□俺の彼氏はアンドロイド□ |
ここは都内にある真神学園高校の生徒、緋勇龍麻の住まいのリビング。 いつも学校帰りに彼の家に立ち寄る蓬莱寺京一は、いつものようにソファーに寝そべっていた。 「おい、起きろよ京一」 いつのまにか寝ていたらしい。 愛しい人に揺さぶられ、京一は目をこすりながら上半身を起こした。 「あーワリぃ、寝ちまったみてーだ…」 両手を合わせて謝る京一に、緋勇は満面の笑みを浮かべた。 「気にするな。それよりこれ、食うだろ?」 そう言って差し出されたチャーハンは、もちろん緋勇が京一の為に作ったものだ。 そのおいしそうな匂いと、そしてなにより自分の為に緋勇が作ってくれたことの嬉しさで、京一の腹の虫が豪快な音を放った。 「おっ、うまそー。いっただきまーす!」 京一は軽く合掌すると、口いっぱいチャーハンをほおばった。 が。 「ん?ひーちゃんは食わねーのか?」 こうやって緋勇の家で何かを口にする時はいつも自分の分も用意するはずの彼の前には何もない。 ただ、京一の顔を嬉しそうに見つめるだけだった。 不思議に思った京一が尋ねると、予想外の返事が返ってきた。 「何言ってんだよ。俺に食事は不要だろ?」 しばらく沈黙が続く。 「…は?」 ようやく京一は口を開いた。 食事がいらない?どういうことだ? いつもラーメン屋で大食いを競い合う緋勇がなぜこんなことを言うのか、京一には理解できなかった。 「おかしいな、おまえにだけは教えてあったはずだけど」 緋勇は首を傾けた。 「ひーちゃん…?」 何かイヤな予感がした。 だが、聞かずにはいられない。 「俺がアンドロイドだってこと、前に言ったことあるだろ?」 …アンドロイド? 京一はしばらく首をひねっていた。 アンドロイドといえば、よくマンガなどに登場する、いわゆる人造人間である。 ―ひーちゃんがアンドロイド…? そんなバカな。 今まで幾度となく重ねてきた肌のぬくもりは人間のそれであったし、第一アンドロイドなんてものがこの世に存在するはずもなく。 だとしたら。 「今の冗談、笑えねーぞ」 という結論にたどり着くのがごく自然であろう。 しかし、緋勇は大きくため息をつき、 「仕方ないな、じゃあもう一度見せてやるよ」 そう言うと、緋勇は突然シャツを脱ぎ始めたのだ。 「ええっ!!ひーちゃん!?」 目を白黒させている京一を尻目に、緋勇は腰のベルトに手を… 「わー!!」 と、見せかけて自分の左胸に手を当てた。 「?」 彼が何をしようとしているのか理解できず、京一はただ見守るしか出来なかった。 「よく見てろよ…」 そうして。 ―ガチャ 機械的な音と共に緋勇の厚い胸板が蓋のように開いたのだった。 「なっ…」 京一は信じられない光景に言葉を失った。 開かれた緋勇の胸の中には精密機械のようなものが埋め込まれていたのだ。 「これでわかっただろ」 つまり「コレ」が、緋勇がアンドロイドだという決定的な証拠になるわけだ。 「…う…そ、だろ?」 「うそじゃないさ。だいたい、こんなに手の込んだうそをつく理由がどこにある」 確かにその通りである。 しかし、そうなると重要な問題が生じるのだ。 「じゃあ…つまり…ひーちゃんは機械で出来ていて…その、人を好きになるとかっていう気持ちとかは…」 京一は恐る恐る尋ねてみた。 「ああ、そういう感情は持ち合わせていない。基本的な感情はプログラムされているけど」 緋勇は残酷なほどあっさりと答えた。 「そんな!じゃあ、俺のことが好きだって言ってたのはうそなのかよ!」 カッとなった京一は彼のがっしりした肩をつかんで激しく揺さぶった。 「それもプログラミングされている。お前がそう望んだから」 「俺が?」 そうだったか? 全く記憶にない。というより、緋勇がアンドロイドだということすら信じることが出来ないのだ。 「そうだ、だから俺はこの感情を受け入れたんだ。お前が望んだから」 そう言って緋勇は京一に顔を近づけた。 愛しい人の顔がすぐ目の前にある。 しかし、こうして自分を見る眼差しも全て機械的なものだと思うと、京一は胸が張り裂けそうだった。 「…や…め、ろ…」 小さく拒む。 しかし、緋勇は引こうとしない。 「やめてくれー!!」 京一の意識が薄らいでいく…。
「…きょ…い…ち…い…おい!!」 体を揺すられ、京一は、はっ、と目を開けた。 「大丈夫か?随分うなされてたみたいだが」 そこには先ほどとは違う光景が広がっていた。 「ここ…?」 「俺の部屋だ。まったく、人が茶を入れてる間に寝るなよな」 少し怒ったように口を尖らせる緋勇はいつもと変わらない。 もちろん、胸が蓋のように開いてもいない。 「夢…だったんだ…」 途端に安心したのか、急に緋勇に抱きついた。 「うわ!どうしたんだ?」 突然の出来事に驚き、倒れそうになるのを必死に押さえ、緋勇は京一の肩に手を触れた。 「変な夢見た。お前がアンドロイドになる夢」 「なんだ、それ?」 きょとんとしている緋勇に、京一は顔を真っ赤にしながら先ほど見た夢の解説をした。 「クッ…ハハハ…お、おれがアンドロイド…」 うっすらと涙を浮かべながら笑う彼を恨めしそうに睨むと、 「笑うなよ!俺だっておかしいなとは思ったんだよ」 京一はすっかりすねてしまった。 「ああ、悪い悪い。まあ、俺もよく変な夢を見るけどな」 「ひーちゃんも?」 少し機嫌が直ったらしい。 興味深そうに緋勇の顔を覗きこんだ。 「ああ、俺は京一が犬になる夢を見たぜ」 「は?」 「お前って子犬みたいに動き回って落ち着きがないからさ、つい見ちゃったんだよな。犬の耳としっぽを持った京一を」 犬の耳としっぽのついた京一…。 京一はそんな自分を想像し、緋勇はその夢を思い出し、同時に笑い転げたのだ。 「アーハッハッハ…なんだよーそれ!」 「ハハハ…今思い出してもおかしいな」 そうして二人はしばらく腹を抱えながら笑いつづけた。 ―次の日、二人が腹に筋肉痛を抱えながら登校して来たのは言うまでもない。 |
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