■Summer Days■


 
「いやー、夏はやっぱ海だよなッ!」
 嬉しそうに叫んだのは万年補習組と命名された蓬莱寺京一である。
 補習が山のようにあるはずの彼が何故海に来れたかというと。
「やっぱ京一は単純でいいよな! 俺様なんて日焼けの心配から夏休み後のテストの心配まで問題は山積みだってーのに」
「あにおう!」
「ちょっとやめなよ、雨紋も京一もッ! 緋勇があきれてるじゃないのさ」
 いきなりの掛け合い漫才じみたやりとりに驚いていると、藤咲が笑いながら仲裁に入った。
 そう。
 何故か仲間になった連中の都合のつく面子で海へ行くことになったらしい。
 まあプールへ行ったのも、最後はあんまり気分のいい展開で終わったわけではなかったので、気分転換したいところが本音だろう。
 美里も桜井も参加すると電話で連絡してきた。
 俺はといえば、京一の補習に付き合わされているため強制参加となっているらしい。
 京一自身も自らが言い出すと体裁が悪いのだろう、連絡先が俺になっていたところが確信犯だ。
 最終的には、京一、美里、醍醐、桜井、雨紋、藤咲がやってくることになった。
 学生の身分でそうそう遠出もできないので、近場の海水浴場ということで話は落ち着いた。
 そして、今に至るわけだ。

 

「大体てめェは目上のモンに対する態度がなってねぇんだよッ! 蓬莱寺センパイ、だろうが!」
「え〜? 緋勇センパイならあの何事にも動じないって態度からしてセンパイ!ッて感じなんスが。京一は京一だよなぁ」
「なんだとぉう!」
「ああもう・・・」
「むぅ・・・二人とも少しは落ち着かないか」
 早々と着替えを済ませた藤咲と醍醐を含めて、暇を持て余したかのように口喧嘩している京一と雨紋は結構楽しそうである。
 雨紋はバンドマンということで「目立つ」姿を意識したサングラスなどをかけているが、その他の連中は特にいつもどおりなのに、周りから少し注目されているのが気になった。
 あまり目立つのもどうかと思考を巡らせかけたとき、おもむろに藤咲に腕を取られる。
「緋勇もなんとか言ってやってよ。全然人の言うこと聞かないんだからコイツら」
 プールの時もそうだったが、今日も藤咲は胸を強調するための水着を心得ているらしく、柄は違うが似たようなものを身に着けていた。アピールなのか胸を腕に押し付けてくるのは可愛いものだと思えるが。
「ふ・・・あいつらなりの交流に口は挟めないな・・・」
 小さく答えてやると一瞬言葉に詰まった藤咲がさらにため息をついた。
「緋勇が楽しんでいるなら、いいんだけどさ・・・目立ちすぎるよ、これはさ」
 案外気を配る性質なのだろう、言った言葉は確かに先ほどから気になっていたことであった。
 場所を移動したくても美里や桜井が判らなくなるのはさらに困る。兎に角二人を確保してから何とかするしかないだろうと考えていると、ようやく二人が現れた。
「お〜タイプの違う美人が二人で目の保養だなッ」
「てめ、無視してんじゃねェ! それに俺には女は1人しか見えてねぇぞッ」
「あはは〜やだなぁ、雨紋君。葵は美人だけどボクは・・・でもありがと。そこの馬鹿と違って嬉しいよッ!」
 相変わらず賑々しい二人にさらに元気な桜井が加わって場はさらに盛り上がってしまった。美里は穏やかに笑ってその様子を見ているが、いつも以上の勢いの良さに仲裁に入りあぐねているようだった。
「醍醐。あっちの海の家いってパラソル借りてこい。泳ぐにしても荷物置き場は必要だろうからな」
「お、おう」
 手持ち無沙汰にしていた大男を促して行動を開始する。
 もちろん騒いでいる面子は他人の振りだ。ただ一人、桜井だけが気がかりだが、側にいる美里が放っておきはしないだろうと判断する。
「藤咲、どのあたりがいい?」
 ざっと見渡してパラソルを展開する場所を考える。
 男共は海水浴で十分だろうが、藤咲は『肌を焼きたいのよねぇ……』と呟いていたのを電車の中で聞いていた。俺の側でいっていたので確信犯だろうが。
「そうさねえ……。あっちの岩場の手前の方なら人もあんまり来ないかしらね」
 人差し指で位置を指すその仕草は無意識であろうが酷く艶かしい。
 周りを通り過ぎる男たちがちらちらと気にしているのがわかる。
「オマエも十分目立っているぞ、藤咲」
「あらやだ。そのために来たんじゃないか」
 誘うようなからかうような笑みを浮かべて身を翻す様はまさしく女豹のようだった。
 なんだか休みに遊びに来ているのか、疲れに来ているのかわからなくなってきてため息を吐く。そもそもの原因その1が後ろから声を掛けてきた。
「なんだよッ、ひーちゃん。俺をほっといて話進めてるんじゃねェ!」
「ったく京一がそんなだから俺様まで熱くなっちまったじゃねェか。全く情けないったらありゃしねェ」
「あんだとォ〜?」
 原因その2のあからさまに侮蔑を含んだ言葉で再びその1がくってかかる。
「・・・お前ら。そんなに海の藻屑になりたいんだな?」
 いい加減周囲の注目を浴びるのにも面倒になり、思わずニッコリ笑って脅してみる。
「・・・すいません、ゴメンナサイ」
 今までぎゃんぎゃん際限なく騒いでいた原因共は声も揃って反省し、ようやく大人しくなってくれたようだった。

 

 照り付ける日射しは昼に向けてどんどん強くなっていく。
 砂浜を目をこらして見てみれば熱気によって遠くの景色がうっすらと歪んで見えるのだった。そんな中での海水浴は、盆も過ぎようとするシーズン終了ぎりぎりのものであったが、手軽なこともあって人出はかなりあった。
 うんざりしつつも、嬉しそうな仲間達の気持ちは分かるので我慢することにする。
「だーっ! ひーちゃん化け物すぎ!」
 後ろから聞こえてきた騒々しい声に振り返ると、息を切らした京一と雨紋が海から上がってきたところだった。
「すげェよ……緋勇先輩。マジ追いつけなかったゼ」
 男二人して疲れのせいで砂浜にへたり込む。
「……お前らの鍛え方が足りないんだ」
「何ーッ! これでもちゃんと鍛えてるぞッ。ひーちゃんの桁がちげェだけだろーがッ!」
 肩を竦めて客観的に見た感想を述べてやると、息が切れているくせに即座に本気で反論された。
「むかつくが俺様も京一と同意見、だゼ……どーやったらブイとの往復で息も切れずにそんな涼し気にしてんスか……おまけに俺様達より滅茶苦茶早かったし」
 雨紋の意見に後ろからむかつくのはこっちもだ莫迦野郎ッ!という悪態が聞こえてくるがとりあえず無視して考え込む。
「醍醐も似たようなものだったと思うが……?」
 一人で先に上がった醍醐は競争していた三人とは違って、満足したらパラソルのところに戻り、女性陣と荷物番を代わる等こまめなことをしていた。桜井に喜ばれて顔を赤くしていた辺り醍醐の人の良さが伺える。
「いや、アレは別に普通だった。ひーちゃんは別格だっての」
 どこがどう普通なのかイマイチ良く分からない京一の論理であったが、最も納得しそうな理由を述べてみる。
「……水泳の指導員の資格試験を受けてみろと再三誘われたことがあるが。肺活量が並みじゃなかったらしいが……」
「そおいうことは先に言いやがれッ!」
「指導員て……緋勇先輩、そりゃないっスよ……」
 まるで元気な犬のようにがうっと噛み付かんばかりに京一が叫べば、隣で雨紋が脱力して更にへばった。
「別に普通だろう?」
「どこがだッ!」
 京一は疲れなど忘れたかのように叫びながら立ち上がった。相変わらず見下ろされて話しをするのは嫌らしい。立ち上がって視線を合わせた後にふて腐れたようにそっぽを向いてぼそぼそ話しはじめる。
「あのなぁ。フツーの高校生は水泳の指導員になれなんて言われる程水に強くねェよ」
「鍛え方が足りないの間違いじゃないのか?」
「それとこれとは別だッ」
「あんた達、仲がイイのは結構だけど、思いっきり目立ってるよ?」
 クスクス笑いながら話し掛けてきたのは藤咲。その向こうで美里が心配気にこちらを見ている。桜井は醍醐と二人してこちらを見て何か囁いていた。大方またやってるだの言っているのだろう。
「んだよ、ひーちゃんがわりィんだぜ?」
「アラアラ、緋勇が何したってのさ?」
 藤咲は話しを聞いていないながらも大体の所は察したのだろう。面白半分に京一の愚痴に付き合うことにしたらしい。
「いっちばん遠いあの赤のブイまで行って戻って来るのに一番遅かったヤツが昼飯奢るってことになって……」
「なァんだ、それで負けたから緋勇に文句言うなんて男らしくないわよ?」
 みなまで言わせず呆れたように言い放つ藤咲に京一も流石に二の句が告げなくなる。端から見たら藤咲は完全に面白がっているので迂闊な発言は避けることにする。
「な、だって、なあ!」
「そこで俺様に振るなよ京一……。どっちにしろ負けなんスから昼飯奢らせて頂きますよ」
「ちっくしょー!」
 まさしく負け犬の遠ぼえだな、と醍醐が横から笑って京一にとどめを刺す。
 じりじりと暑さの増す砂浜をどうせラーメンを食べることになるのだろうなと思いつつ移動していく。相変わらず賑やかな仲間達の中から遅れて歩く俺の隣にいつのまにか京一がやってきていた。
「……言いたいことは言った方がいいぞ?」
 少しばかり眉間にしわを寄せて考え込んでいる京一にそういうのはらしくないと促してやれば、むっとしたままあらぬ方を見て呟く。
「鍛え方、鍛え方って言うけどなァ……根本的に水泳とかのとは違う気がするんだよな。ってかお前ガッコの授業、手ェ抜いてただろッ?」
「まぁ、無手の俺と剣道のお前じゃ根本から違うような気もするが。その分水泳のような種目だと違いは出ないわけだから、体力勝負で負けてたらそれは鍛え方の問題だな。学校の授業は、あんなので本気を出していたら周りに迷惑だろう」
「うう〜」
 どうやら水泳の授業での態度を見ていたらしいが、それで勝負を挑んでくる当たりまだまだ相手の力量を読み切れないらしい。自分でもそれが分かっているのか先ほどの様に反論はしてこなかった。
 拗ねたような顔をして無言の反論を試みてくる京一に思わず苦笑がもれる。
「……帰ったら王華のラーメンを奢ってやる。そうしたら旧校舎に付き合ってやるから拗ねるな」
「拗ねてねェ……ってホントか!?」
 ラーメンと奢りという単語に現金にも目を輝かせる京一に頷いてやると、イヤッホー!と飛び上がって走り出し前を行く連中を追い抜く。流石にそれには呆れたが、案の定桜井に『また莫迦やってるよ……』とか藤咲にも色々言われていた。

 

 振仰いだ空は関東圏であるため完全な青空とはいかないまでも、昔と変わらぬ色で広がっている。遠い彼方の時間で過ごした日々を考えれば今の環境は恐ろしく異色で、まさかこんなことになるとは夢にも思っていなかった。
 それが良いことなのか悪いことなのかはまだわからない。
 ただこんな日々が続けば良いと。
 何を信じるでもない自分がそう祈ることに少しばかり微苦笑して。
「ひーちゃん、おせェぞ!」
 まるで何も考えていないかのような心からの笑みに誘われるように。

 

 日々は過ぎていくのであった。

 


【日沙葵のつぶやき】
お、終わったよ……。
しかしこの前書いた京主より意味不明ーッ!!(自爆)
ううすいません……なんつーか、夏のある風景を書こうと……がんばって……9月から……
もう冬だ……(吐血死)
ギャグだかシリアスなんだか中途半端でもう……自分が阿呆です。
うう〜〜。
ひーサイドは難しいよう。
ちなみに一番かきたかったのはきょーちと雨紋が仲良くへばってるとこだったり(笑)←殴。

 


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