷ってるってことも。

 だって、さ。俺一週間勉強のためにコイツのうちに泊まり込んでる。普通に勉強して疲れて寝るんだけど……もちろん何もないぞ。

 それがひーちゃんを苦しめてるのはわかってるんだけど、どうしようもないだろ? 気持ちってのはさ。そして、ひーちゃんは何も言わない。意地悪そうにしてても根本的な所で優しいんだよなァ。それに甘えてる俺も俺だけど。

 こう考えるのって、やっぱ俺もひーちゃんのこと好きなのかもな。

 とりあえず、今は目の前の頭の痛くなるものを片付けたら。

 もうちょっと本気になって考えてみたいと思う。

 


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