全部終わったら、みんなで温泉にでも行こうよ。
最後の戦いを前に、龍麻が笑って言った。
そこに集まっていた仲間はその場違いな言葉に驚き、
だけど救われてもいた。
それぞれ、多かれ少なかれ、死ぬかもしれない、死んでも悔いはない、
そんなふうに思いつめていたところがあるから。
でも龍麻は終わったあとを考えている。明日を考えている。
みんなは強張っていた顔が自然と笑みへと変わって、賛成した。
特にリラックスさせようとか思って言ったわけじゃない。
ただ龍麻は、如月と出かける口実を作りたかったのだ。
そして告白して、ただの男友達から恋人へステップアップ、と密かに目論んでいたのである。
他のやつらはどうにかなるだろう、とタカを括っていた。
だからこの旅行が男ばっかり10人でも、龍麻は気にしなかった。
だけど邪魔者はやっぱり邪魔で。
食事も終わり、宴会へと突入していた一同が、一瞬息を呑んだ。
如月が風呂から上がって部屋に入ってきたのである。
湯上がりでかすかに赤く、いい香りのする体を浴衣に包んで。
これには、男ばっかで華がねえよな、とかブツブツ言っていた京一や村雨も口をきけなかった。
場が静かになり、みんなの視線が自分に集中しているのを知った如月が、
なんだい?と言いながら首をかしげた。
すると黒くて細い髪がさらりと揺れ、襟足からうなじがのぞく。
一同は赤くなったり下を向いたり目が離せなかったりといろいろだったが、
すぐにお互いを見渡しあった。
そして誰からともなくニヤリと笑う。
その意味がすぐ分かって、龍麻は憤慨して立ち上がった。
それを村雨が口をふさいで止め、龍麻に耳打ちした。
「先生、翡翠ちゃんとどうにかなりたいっ思ってんだろ?」
「なっ!」
「じゃー参加しなきゃなあ。正々堂々と勝負しようぜ、先生」
そう言って口の端で笑った村雨を、龍麻は睨んだ。
やっぱり連れてこなければよかったのだ。
そうすれば無駄なライバルなどできなかったのに・・・。
今までも如月に熱い視線を送ってたのは俺だけじゃなかったけど
ここにいる9人全員如月狙いになってしまった。
龍麻はため息をついた。
それが合図のように、みんなは顔を寄せ合って勝負の方法を決めている。
如月はひとり意味が分からず、同じようにその輪に入っていない龍麻の方を見て
困ったように笑った。
龍麻ははっとして見とれた。
他の奴に触られたら、と思うとじっとしていられなくなって、
腕相撲で決めようとか花札だとかワイワイ言ってる8人に向かって
龍麻はいきなり秘拳黄龍を出した。
クリティカル!
さすがに力を持つだけあって、死にはしないが、気絶したり立てなくなったりした8人を
龍麻はまとめて部屋の外に放り出し、中から鍵をかける。
軽く手を叩いて振り返った龍麻を見て、唖然としていた如月がやっと口を開いた。
「な、なんてことをするんだ?」
「いいの!あいつらはねえ、如月を手込めにしようと企んでたんだから」
「手込め・・・また古い」
「・・・そういう問題か?」
如月はちょっと笑って言った。
「だけど・・・俺は男だよ?誰も本気でそんな風には思ってないよ」
「お前なあ・・・」
龍麻は呆れた。如月はぜんぜんわかってない。
浴衣からのぞく腕が、襟足に続くうなじの曲線が、細くて直線的な鎖骨が、
今も龍麻の目を捕らえて離さないことも。
気がついたら龍麻は如月を抱きしめていた。
飛びそうになる理性を必死にかき集めて如月を離そうとするが、
如月の体から淡く石鹸の香りがして離せなくなった。
きつく抱いたまま龍麻が如月の瞳を覗き込む。
如月の唇がかすかに開いて形のいい歯がほんの少しのぞいた。
龍麻は口づけた。
なんどもなんども。
如月はそんな龍麻をやんわりと押し離した。
「いろいろ企んでるのは龍麻の方だろう?」
「ちがう、とは言えないけど・・・。好きだったんだ。ずっと」
「龍麻・・・」
龍麻はまた口づけた。
如月はされるがままになっていたが、やがて龍麻の首に腕を回した。
それにつられて前であわせた浴衣の襟が動いて如月の匂いがかすかにした。
龍麻は夢中になって如月の浴衣の帯に手をかけ、一気に解いた。
如月が驚いたように身を引いたが逆にそれが助けとなって
帯が下に落ち、如月の胸があらわになった。
如月は慌てて前をあわせたが、龍麻に両腕をとられ、さらに後ろ襟をつかんで引き降ろされて
浴衣が下に落ちてしまった。
「ひーちゃん!」
突然怒声とともに京一その他が現れた。
ドアを破って入ってきたのだ。
やつらはものすごい形相で睨んできたが、
如月が浴衣も帯も床に落ち、裸同然のかっこでいるのを見て、
一瞬固まった。
如月が赤くなって、慌てて浴衣を着て帯を締める。
それを最後まで見てから、8人は同時に龍麻に向き直った。
それを逆なでするように龍麻が意地悪く笑って見せたので、
9人は死闘を繰り広げ、宿を半壊した。
その間如月は露天風呂で満天の星空を猿たちと眺めていた。
おしまい。
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