□Soul Lovers:番外編・心の飾り紐□


漆黒の艶やかな髪が揺れている。

綺麗だよなァ……

窓辺に立って、校庭を見ている龍麻をぼんやりと眺めながら、ぼそっと呟いた自分の言葉に思わずハッとなる。

何言ってんだ、俺……

緋勇龍麻が、俺たちのクラスに転校して来てから、暫く経つ。

何故だかわからねェが、俺たちの周りで起こり出した不可思議な事件に共に関り合いになるうちに、俺と龍麻は親友と呼んでもいいだろう、関係になっていた。

正直、男の長髪なんて、ナンパで気持ち悪ィだけだと思ってたが、アイツの髪は見ているとすごく綺麗で、触りたくなっちまう。

……俺ってなんか変なんだろうか。

 

 

龍麻が転校して来てすぐ、俺はなんで髪を伸ばしているのか聞いた。

アイツの返事は、『願掛けしてるから』

願いがかなったら切るというその髪を、俺はその時本気でもったいないと思った。

だからつい言っちまったんだ。

『似合ってるのにもったいないから切るな』

そしたらアイツ、すっげェ驚いた顔した後、『ありがとう』って笑った。

それから俺はその願掛けの内容も、それが叶ったのかも聞いてねェ。

それがなんとなく喉に刺さった小骨の様で気持ちが悪いが、今さら聞くのもおかしな気がして、そのままになっている。

……そこまでして叶えたいアイツの願いって、一体なんだろう……。

 

 

「危ねェッ!!」

はらりと広がる髪。

凍りつく心臓。

ある日、旧校舎へ潜っていた俺たちは、突然現れた思わぬ強敵に苦戦を強いられていた。

その中の一匹が龍麻の頭を掠めたのだ。

龍麻が俺からは敵の影で死角になっていた為に、声を懸けるのが遅れちまった。

「龍星脚ッ!!」

間一髪でそいつを躱したあと、龍麻は振り向きざま蹴りを叩き込む。

「京一!!そっちへ行ったぞっ」

「お、おうッ!!」

今のはかなりヤバかった筈なのに、もう体勢を立て直し、俺へと指示を出してくる。

冷静に戦況を見極めて出す指示と激励は、カッとなって突出しがちな俺を含めた、みんなの心の支えになっている。

だから俺たち5人の中では一番付き合いが浅いコイツが、暗黙のうちにリーダーとなっている事に異議を申し立てるヤツはいなかった。

普段は人当たり良くて、いつも優しい笑顔を絶やさないコイツが、個人でもすげェ戦闘力を持ち、団体では冷静沈着な指揮官としての能力も発揮する。

実際、この目で見てなきゃ信じられなかっただろう。

それからは、かなりの時間はかかったが、美里の回復と、俺たちの方陣技で敵の数は次第に減っていった。

 

 

「ハァ〜、ヤバかったねェ、今日の闘い」

「ホントに、みんな無事で良かったわ」

地下から脱出してきて、外の空気を思い切り吸いこむ。

新鮮な酸素が肺に流れ込み、今生きている事を実感させる。

流されるだけの毎日だった今まででは、感じる事のない充実感のようなもの。

美里や小蒔に言えば反論されそうなそんな感覚が、今の俺を支配する。

「あれ?龍麻クン、髪どうしたの?」

突然小蒔が龍麻に声をかけた。

その問いに、先程の龍麻の様子が思い出される。

そうだ!頭ッ!

「た、龍麻ッ! 頭ッ!! 頭大丈夫だったか!?」

小蒔と俺の問いに、きょとんとした顔をする龍麻。

だが、すぐ納得したらしく、縛っていた紐が切れたその長い髪を、鬱陶しそうに掻き上げながら答える。

「ああ、ゴメン、なんともないよ。紐が切れちゃっただけで、頭には掠っただけだから」

縛っている姿を見慣れていたためか、髪を下ろしているその姿はまるで別人の様に感じてどうも落ち着かない。

紐……

「おッ、そうだ。これ使えよ龍麻」

「え?」

突然俺は、自分が『紐』と呼べるものを持っている事を思い出した。そうしてその紐を龍麻へと差し出す。

「だ、だってこれ、京一の木刀袋の紐だろ?」

「い、イヤなのか……?」

俺が差し出した紐は、俺がいつも持っている木刀を入れた袋の口を縛っている紐だった。

だが、何故か聞き返してきた龍麻に、俺の心が不安でざわめく。

確かにいつも持ってるからちょっと汚いかもしれねェけど……

何で俺、不安に思ったりしてんだ?

「い、イヤなんかじゃないよっ でも、……貰っちゃってもいいの?」

「え? あ、ああ。別に構わねェよ」

俺がそういうと、龍麻は、

「ありがとう……嬉しいよ」

その綺麗な顔を、めい一杯ほころばせて微笑んだ。

思わず見蕩れちまうくらいに。

 

 

何故か今でも龍麻の髪には、その時俺が渡した紐が揺れている。

その揺れる紐を見るたび、俺の心の奥のどこかが、チリッと疼く様な気がする。

 

バカな俺が、その意味に気付くのは、それから随分後の事だった。


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