□オールド イングリッシュ シープドッグ□


 

二人のセックスはまるでケンカだ。

触れ合うはずのやわらかな曲線はなく、甘い言葉もなく、部屋にはただ、

骨のぶつかる鈍い音と、荒い吐息が響くだけで。

快楽がまるで罪であるかのように、ただ熱さのみを追い、体だけを抱く。

二人はまるで罪人であるかのように、熱い空気に潤む目で、

決して互いを見つめようとはしなかった。

 

突然海に行こうと言い出したのは京一だった。彼が思い付きで行動を起こし、

龍麻が従順な犬のようにそれに従うというのが彼らのいつものパターンだ。

だからその時も龍麻は、内心、女の子みたいなわがままだなと思いながらも、あえて

口には出さず京一を連れ出したのだった。

 

「へー、意外に人いんだなー。」

閑散とした冬の海岸に、それでも犬を連れた親子や、カップルの姿がまばらだが

在ることを認め、京一はつぶやいた。

龍麻はざっくりと編まれたマフラーに鼻先を埋めるようにして頷き、

そのまま上目で京一を見つめる。

「残念?」

「なにが?」

歩きはじめていた京一が足を止め振り返った。

龍麻が答えず、ただ肩をすくめるのを見ると、

京一はムッとしたように眉根をよせ、大股で彼に近づいた。

「なーんだよ、ひーちゃん」

龍麻より背の低い京一だが、龍麻はマフラーに顔を突っ込む形で俯いていたので

視線を合わすため、さらに背をかがめ覗き込む。

「京一、俺と二人きりになれなくて、残念?」

目が合った瞬間待ち構えていたかのようにそう言われ、京一はうろたえた。

その隙に龍麻は彼の手を取り、大きく長い手指をもたもたと絡めていく。

乾いた手に完全に捕らわれてからようやく我に帰った京一は、

赤くなる自分に舌打ちしながら言葉を返した。

「だーれーがーだっつーの。手離せ、おら。」

「やだ。」

無口で、黒目がちな優しい目をしてるくせに、龍麻は意外に我が強い。

その上力も強くて、京一はいつも結局は彼にかなわないのだが、それでも抵抗してしまう。

「ひーちゃん、離せって。ばかじゃねーの?こんなとこで。」

しばらく無言の攻防が続いたが、案の定龍麻は決して折れようとはせず、

子どものようなかたくなさで京一の手を握り続ける。ただでさえ彼はバカ力なのに、

そのうえ手を広げる方向に力を込める必要のある自分は、

圧倒的に不利だということに京一はようやく気づき、少し困った顔で横を向き、力を抜いた。

「なにも!」

赤い顔で、少し口を尖らせ京一は怒ったように言う。

「なにも、こんなとこじゃなくてもいいだろ。」

いわれた途端龍麻はあっさりと京一の手を解放し、嬉しそうに目を細めた。

どうやら彼は京一のこの言葉を待っていたらしい。

こんな風に龍麻は、ほとんど口をきかないくせに、物事を自分の思うとおりに

コントロールしてしまう。まつげにかかる前髪の間からのぞく、黒目の大きい瞳

と、ゆったりした動作で人を安心させてしまう。京一はそんな彼に、性格の悪さ

を顔と口数の少なさでカバーしていると憎まれ口をきいてしまうのだが、

わかっているくせに彼を引っ張りまわすところが、正直でかわいい。

そんな風に龍麻が思っていることにはまるで気づいていない。

 

「こっち、おいでよ。」

望む言葉をもらって上機嫌になった龍麻はさっさと人のいない場所を求めて歩き出した。

「ひーちゃん、ここ詳しいのか?」

たぶんケダモノの勘てやつだと思いながらも、京一はそうたずねて後に続いた。

龍麻は首を横に振っていた。

ついたところは岩場に囲まれた砂浜で、奇跡のように人がいなかった。

「やっぱ、ケダモノの勘てやつだな。」

半分あきれ、半分尊敬しながら京一はつぶやく。龍麻はそんな彼に顔を寄せ、違うよと言った。

「違う。愛のちから。」

京一はあまりな台詞に固まって、その場に立ち尽くした。

言ったあいつより言われた自分の方が恥ずかしいなんて、なんか変だ。

ていうかこいつやっぱ変だ。そんな思いが頭の中をぐるぐる回って、

「いや、おまえ・・・・・・な、何言ってんだよ・・・・・・鼻水たれちまったじゃねーか。」

取り合えず何かを言わなければとんでもないことになってしまうような焦りに駆られ、

ようやく言葉をつなぐ。

「知ってる?俺、京一が好き。」

龍麻は京一の言葉が聞こえなかったかのようにそう言い放って、

自分の額を彼の額にこつ、とぶつけた。

「だーーー!!ひーちゃん!おまえ恥ずかしすぎ!」

京一は頬にかかる息ととにかく恥ずかしい龍麻に耐え切れず、暴れだした。

そのつもりだったが、いつのまにか腰をがっちりと固定されて動けない。

「あんたは、俺が好きか?」

言いながら龍麻は、答えを聞く前に京一の唇をふさいでしまう。

「ひーちゃん、なんで、いつもそうなんだよ。」

軽く口内を探るだけのキスの後、京一は憮然とした顔で唇をぬぐい、かなり本気に龍麻を睨み付ける。

京一の恥ずかしそうな、でも嫌がっていないはにかんだ顔を期待していた龍麻は、

少し驚いたような様子を見せた。でもそれはほんの一瞬で、

次に瞬間にはもう別の、たとえばここでしたらやっぱ寒いよなとか、

でもそこだけ出してするのってなんかエッチで、すぐ熱くなれるかなとか、

京一が聞いたら火を吹いて怒りそうなことを考えている。

「ちったーなんで怒ってるかきこーとしろよ。」

「なんで?」

「・・・・・・もういーよ。」

「そう?」

龍麻は一瞬探るような表情で京一を見て、彼はなんだか悲しそうな顔をしていたけれど、

でもこっちのが大事だ、そう思って彼をその気にさせるため甘い甘い顔を作り、

今度は本気で京一にキスをする。

それを甘んじて受け入れながら、京一はやはり不満気だった。

龍麻は決して、京一に答えを求めない。

ことあるごとに、自分が好きかとたずねてくるくせに、

一度だって彼の答えを待ったことはない。

「ひーちゃんは」

一瞬唇が離れた隙に京一は言う。すぐに角度を変えて口付け直そうとする龍麻を強く押しやって、

「ひーちゃんは、俺の答えなんかいらないって思うのかよ。」

京一の顔は真剣で、それを見た龍麻は悲しそうな顔になる。

「そうかも。」

「・・・・・・あーそーかよ。」

「・・・・・・」

「じゃーな。」

京一は本当はわけがわからなくて、ただ一瞬でも早くこの場から立ち去りたかった。

なのに、龍麻はそんな京一の腕を取る。

「気持ちいいのは、いけないのか?」

あまりにもこのシチュエーションにふさわしくないその台詞に

京一は怒りを通り越して疑問すら覚えた。

「何、言ってんだ?」

「京一は、いつも悪いことしてるみたいな顔でするから、俺はあんたの答えなんかいらない。」

「何、言ってんだよ・・・・・・」

「あんたがほんとはいやでも、俺はあんたが好きだし、気持ちいいからエッチしたいよ。」

「お、俺が・・・・・・いついやだなんて言ったんだよ。」

「俺のこと見ない。」

「そっそれはっ!」

言いかけて京一は、この先を言ったら安っぽい恋愛ドラマになってしまうことに

気付いて、口を閉ざす。

「・・・・・・ここで、すんのか?」

それだけを言って、後は何も言わないようにしよう。そう思った。

「うん。」

また鼻先をマフラーに埋めるように頷いて、龍麻はやっと安心する。

「気持ちよくなろう。ちゃんと。」

彼がそう言うと、京一は声を立てずに笑って、龍麻を砂浜に押し倒し・・・・・・

ここから先は本来なら書くには及ばないが、たまきからの命令なので、書くこ

とにする。(でも18禁にはならなかったよ。メンゴ。)

 

押し倒し、しばらく転げまわった後、二人は互いに夢中になった。

そして、本当はもっとお互いを見るべきだったのだと、二人は思った。

厚着した服の間を器用にかいくぐってくる冷えた指にビクつきながら視線を合わすと、

京一はごく当たり前のように自分から口付けることができた。

内心自分でも驚きながら、頬を滑り、耳の後ろに当てられた唇に思考を奪われる。

龍麻は京一のキスがうれしくて、何度も頬擦りし、何度もキスをする。

そして計画どおり熱くなろうと、京一のデニムの前をあけ、そこに自分の大きな手を押し込んだ。

「いてっ」

京一の抗議の声を無視して、彼はわずかに熱くなっているものを探り当てると

指で包み込んでしまう。固い生地に肌をこすられ京一は本当に痛かったのだが、

龍麻がやがて彼のデニムをずらすと、それはそれでものすごく恥ずかしくて、

しかもその直接的な刺激になす術なく感じてしまって、

ただうつむいて声を殺すことしかできなくなってしまう。

「ちゃんと」

いいながら龍麻は京一の顎をつかみ、無理に視線を合わす。

「ちゃんと京一のやらしー顔見せて。」

「・・・・・・るせー・・・・・・よ・・・・・・」

「やらしー声も聞かせて」

「ばっ・・・・・・ん・・・・・・」

言葉を紡ごうとした瞬間にさらに奥に触れられて、京一は不覚にも甘えたような

声が漏れてしまう。 龍麻はその声を聞き、眩しいみたいに目を細めて、額と額を

ぶつける。

「ちょ・・・・・・待て・・・・・・ここでやったら・・・・・・砂が・・・・・・」

「そしたら、俺が洗ってあげる。」

「げっ・・・・・・やっぱ、今日は・・・・・・や・・・・・・」

「だめ。」

指だけで、熱くて、あまりに熱かったので、

京一はこのまま雪みたく、溶けてしまうのかもしれないと思った。

でも溶けたら砂が入る心配もないから、いっそ雪ならばとも思った。

そして、だんだん、すべてがどうでもよくなって、最後に見えたのは龍麻の大きな黒目だけだった。

 

ただ、何も隠さなかったセックス。自分の内側をさらけ出したセックス。

目が覚めて京一は、うっすらと自分が口走った言葉を覚えていて、いつまでも赤い顔をしていた。

龍麻はまたいつものように何を考えているのかわからない、だけど優しい目で、海を見ていた。

 

ていうか寒くないのか?彼らは。

これも愛のちからということにしておく。



おしまい



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