やっぱり罠だったのかもしれない、と京一は思っていた。
ひーちゃんは策略家だから。
年越しそばなんて食べたことない、とか、
紅白をひとりで見るのが常だ、とか言うひーちゃんを
かわいそうって言ったら聞こえは悪いけど、
とにかくそれを聞いて胸が苦しくなったから
思わず「正月は一緒に過ごそうぜッ!」って言ったら
ひーちゃんは待ってましたと言わんばかりにニヤッて笑ったんだ。
だからちょっと後悔した。
大晦日の夜。
俺はひーちゃんちに行った。
母親に持たされたおせち料理をひーちゃんに差し出す。
そしたらひーちゃんは普段俺には絶対見せないような優しい笑顔で大喜びした。
持ってってよかった、と思うの半分。
なんかちょっと悔しいの半分。
俺には意地悪でからかってるような笑い方しかしないのにさ。
俺がちょっとすねてたらひーちゃんが俺の頬をつつきながら言った。
「なんだよ京一。なにすねてんの?」
「・・・すねてなんてねーよッ!」
「俺はおせちより京一の方が食べたいよ」
にこにこしてそんなこと言うひーちゃんに呆れる。
俺はそんなことですねてたんじゃねーよッ!って思ったけど、
でもちょっとそういう意味だったかもなあ。とも思う。
その結論になんだかもっとすねたくなる。
ひーちゃんは、しょうがないなあ、と言いたげに
俺にキスをする。
それが嬉しくて、もっと、と思ったけど、
ひーちゃんがつけあがるから一応抵抗してキスだけで体を離した。
ひーちゃんは、ちぇ、って言ったけど、
ほんとは俺が喜んでるってこと、わかってんのかも知れない。
ひーちゃんもすごく嬉しそうに
さっきと同じ優しい笑いかたをした。
俺とひーちゃんはなんだかニコニコしたまま
二人でそばを茹でた。
キッチンは男二人だと狭いから
お互いギュウギュウ押し合って
ひーちゃんの体が俺の体とくっついて
すごくあったかくて
野菜を切りながら
そばを鍋に入れながら
何度もキスをした。
ひーちゃんはいつもより意地悪じゃなくて
俺はいつもより素直にひーちゃんを見てて
お互いちょっとこそばゆい感じがして
わけもなく
顔を見合わせては笑った。
そばが出来上がっちゃうのが惜しくて
弱火にしていた俺を知ってか知らずか
ひーちゃんは後ろから俺を抱いて
ベルトを外しはじめた。
台所の床が固いので
立ったまましようと言うひーちゃんの言葉に
俺は顔が赤くなって何も答えなかったけど
火を消したのが承諾のしるしだった。
そばはすっかり伸びちゃって
驚くほどまずかった。
ひーちゃんと差し向かいではだしの足と足が時々ぶつかって
そのたび目が合うのが
さっきの行為を思い出されて
下を向いて一生懸命そばを食べた。
テレビがにぎやかに大晦日の夜を伝える。
俺とひーちゃんはそれを見ながらぼんやりしてて
除夜の鐘が70くらい聞こえたところで
神社に出かけることにした。
有名な神社でもないのに人がたくさんいて
はぐれそうだな、と思ってたら
ひーちゃんが手をつないできた。
俺は人前で絶対そんなことさせないけど
今日のそわそわした幸せな気持ちは
ひーちゃんの手を強く握りかえした。
境内の石畳の両脇には
たくさん店が出ていて
お参りした後は何を買おうかときょろきょろしてたら
人出の割にはすぐお参りの番がまわってきて
俺とひーちゃんは並んで賽銭を投げて手を叩いた。
お願いを、と思っても
もう離してしまった手の感触とか
横にいるひーちゃんのことしか考えられなくて
ありがとう、とだけ心の中で言った。
黄龍の器が、ひーちゃんでよかった。
それを護るのが、俺でよかった。
会わせてくれて、ありがとう、と言った。
目を開けると
ひーちゃんが笑ってこっちを見ている。
何をお願いしたの?
と聞いてきたけど言うのはちょっと恥ずかしくて
べつに、と言った。
ひーちゃんは?と聞くと
家に着いたら教えてあげる、と言って笑った。
その笑いかたがいつもの意地悪そうな笑いかただったので
また何か企んでるんだな、と思った。
でもほんとは
ひーちゃんの企みは嫌いじゃないんだ。
だからその笑いに気づかないふりして
夜店のものには目もくれずに
手をつないで帰った。
おしまい。
▼たまきさんのコメント▼
あんないいSSをくださってしかも100ヒット記念だというのにこれ。すみまん・・・精進を誓う。
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