□思惑いっぱい修学旅行:最終日□



−宿の朝−

差し込んだ朝日が俺のマブタ直撃。
眩しくって目が覚めた。
なんでカーテン開いてんだ?
俺は起き上がって伸びをする。
いてて。今日も痛い・・・まだ慣れない。
でも、その痛さが、逆に俺をちょっと幸せな気持ちにする。
なんでかな?
・・・まーいいや。
ひーちゃんと醍醐起こそう・・・
あれ?
いない。
ふたりとも。
・・・・・・・・。
なんだよ。
起きてたんなら起こしてくれよな。
顔でも洗いに行ったのか?
それとも・・・。
俺は慌てて着替えて部屋を出た。

「京一!どこ行くんだよ?」
「うわッ!ひーちゃん!」

部屋のドアを開けたとたんにひーちゃんの声がした。
・・・今のはかなり驚いたぞ!
ひーちゃんはまさに部屋のドアを開けて入ろうとしてるとこで。

「ひーちゃん!どこ行ってたんだよ?」
「ん?んー、顔あらいに」
「・・・うそつけッ!タオル持ってねーだろ!」
「タオル持ってなくたって洗えるって。」

だめだ。
ひーちゃんは言わないときは絶対言わない。
いつも抱きしめられたりキスされたりしてごまかされる。
でも今日は俺に構わずさっさと部屋に入ってくる。
・・・・・・・あれ?
あ、なんだ。後ろに醍醐がいたからか。
ちぇ。
・・・・・・。
いやいや、ちぇ、じゃなくて。
ひーちゃんと、醍醐。
醍醐の様子がおかしかったことに、関係してるんだろうなあ。

「京一!俺たちもう朝飯行くぞ!」
「え?あ!ちょ、ちょっとタンマ!置いてくなよー!」


−朝ご飯−

醍醐が、すっかりいつもの醍醐だ。
よく食うし、しゃべるし、笑うし。
ひーちゃんがなにか言ったからか?
アン子のせいで、醍醐沈没。
ひーちゃんのせいで、醍醐復活。
とすると。
ひーちゃんはなにか的確なことを言ったんだろう。
知りもしないのにテキトーなこと言っても無駄だし。
ひーちゃんが的確なこと言うってことは、
やっぱりひーちゃんはアン子と通じてるってことで。
初日に醍醐がいなくなったのには、ひーちゃんが噛んでるってことか。

んー・・・・・・。

はめられてんな。俺。初日から。

・・・・・・。


−観光中−

今日は最終日で観光の時間が余りない。
そのためにもっとも避けたい全体行動。しかも寺。
ガイドさんのセツメー聞くためにちょっと歩いては止まり、ちょっと歩いては止まり。
はらへった・・・。
俺がぼんやり歩いてると、隣りにクラスメートの平野が来やがった。
風呂で余計なこと言い出したやつだ。

「蓬莱寺ー。教えろよー誰なん?そのアイテ!」

またこれか。俺は思いっきりイヤーな顔をしてやっても、平野は動じない。
そのうえ、平野の話を聞いて何人かが集まってきた。
みんな口々に疑問をぶつけてくる。

「ガッコーのやつだろ?」
「まさか美里じゃねえだろうな!」
「ばかか!美里が蓬莱寺なんか相手にするかよ!」
「桜井じゃねーの!?」
「あー、桜井って意外とかわいいよな」
「蓬莱寺といっつも一緒だしなー!」

どさくさでシツレーなこと言ってるやつもいるけど、
いちいち相手にしてたら騒ぎが大きくなるだけだ。
俺はできる限り不機嫌そうな顔をしてやりすごそうとしていた。
そのとき。

「緋勇!お前、知らねえ?蓬莱寺とつきあってるやつ!」

心臓が一瞬止まった。ひーちゃんにふるなよ!

俺がひーちゃんの方を向くと、
ひーちゃんは意地悪そうにニヤリ、と笑った。
俺は誰がどう見ても狼狽した風に、ただひーちゃんの言葉を待った。
ひーちゃんを連れてどっか行くとか、なにかしゃべらせない方法を取ればよかったのに、
そんなこと思い付かない。
ひーちゃんの口から、真実が明るみに出されるのをただただ待っていた。

「知らない。聞いたことない。」

予想外にひーちゃんはそう言って、平野たちにニコッと笑った。
あの笑いかたは通称悪魔の微笑み。
平野たちは一瞬黙って、それから赤くなって走り去っていった。

「ひーちゃん・・・言うかと思った。」
「言って欲しかった?」
「そんなわけないだろ!」
「そう?言って欲しかったでしょ?」
「・・・・・。そ、そんなわけないだろッ!!」

言って欲しくはなかった。
でも、言ってもいいや、って思ってた、と思う。どっかで。
そしたら、気味悪がられても、
ひーちゃんは俺を見て、俺はひーちゃんを見て。
もう偶然やさりげなさを装わなくてもとなりにいられて。
それを、心のどっかでは、待ってた。きっと。
・・・どうして、ひーちゃんは俺にもわかってないことがわかるんだ?
俺がちょっと黙り込むと、小蒔が鹿せんべいを口に突っ込んできやがった。
・・・・・。
行動力3アップ!
なわけねーだろッ!
ん?そういや小蒔もいつもの小蒔だ。
俺の知らねーとこでいろいろあるんだな・・・。
ちょっとソガイカン・・・。
でもいいや。もーめんどい。


−京都駅−

「ひーちゃん!はーやーくー!電車来てるって!」

小蒔が叫んでる。けどひーちゃんは今行くー!と言いながらお土産選んでる。
俺はひーちゃんを引きずって行こうとした。

「あ!ちょっと待ってよ京一!あれだけ買わせろ!」

と言うが早いか、ひーちゃんは俺の手を振り払って店の中に入り、
すぐ大きな袋を手に出てくると、

「京一!はやく!」

と俺を抱えるようにしてホームまで走った。
ひーちゃんのせいだろ・・・?


−新幹線の中−

もちろん、俺とひーちゃんは新幹線に入った最後で。
ぎりぎり間に合ったけど、またしてもマリア先生に怒られた。

「怒られちゃったな」

と言ってひーちゃんがニコッと笑う。
だから、ひーちゃんのせいだろ・・・?
小蒔がこっちこっち!と手招きする席にいくと、
俺とひーちゃんの席が隣りどうしじゃないのに気づいた。
小蒔と醍醐が並んで座ってる・・・。
美里の隣りが空いてる・・・。ここはひーちゃんだろ。やっぱり。
俺の席はひーちゃんの席の通路挟んで隣り。
そして俺のとなりは・・・ゲッ!アン子!

「なーんーでー!お前がここにいるんだよッ!クラス違うだろうがッ!」
「うるさいわね!この車両、うちとアンタんとこと一緒なの!」
「だからってなんでおまえが隣りなんだよッ!・・・あッ!」
「な、なによ・・・」

と言いかけるアン子の口を手でふさいで小声でたずねた。

「初日、醍醐になにしたんだ?」
「・・・・・。さあ、なんのこと?」
「しらばっくれんなッ!わかってんだよッ!」
「なにがわかってんの?」
「う・・・。ひ、ひーちゃんとなんかたくらんでんだろーがッ!」

アン子はちょっと考えてた風だが、いたずらっぽくニヤッと笑った。
・・・なんかひーちゃんを思わせる笑いかただなあ・・・。

「べつに、何もしてないわよ。」
「うそつけ!」
「ほんとよ。な・に・も、してないわよ。ただ・・・」
「ただ・・・?」
「醍醐くんって生真面目でしょ。それをちょっと利用しただけ。」
「りようー?」
「そッ。お嫁に行けないとかなんとか。」
「なッ。なんだとーッ!」

アン子が慌てて俺の口を手でふさぐ。手荒なので俺の口をビンタしたに近い。

「大声出さないでよ!そこに醍醐くんいるでしょ!」
「あ、ああ・・・。スマン・・・じゃなくて!お前、なんでそんなことすんだよッ!」
「龍麻くんに頼まれたの。それはアンタもわかってんでしょ。」
「・・・。条件はッ!?」
「それは秘密。」
「なッ!」
「アタシも、あの夜何があったかは聞かないでおくわ。おあいこでしょ?」
「なにがあったって・・・何のことだよッ!」
「キスマーク。龍麻くんが醍醐くんを連れ出せって頼んだこと。醍醐くんがいない部屋。」

死ぬかと思った。心臓が波打ったように思えた。
さっきもこんなことあったよな。俺、今日死ぬかも。
顔が赤くなったり青くなったりした俺の顔を見て、アン子が笑った。

「答えは一つ。でも答えは出さないでおくわ。だからアンタも、いろいろ詮索しないでよね!」
「う・・・」

取り引き。嫌いなんだけどな、こーゆーの。
でもしょうがない。コイツにいろいろ探られて新聞に載せられるよかましだ。
黙った俺を、承諾とみなして、アン子は本を読みはじめた。

アン子は、龍麻の写真で最大限に儲ける方法を考えていたのだ。
龍麻と京一ができてるなんて知れたら、写真は売れなくなる。一部例外としても。
それに、龍麻の裸の写真を売ってるなんて知れたら、京一が黙っていない。
それに先手を打つためにも、京一は押さえておく必要があったのだ。

もちろんそんなこと俺は知らない・・・。

しばらく悶々と過ごしていると、名古屋駅についた。
ここは指定席で、真神の生徒だけの車両なのに、それをよく分かっていない老夫婦が乗ってきた。
夫婦はあたりを見回す。
が、空いている席はない。
少しがっかりしている。
でも自分の孫くらいの生徒たちが席に座っているのを腹立たしそうに見たりもしない。
車両を移動するのも大変だろう、と思って、その夫婦が俺のそばにきたときに、
俺は席を立って譲った。
でも・・・と遠慮するおばあさんを半ば無理矢理座らせる。
ふと見ると、ひーちゃんもおなじようにしておじいさんに席を譲ってた。
俺より慣れてると言うか、自然な感じだ。
う・・・負けた。
アン子は寝てる。
小蒔と醍醐もお互い寄り添うようにして寝てる。起きたら照れるんだろうな。思いっきり。
美里は・・・いない。トイレか?
ひーちゃんは俺の先に立って通路を歩きはじめた。
そして着いたのは・・・食堂車。
ま、他に行くとこないもんな。

俺とひーちゃんはコーヒーを飲んだりまずいサンドイッチを食べたりした。
ひーちゃんの家に行ったときは別だけど、
普段、外でひーちゃんと二人になることってあまりない。
だからこんな食堂車でも二人なのは新鮮で。
・・・そんなことを意識し出すとひーちゃんの顔をまともに見られなくなる。
ひーちゃんはそれを知ってか知らずか、いつも以上に俺を見ている。
顔がどんどん赤くなるのを自分でも感じた。
ひーちゃんはちょっと笑ってますます俺を見ていたが・・・
急に口を押さえて絞り出すように言った。

「き・・もちわりい・・・。はきそ・・・。」
「え?えっ、ひーちゃん?」
「う・・・トイレ・・・。」

ひーちゃんはよろよろと立ち上がる。
俺はひーちゃんを抱え込んで早足で食堂車を後にし、
トイレに駆け込む。
背中をさすってやる。
が。
ひーちゃんは鍵を閉めて俺にキスをしてきた。

「ちょ・・・っと!ひーちゃん!きもちわりーんじゃねーのかッ!?」
「ああ。なおった。」
「なおったあー!?うそつきやがったな!」

その間にもひーちゃんは俺のTシャツをまくりあげ、ベルトを外す。

「やだよッ!こんなとこでッ!」
「大声だしたら、人が来るぞ?」
「ひーちゃん・・・」

なんかちょっと悲しくなる。
だってセーヨクショリみたいで。
俺を好きじゃないのかも。
そんなヒネた考えも頭をちらつく。
ほんとは俺のこと好きなのはわかってるんだけどさ。

---

「たつまー。京一くーん。どこー?」

!!
美里だ!俺たちのいるトイレの前を通りかかる。
そして俺たちのすぐ脇の洗面所に入ったようだ。
俺は気が気じゃない。
それはひーちゃんも同じだったようで、動きが止まった。
が。
俺の口を手でふさぐと、また動きだす。
その甘い痛みと快感で、俺は気が遠くなる。
声が漏れそうになる。
でも声を出したら、美里に気づかれる。
口をふさいでいるひーちゃんの手を噛んで耐える。
苦しくて辛くて、でも気持ちがよくて。
・・・俺は意識を失ったらしい・・・。不覚。

---

顔に何か冷たいものが触れた。
目を開けると、ひーちゃんの顔。

「よかった。目が覚めて。もうすぐ、東京駅だぞ?」
「ん・・・。あ、そっか。」

新幹線に乗ってるんだっけ・・・。
ひーちゃんはまだ濡れタオルで顔をごしごしこすってくれる。
その冷たさに意識がはっきりしてきた。
ここはトイレではなかった。洗面所だ。
そういや、美里にはばれてないのかな・・・。

「俺・・・意識失って・・・」
「そう。気持ちよかった?」
「・・・聞くなよ。」
「気持ちよさそーだったしな。見ろコレ。」

と言ってひーちゃんは自分の手を突き出す。
手のひらに青い痕がある。内出血だ。けっこうひどい。
それはたぶん・・・俺がつけたやつ。

「ひーちゃんだって、キスマークいっぱいつけただろ!」
「じゃ、おあいこだな。」

おあいこ、か。さっきもそんなこと聞いたぞ・・・。
すると、洗面所のカーテンの向こうから、声が聞こえた。
今までの会話が聞こえただろうかとヒヤリとする。

「京一くんの具合どう?」

美里だ。この様子では、ばれてないらしい。

「ああ。もう大丈夫。いっぱい吐いたしな。」
「そう。よかったわ。もうすぐ東京駅よ。」
「わかった。すぐいく。」

美里が行ってしまうと、ひーちゃんは俺に言った。

「京一は具合が悪くなって吐いたってことにしてあるから。意識失ったとか言ってねーし。」
「あーそう・・・。」

ひーちゃんは機転が利くというか悪知恵が働くというか・・・
ここまでのがぜんぶひーちゃんの計画だったりして・・・
ちょっと有りそうなとこが怖い。


−新宿駅−

「家に帰るまでが修学旅行です!」

東京駅で、先生のその言葉で解散した後に、たいていの生徒は中央線で新宿へ向かった。
俺とひーちゃん、美里と小蒔と醍醐も同様。
そして新宿について、俺たちも解散した。
小蒔と醍醐はお互いに、どっかに行こうかって誘ってくれないかなって顔してる。
ほっとこう。
美里は当たり前のように真っ直ぐ帰る。
ひーちゃんは俺とラーメン食うって言って、みんなと別れた。

「ひーちゃん、ラーメン、食うのか?」
「いや。帰る。」
「えー?俺はらへったー!」
「俺んち来いよ。」
「ひーちゃんち?」
「そ。京都駅で、土産買っただろ。あれ食おうぜ。」
「あー、そういやひーちゃんなんか買ってたな。たべものなのか?」
「たべものセット。」
「たべものセット?」
「うん。漬物とかー八つ橋とかーぜんざいとかーもちとかー京都の食べ物セットってやつ。」
「京都ってもちなんて有名か?」
「んー、知らんけど。うまそうだったから。いっしょに食おうぜ。俺んちで。」
「う・・・。しょーがねーな。行ってやるよ。」

それが食いたいから、行くんだぞ、ってフリをする。
でもほんとはそんなの関係ない。
家には元から4泊5日って言ってあるんだ。
ひーちゃんがこの修学旅行でいろいろ企んでても・・・
最後は俺の勝ちだな。
俺がニコッと笑ったのを見て、ひーちゃんもニコッて笑った。


おしまい。


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