「ばかッ! 後ろからゲンチャ来てんだろーがッ!
曲がる前によく見ろ!」
「いってーっ! 殴ることないだろー京一!」
「ッたくあぶねーな! 巻き込んだらどーすんだよッ!
バックミラー・サイドミラー・目視って言われてんだろーがッ!」
「ハイハイ・・・」
なんだか今日の京一は怖い。 ぴりぴりしてる感じだ。
まあ、仮免とったばかりの俺の練習に付き合わされてるから
無理もないけど。
でもちょっと悲しい。
だって「仮免運転には免許取得後3年以上経過したものの同伴が必要」なんだけど、
それを思いっきり無視して免許取りたての京一を乗っけたのは。
最近あまり二人っきりになれないからデートのつもりだったのにさ。
俺はさっきから京一に怒られっぱなしで。
結構うまいんだけどな、俺の運転。
交差点でもまごつかないし。
なのに京一は誉めてくれない。
ちょっと失敗したときはすぐ怒るくせに・・・。
と思っていると、横から「ひーちゃん・・・」っていう京一の声。
・・・・・・。
すげー怒ってる声だ・・・。
何も失敗してないよな・・・はっ、さっきの左折、右に合図出しちゃったっけ?
信号まだ赤だったとか!?
初心者があれこれ思い出しながら運転するもんだから、
混乱して対向車線に入りそうになってさらに慌てる。
と、とにかく、車を停めて、落ち着こう。ええと、どっかないかな・・・。
きょろきょろ探していると、京一が道路の先を指差す。
ああ、あそこならよさそうだ・・・。
って、なんでわかったんだ?
俺が駐車しようとしてるって・・・。
ともかくも、車を停めると、京一の怒声を待った。
・・・だが何も言ってこない。
ついに呆れられたかな。
こわごわ京一の方を見てみると、京一はうつむいていた。
「・・・京一?」
泣いているのか?な、なんで?
「京一!?」
再びたずねると、京一はいきなり笑い出した。
「なっなんだよ!なに笑ってんだよ!?」
怒らせる要因はかなりあったにしても、笑わせるなんて・・・。
変な顔して運転してたかな。
「だって・・・」
まだ笑いながら京一が言う。
「ひーちゃん思ってることが全部口に出てんだもんよ」
言いながらまた笑いが大きくなって、京一は狭い助手席でばたばた暴れている。
「・・・えっ!ど、どのへんから!?」
デートのつもりだったのに、とかすぐ怒るし、とかは聞こえてないといいな・・・と思った瞬間、
「デートのつもりだったのか!?」
と京一はおかしそうに言う。
「!」
京一がやっと落ち着いてきたのに対して、俺はカッと赤くなったのが自分でもわかった。
「わっわるいかよ!学校じゃ美里がうるせーし!最近ラーメン食ったら京一帰っちゃうだろ!
だ、だからだなあ!」
恥ずかしくてやけに早口になることが一層恥ずかしい。
そんな俺を京一はにやにやしながら見ている。
皮肉っぽい口元。だが色素の薄い目は笑っていてどこまでも優しい。
まるで、俺のこといとおしむように、っていうのは願望だけど。
じいーっと京一を見つめていた俺の目が、一瞬光ったのかもしれない。
京一が少し険しい顔になって、何か言いかけた。
俺はすかさずシートベルトをはずして京一の唇をふさぐ。
あぶないあぶない。警戒されるとこだった。
もう京一とはそういう関係になってるというのに、キスすらなかなかさせてもらえない。
もちろん、本気で嫌がってるわけじゃないのはわかってるけど。
だから、こんな風に京一がシートベルトで身動きが取れないなんて状態は非常に嬉しくて。
暴れる手を両手でつかんでさらに深く口づける。
観念したのか苦しいのか、京一の抵抗がふっと無くなる。
そこで京一のシートベルトを外し、両手で京一を抱きしめる。
頬にあたる京一の柔らかい髪。京一の肌。京一の匂い。
それを感じたくて、京一の首に、耳に、たくさんたくさんキスをする。
それ以上の気持ちは・・・そんなになかったんだけど・・・
耳に口づけたときに京一の背がビクッと跳ねたのを見たらもう止まらない。
京一のシートを一気に倒す。
京一は驚いた顔をして俺を見た。
その目は潤んでいる・・・。
が。
キスの合間に京一がかすれ声で言った。
「不合格・・・」
「・・・・・・・・・・不合格?」
「そう。不合格!!」
俺の体をむげに押しやりながら京一は怒ったように言った。
「残念でしたー」
「不合格って何だよ!?」
俺はわけがわからない。
「俺なりに考えたんだよ・・・ひーちゃんがどうやったら運転上手になるかなって」
「・・・で?」
「昔からよくいうだろ・・・アメとムチってさ。だから・・・」
「だから怒ってばっかいたのか?もしかして、ムチ?」
「・・・そーだよッ!わりーか!」
「じゃあ・・・アメは?」
「う・・・。アメは・・・ひーちゃんがうまく運転できたら・・・」
「できたら?」
「その・・・。わ、わかんだろッ!」
「・・・きょーいちいー!」
あまりのかわいさに京一を抱きしめようとするが、京一は俺を押しとどめて言った。
「でも、だめ!不合格!イヤー残念だねー!」
「なっ、なんでだよ!?俺けっこう運転うまかっただろ!?」
「運転は・・・まあうまかったけど」
「じゃあ、アメもらえるんだろ!?」
「・・・だめッ!こ、こんなことしたからだめ!」
「・・・。何だよ・・・結構よろこんでたくせに・・・」
「なんてった!?」
「・・・・・・」
俺はちょっとふくれてそれには返事しなかった。
「ひーちゃん・・・?」
ちょっと言い過ぎたかな、という感じで京一が見てくる。
「京一・・・」
「なっなんだよ、ひーちゃんが悪いんだぞ!?」
「京一・・・。不合格ってことはさあ、もう運転だめなんだろ?」
「・・・・・はあ?」
「じゃ、不合格、『危険中止』ってことで、帰宅な!」
「なにいー!?」
家に帰ったらこっちのもんだ。だから一刻も早く帰ろう。
それしか頭になくて急発進。追い越しに一通逆走なんでもあり。
「だってもう不合格なんだから、なにしたっていいだろ?」
「・・・ひーちゃん!」
横で京一が怒鳴ってるけど気にしない。
京一の怒った顔さえかわいいと思ってる俺にはぜんぜん効果ナシ。
マンションには、愛の力で行きの3分の1ほどの時間でつき、
まだじたばたしている京一を抱えるようにして車から降り、
部屋にたどり着いて・・・扉を閉めた。
・・・あとはナイショ。
おわり。
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