■ハッピーデイズ:本編■



うちで働いてくれないか、と言われたはずだ。

なのに、と僕は思っていた。

この家にお世話になってからもう2週間が経とうとしている。

それなのに、緋勇さんからもメイドさんからも何一つ仕事を言いつけられない。

朝起きると当然のように豪華な朝食といつのまにか洗われた真っ白なシャツが待っているし

学校から帰るとすでに夕食の用意がなされ、僕のためにお風呂が沸いている。

食事の後片付けをしようとしてもメイドさんたちに丁重に断られる。

夕食が、メイドさんたちと違って、緋勇さんと龍麻と同じ席なのを見ても、

使用人どころか家族扱いだ。

これでは、僕がここに来たことで、よけい緋勇さんに迷惑をかけている。

金銭面はもちろん、他人が家の中をうろつく不快感。

僕はある夜、思いきって緋勇さんにこの事を話した。

どうか働かせてくれないか、家事は一通りできるし、一生懸命やりますから、そんなことを言うと、

緋勇さんは少し困ったような顔をしながらもにっこり笑って言った。

「君はここにいてくれるだけでいいんだ。龍麻の友人として」

それを聞いて、僕は困った。

「で、ですが・・・僕はもう龍麻くんの友人です」

「そうか、それはよかった」

緋勇さんはパアッと明るい顔になって行ってしまった。

その後ろ姿を見送りながら、僕は反対に暗い気分になっていた。

緋勇さんの龍麻への愛情はよく分かる、だがこれは息子の友人さえ自分で決めるということではないだろうか。

僕がとやかく言うことではないけれど・・・。

緋勇さんはいくつも会社を経営しているのでかなり忙しい人だ。

だが夜7時には必ず家に帰り、龍麻と(そして僕とも)一緒に食事をする。

龍麻の食べる様子を嬉々として見つめ、いろいろな話をし、食事が終わって龍麻が席を立つと、

緋勇さんはまた仕事をするため、書斎に行くか会社へ出て行く。

そんな父親を、龍麻は龍麻なりに大事にしていることを、僕はやっとわかってきた。

7時には必ず帰るのも、興味のない話にあいづちを忘れないのも、時には自分から話をするのも。

だけど、いやだからこそ、緋勇さんが僕を龍麻の友人にとここに置いてくれたのは、

なんだか龍麻を踏みにじっている気がするのだ。

母のこと抜きに、僕は龍麻が好きになっているから。

僕が足取りも重く部屋へ戻ると、龍麻がいた。

長い足を投げ出して、タバコを吸いながらつまらなさそうにテレビを見ている。

不機嫌なのだろうか、僕がドアを開けて部屋に入ってきたのにも目をちらっと向けただけだ。

僕は無言で龍麻の近くに行って座った。

なにを話すわけでもない、ただ龍麻は時々勝手に部屋に来てごろごろしてまた出て行く。

僕は龍麻とこうしてるのは好きだけど、緋勇さんにああ言われると義務を忠実に果たしているみたいで

なんだか悲しくなってくる。

すると、龍麻が口を開いた。

「俺の友達になれとか言われたんだろ」

僕はびっくりして龍麻を見た。龍麻はニヤッと笑って、当たった?と言った。

「オマエ真面目だからな。そろそろ働かせろって言うだろうと思ったよ。

 したら親父は十中八九俺と友達になれって言うだろうしな」

僕は龍麻の鋭さに感心しながら、その冷めた態度が気になった。自分のことなのに・・・。

「正直言って・・・困ってるんだ。龍麻とは、母のことと関係無しに友達だと思ってるのに・・・」

「じゃあなんもしなくていいってことだろ」

「・・・僕は働きたいんだよ、これ以上迷惑かけたくないんだ」

龍麻はそれを聞くとちょっと肩をすくめて立ち上がり、部屋から出て行った。

いつもながら突然だなあ、と思っていると部屋が広くなった気がしてなんだか寂しい。

・・・なんでだろうなあ。こんなに短い間に、龍麻はどんどん大きな存在になっていく。

一緒に住んでいるからかなあ、と思ってちらちらするテレビを消した。

そこへ、龍麻が入ってきた。

「親父が呼んでる」

と言って龍麻は消したばかりのテレビをつけ、その前にドカッと座った。

僕が部屋から出て行こうとすると、龍麻が口の端で笑って、知らねーぞ、と言った。

何の事かわからなかったけど、僕はとりあえず緋勇さんのところへ行ってみることにした。




「紅葉君、龍麻から聞いたよ。君は真面目だね。そういうところ、お母さんにそっくりだ」

「では、あの・・・」

「うん、働いてもらうよ。龍麻たっての希望だしね」
 
「ほんとですか!?」

「ただ条件がある。使用人とは言え、龍麻の友達なんだから、他の使用人と同じ扱いはできない。

 だから他の使用人には内緒で働いてもらう」

「内緒で・・・ですか?」

「正直言って人手は足りてるから、仕事はないんだ。

 だけど他の使用人たちは夜9時で離れに帰ることになっていて、

 そのあとこっちには僕と龍麻と君だけだ。

 だから夜9時から2時間くらい働いてもらいたいんだけど・・・どうかな?」

「2時間、ですか?」

と言うと、緋勇さんは苦笑して言った。

「君は学校があるし、夜中は僕も龍麻も寝るだけだから仕事はないよ」

「あ、そ、そうですね。わかりました。がんばります!」 

緋勇さんはにっこり笑うと、じゃあこれ、と言って僕に紙袋を差し出した。

「今日からさっそく頼むよ」

「はい!」



部屋に帰ると龍麻がニヤニヤして僕を見上げた。

僕が緋勇さんに言われたことを言うと、龍麻は楽しそうに聞いていたが、

「それ、制服だろ?」 

と、僕の話が終わらないうちに言ってきた。

僕は紙袋から、クリーニングのタグがついた服を取り出す。

「こんなのまで用意してもらっちゃって・・・・え?」

困惑して龍麻を見ると、龍麻は笑いをこらえている。

「・・・・スカート?」

と僕がつぶやくと龍麻は我慢できずに笑い転げた。

僕は真っ赤になって、緋勇さんが間違えたんだよなあ、と思った。

龍麻はそんな心の声が聞こえたのか、

「言っとくけど、親父本気だぜ?」

と笑いすぎて咳込みつつ言う。

「な、なんでスカートなんか・・・」

「いや、メイドならメイド服だろ。悪気はないんだろうけど・・・親父ちょっと常識ないからな」

「・・・着なきゃいけないのかなあ・・・」

僕は泣きそうな気持ちになった。

龍麻は笑い涙をふきふき、着てみろよ、と言った。

やだよ!と言ったが、どうせ着なきゃいけないんだぜ?と言われてしぶしぶシャツを脱ぐ。

が、龍麻の目の前でスカートをはくのは恥ずかしくて、龍麻に後ろを向いててもらった。

うわ・・・このスカート短いぞ・・・スースーするし・・・

「もういい?」

と言う龍麻に、慌ててだめ!と言いながら、僕は背中のファスナーが上げられないでいた。

しょうがない・・・僕はため息混じりに龍麻を呼ぶ。

龍麻は振り返って、僕を見た途端げらげら笑った。

僕は泣きたいよ・・・。

ひととおり笑い終わって、涙をためながら龍麻は僕を上から下までじろじろ見ている。

僕はあまりの恥ずかしさに足が震えた。

「た、龍麻・・・後ろ、上げてくれないか?」

と言って僕は後ろを向いた。龍麻を見てられなくて。

龍麻は近づいてきて、ファスナーをゆっくりと上げた。

背中まで上げて、龍麻の手が止まった。

「・・・龍麻?」

返事の代わりに、背中に龍麻の熱い唇が触れた。軽く吸って、その痕をいたずらっぽく舐める。

そして龍麻は後ろから気が動転して固まってしまった僕を抱きしめた。

しばらくそのままだったが、僕はやっとのことで口を開いた。

「・・・へ、変態だ・・・」

「・・・そんな服着るからだろ」

「だ、だってしょうがないじゃないか!」

「似合ってるよ」

「・・・全然嬉しくないよ・・・」

恥ずかしいとか情けないとかそのほかいろいろ、パニックになった僕が泣きそうになっていると、

龍麻が僕の体を離して、ファスナーを上まであげて、親父のとこ行ってきなよ、と言った。

その言葉に僕がもっと泣きそうになっていたら、龍麻が僕を抱えるようにして

部屋を出て、父親のいる書斎に入った。

「よく似合うね、かわいいよ」

と言う緋勇さん。男の子は足がまっすぐだから似合うなあ、なんて言っている。

この親にしてこの子あり、だな。いや逆か・・・。

僕はそっとため息を吐いた。




2時間のあいだ、僕は本を読みながら紅茶を入れる。

他には仕事らしい仕事はない。

緋勇さんはたいてい2回、僕を呼ぶ。

一回は紅茶を運ばせ、一回は仕事の息抜きにただ僕を呼んでみるのだ。

龍麻は面白がって何度も僕を呼ぶ。

最初のうちは恥ずかしくて部屋の前に紅茶を置いて走り去ったりしていたが

悲しいことに慣れてきてしまって、それに父親がいるときは僕に手を出さないので

僕は安心して短いスカートのすそをひらひらさせて龍麻の部屋に行くことができた。

それはとても挑発しているようだと龍麻が困った顔をするのが楽しくて、

僕がメイド服のまま龍麻の部屋にいたら、緋勇さんが仕事で出かけてしまって

僕はあっさりと龍麻に捕らえられてしまった。

いつかこうなることとは思ってたけどやっぱりとても恥ずかしくて

僕はずっと龍麻を見ないようにしていた。

龍麻は普段からは想像つかないほど優しくて、僕はますます好きになってしまった。

次の日の朝、龍麻の部屋には昨日脱いだメイド服しか僕の着替えがなくて、

龍麻に僕の部屋から制服を取ってきてもらった。

部屋に帰ってきた龍麻は笑いながら、ご主人様に取ってこさせるなよ、と言ってベッドに入ってきた。

「だめだよ。学校・・・」

「休む。紅葉も休め」

「ええ?・・・ちょ、ちょっと・・・!」

抱きしめられながら僕が、メイドさんたちいるじゃないか、と言ったら、

みんな帰した、と龍麻は言った。

「用意周到だな・・・」

「あったりまえだろ。お前にこんな服着せたのだって俺なんだからな」

「・・・え?な、なんて?」

「親父にこの服着させるよう言ったんだよ。俺がお前に言ったって着ないだろ?」

と言ってにっこり笑う龍麻が悪魔に思えた。

「・・・もう着ないからな!」

「それはできないな。親父も気に入ってたもん」

唖然とする僕に、やられるなよ、と龍麻は言った。




夜9時になると、僕はメイド服を着る。

そのファスナーを閉めるのは、龍麻だ。

その服を着せたいという思いと、それを着せたら僕は階下に行ってしまうという思いと、

龍麻はいつもその二つの思いを行ったり来たりしながらゆっくりとファスナーを上げる。

そしてファスナーを閉めさせる間だけ、僕は龍麻の主人であるような錯覚に陥る。

閉め終わったら龍麻が僕の主人になる、その前だけ。

ファスナーを閉めたらぎりぎり見えない背中に、龍麻はいつもキスをする。

この服を脱ぐまでついている、その痕を確かめるのも、龍麻だ。



おしまい


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