邂逅


 

 

 波の穏やかな日々が続いている。
 船の舳先に座り込んで空を見上げていた人影が、仰向けにひっくり返った。じっと上を見上げるのに首が疲れでもしたのだろう。空には細い月がかかってはいるが、それは星の光を奪う程強いものではない。
 甲板に立つ男達は皆、自分の仕事に没頭しているかの様に見える。だが、実際はこんな穏やかで見通しの利く夜に見張りが必要以上に気を張ることもなく、彼らは一様に舳先を気にしているのであった。
 何しろ、そこに居るのは彼らを束ねている男なのである。気にならないという方がおかしい。
 ちらちらと男達が舳先へ視線を投げる中、甲板に影が一つ増えた。下の船室から上がって来たのだろう背の高い男は、身に纏う白く長い上着のせいで薄明かりにもはっきり浮かび上がっている。
「村雨の旦那。何か御用ですかい?」
 階段の側に居た見張りの一人がいち早く気づいて声をかけた。
 それには軽く首を振って、村雨は何かを探す様に首を巡らせた。察した一人が、舳先を村雨へ示す。
「頭ならあそこでさぁ」
「あぁ」
 頷いて、村雨はそちらへ足を向けた。近づいても、とうの昔に村雨に気づいているだろう男は身動き一つしない。村雨の靴先が板の上に散った髪に触れようかという所まできてようやく、彼の瞳が村雨を見た。
 男、というよりは少年に近い外見をしている。髪も瞳も漆黒で、肌は海の上で生活している者らしく健康的に焼けてはいるが、それでも他の者に比べれば白いと言える。容貌も体格も、とても荒くれ者達を束ねる者には見えない。どちらかと言えば村雨の方がよっぽどそれらしい。
「何かイイモノでも見えるかい? 先生」
「星が見えるな」
 冗談めかして答えてから、龍麻は反動をつけて起きあがった。隣に並ぶと、村雨の方が頭半分近く程も高いのがわかる。
「用か?」
「いや、――?」
 札の相手をしろなどというのはお断りだと言外に告げられて言葉を濁した村雨が、つい先刻己の出てきた階段を見やって眉をしかめた。
 紅の衣服を好んで身に着けるのはこの船には一人だけである。
「はぁい、ひーちゃん。あら、しーちゃんも一緒なのね。丁度良いわ」
 女言葉であるが、現れたのは紛れもなく男である。声も低く身長も村雨と同じぐらいあるのだが、口調も仕草も「女らしい」。嵐の後、波間を漂っている所をこの船に拾われて以来何かと村雨にアプローチしているらしいのだが、当の村雨は顔をしかめるばかりだ。
「あぁ、ともちゃん。どうした?」
 口を開いたのは、僅かばかり龍麻の方が早かった。長髪をかき上げた伊周へ、愛称でもって呼びかけさえする。
 得体の知れない術を操る魔術師だと、それこそ最初は畏怖の感情で迎えられた伊周だったが、龍麻はこの風変わりな術師が意外と気に入っているらしい。
 でなければ、この船でこんな態度に出られる訳もないが。
「ちょっと、アタシの部屋まで来てもらいたいのよ。占いで面白い卦が出たもんだから。しーちゃんも来て頂戴」
 言うだけ言ってさっさと引っ込んだ伊周を見送り、龍麻と村雨は思わず顔を見合わせた。伊周が占いをする事は知っていたが、結果を彼らに知らせようとした事は今までなかったのである。
 首を捻りつつも、二人は伊周の部屋へと向かった。
「入るぜ」
 伊周の部屋には、男の持ち物としてはそぐわないような装飾品が数多く置かれていた。武器の類は部屋の隅へと追いやられてしまっている。それもそのはず、伊周に武器は不要と言ってもいいからだ。彼の武器となるのは彼自身であり、今もその懐にあるだろう呪具の類である。
「結果はそこに出てるけど、見てもわからないだろうからアタシの口から説明するわ。それでいいでしょ?」
 身振りで適当にくつろぐ様に示し、伊周はベッドに腰を下ろして脚を組んだ。
 机の上には占いに使用されたらしい道具があったが、村雨は勿論龍麻にもそれをどう見るものなのか全く分からなかった。
「ふーん。……仕掛け自体は東方のものに見た事がある気がするけど」
 呟いた龍麻が机の縁に、村雨がドアに凭れた。これで誰かが来たとしても話の内容を聞かれる前に中断する事が出来る。
「まず、近い内にこの辺りの海が『荒れる』と出たわ。天候なのか別の原因があるのかまではわからないけど」
「荒れる、ねぇ……。それがいつかってのも詳しくはわからねぇのかい?」
「残念ながら、ね」
 ため息とも吐息ともつかない息を吐き出した村雨が、目線で先を促した。龍麻は無言である。
「他に気になったのは『風の刃』。方角は東」
「フォルセン、か」
 すぐにそう言い、龍麻は何事か考え込む様に目を伏せた。彼らの現在地から東にあり、なおかつ風に暗示されるものと言えばフォルセンしかない。
「海軍の奴らが何か始めようってぇのか? どう思うよ、ともちゃん」
 顎に手を当て呟いた村雨の問いに、伊周は肩をすくめる事で答えた。
「アタシにはそこまでは分からないわよ。生憎と占いは趣味だけど得意じゃないの」
「――客だ」
 伊周の声を遮る様に低く呟き、村雨は扉につけていた背を浮かせた。外の気配を探り、次いで拍子抜けした様な顔つきで扉を開ける。
 そこに立っていたのは、どことなく龍麻と似た、それでいて全く異なる空気を纏った青年だった。
「やっぱりお前か」
「よく僕だと分かりましたね。気配は完全に断っていたはずですが」
「馬鹿。俺相手にそこまで出来る奴はこの船には二人しかいねぇよ」
 その内一人が同じ部屋にいたのだから、残るは彼しかいないという訳だ。成程、という顔をしてから、壬生は小さく苦笑した。
「今度からは気をつけます」
 器用に片方の眉だけを跳ね上げた村雨の脇をすり抜け、壬生は壁に凭れた。その様子に何を言うでもなく、村雨は扉を閉じて再び背を預ける。その間に、龍麻が話をかいつまんで伝えていた。
「それで、様子見も兼ねてしばらくフォルセンに滞在しようと思うんだけど」
 充分に予想されていた言葉であった為か、三人共が軽く頷いただけであった。元々、彼らは殺戮と略奪を好んでいる訳ではない。その上、軍隊との戦いは苦しい上に無駄な犠牲を多く出しかねない。得る物もこれと言ってない為、出来るだけ避けたいものの一つであった。
「商船に偽装、でいいんだよな。いつも通り」
「あぁ。久しぶりの陸地だし、ともちゃんと雨紋にとってはこの船に乗って以来の陸地だろ? 降りたければそのまま行っても構わないと思う」
 名を挙げられた一人である伊周は、心外だとでも言いたげに大袈裟に肩をすくめて見せた。そして扉の前の村雨へ、色気たっぷりのウィンクを寄越す。村雨は無表情にそれを黙殺した。
「しーちゃんがいるのにアタシが降りるなんて勿体ないコトする訳ないじゃない。ツンツン頭のボーヤはどうか知らないけど」
 村雨のつれない態度には慣れているらしく、伊周はさして傷ついた風でもない。
「奴らにゃ明日俺達が伝令する。で、いいんだな? 先生」
「頼む。――それじゃ、解散な」
 机を離れた龍麻の声を合図に、伊周以外の人間は部屋から姿を消した。
 ベッドに腰掛けたまま、伊周は占いの結果を思い出してはため息をつく。龍麻に言わなかった事があるのだ。ただ何となく言うタイミングを逃してしまっただけなのだが。特別良いという訳でもその逆という訳でもない結果だったが何か引っかかる。
「一体、何が『始まる』とでも言うのかしらね……?」
 十中八九、厄介な事だろうと伊周の勘が告げていた。以前の伊周ならば、この機会にとっとと陸へ上がってしまおうと考えたはずだった。だが今は、多少の危険を伴ったとしても村雨や龍麻と共に居ることを望む彼が存在しているのである。
「ま、少しはスリルがあった方が楽しめるってモンよね」
 呟き、伊周はベッドに横たわると指を軽く弾いた。すると、手も触れないのにランプの明かりが落ちる。
 一瞬で、部屋は闇に包まれた。


   §


 フォルセン城下の港は、各地から船が集まる貿易港でもある。船の出入りは激しく、審査もおざなりになりがちなのが現状であった。
 龍麻達の様な者にとってはそれは幸いという他はなく、商船に偽装した船を難なく港へ入れることができた。十日間の停泊許可を受け、偽装通りに東方の特産物等を積み荷から物色して降ろし、金に変える。
「出航は十日後の正午。遅れた奴は置いていくからな」
 見張りに当たった者以外が思い思いに散って行く中に、壬生と雨紋の姿もある。彼ら二人は直接軍の動向を探りに行くのだ。村雨はのんびりと街の中へ消え、彼と行動を共にするかと思われた伊周は寄る所があると言ってさっさと姿を消していた。
「さて、と」
 龍麻はゆっくりと、商店が軒を連ねる通りへ足を向けた。途中で、世話好きそうな中年女性を呼び止め、この街で評判の良い金属工の店はないかと訪ねる。果物の入った紙袋を抱えた女性は、すぐに一つの店の名前を上げた。ここから二本ばかり城側の通りだが、すぐに見つかると言う。
 女性の言う通り、件の店はすぐに見つかった。「桜井工房」と看板が出ている。
「あ、いらっしゃい! 何かご用?」
 店の前に立っていた少女が、龍麻に気づいて声を上げた。てっきり客だと思っていたのだが、どうやらこの店の手伝いか何からしい。
 短い栗色の髪にバンダナを巻いた、ボーイッシュな少女である。年は龍麻とそう変わらないか同じぐらいに見えた。
「鎖が緩んでるのを修理してもらいたいんだけど……出来るかな?」
「もちろんだよ。父さーんッ! お客さん!!」
 龍麻を手招きながら、少女は店の扉を開けて奥へ大声で呼ばわった。父と呼んだ事から察するに、家の手伝いをしているらしい。
「小蒔! そんなに怒鳴らんでも聞こえると言ってるだろうッ」
 怒鳴り返され、小蒔と呼ばれた少女はぺろりと舌を出した。
 店の奥から、まばらに髭を生やした男が現れた。どうやら彼がこの店の主人であるらしい。いかにも職人気質の男だが、人当たりはいいらしく今も人好きのする笑みを浮かべていた。
「こないだ声が小さいって言ったの、誰さ。……鎖の修理だって」
「そうだったかな。まぁいい。まず品を見せてもらいましょうか」
 言われるまま、龍麻はカウンタの上に持っていた包みを広げた。中の品を見た男の目が、すっと細められる。薄い唇の隙間から、ため息が漏れた。
「綺麗……」
「こいつはケイロンの細工だな。玉は紅玉……こっちの龍の目玉は黒耀か」
 そこにあったのは、銀の鎖のついたペンダントだった。ビー玉程の大きさの紅い石と、それに絡み付く龍。龍の身体はくすんだ金で、その双眸には漆黒の石がはめこまれている。
「問題の鎖は――あぁ、この程度ならすぐだ。でも、この鎖は緩み易いから早めに取り替えるか何かした方がいいよ。加工次第で鎖の強度ってのは変わるもんでね。取り替えるにしてもそんなに時間はかからないが、どうする?」
「今日のところは修理だけ、お願いします」
「はいよ。もし、この街にいる間にまた緩んだら遠慮なく持ってきて下さいよ。一応、一通り締めときますがね」
 作業はものの五分程度で終わった。その間中、小蒔は父親の手元から片時も目を離さなかった。後を継ぐ、つもりなのだろうか。
 出来上がった品を受け取った龍麻が代金を聞くと、主人は笑って首を振った。
「こういうのはサービスみたいなもんでね。久しぶりに良い細工を見せて貰ったし、気にしなくていい」
 それでは流石に悪い、と言い募ろうとした龍麻だったが、新しい客の来訪でその言葉を呑み込まざるを得なかった。深く頭を下げて店を後にする。
 まだ陽は落ちていないが、市場のあちこちで夕食の買い出しに来ている親子の姿が目立ち始めていた。
 なだらかな坂道を下り、龍麻は食堂や酒場の並ぶ一角を目指した。酒場が賑わう時間には早いが、この時間からでも客の入る店は必ずある。
 角を曲がった所で、横合いの店の窓を突き破って椅子が飛び出してきた。思わず立ち止まった龍麻の目の前で、ガラスの破片が辺りに飛び散る。次いで怒号と共に、どうみても真っ当な船乗りには見えない男が一人、転げる用に出てきた。
「くそったれ!」
 悪態をついて顔を上げた男と、龍麻の視線とがまともにかち合った。
 盛り上がった筋肉に、巨体。どう見ても龍麻よりは強く見える。男自身もそう感じたのか、立ち止まった龍麻目がけて突進し始めた。
「おい、逃げろッ!」
 店の入り口から顔を出した若い男の声が飛ぶ。その後に続いた言葉は入り交じる怒号と物の壊れる音にかき消された。
 だが、龍麻は動かなかった。
「喧嘩、か」
 ぼそりと呟いて、龍麻は身を屈めた。不意に目標を見失った男に足払いをかける。突進してきた勢いのまま、男は道の脇へ大きくスライディングする羽目になった。
「てめぇもやる気か!」
 ぞろぞろと出てきた男達が、龍麻と、先程声を投げてきた若い男とを囲む様に円を描いた。どちらが先に喧嘩をふっかけたのかは分からないが、人数的には圧倒的に不利である。しかし龍麻も若い男も、焦ったり怯えたりする様子は微塵もなかった。
「お前、何で逃げなかった?」
 赤茶けた髪の青年が、さりげなく龍麻を庇う様な位置に立つ。確かに、逃げようと思えば逃げられた距離である。青年が疑問に思うのも無理はない。
「――売られた喧嘩は買う主義なんだ」
 言い様に、龍麻は先程スライディングさせた男が背後から飛びかかってくるのを軽く避けた。そして今度は容赦なく、掌底をその顎へ叩き込んでいた。一撃で自分より一回りは体格の良い男を沈ませた龍麻に、場の雰囲気が一気に剣呑なものへ変わる。
 それが乱闘の合図だったと、言い換えてもいい。
 青年もその外見とは裏腹に喧嘩慣れしていた様で、騒ぎを聞きつけた兵士がやってくるまでに、ほとんど決着はついていた。
「やべェ! 逃げるぜッ」
 最後の一人を叩き伏せると同時に、青年は龍麻の腕を取って走り出していた。兵士がやってくる声を聞きつけて、いつの間にか集まっていた野次馬が左右に割れる。それとは逆方向に、二人は全力で駆けた。
「…………っ」
「は……ぁ。ここまでくりゃ……大丈夫だろ……」
 どこをどう走ったのか龍麻には見当もつかないままに、龍麻は裏通りの隅で荒い息をついていた。騒ぎのあった店がどこなのかさえも分からない。
「お前、見かけによらず強いじゃねェか。心配して、損したぜ」
「そっくりそのまま、あんたに返すよ」
 どちらからともなく顔を見合わせて吹き出した。何とも言えない高揚感が身体を包んでいる。
「腹、減らねェか? 俺、まだメシ食ってねェんだけど」
「俺もまだだな。どこかいい店知ってるのか?」
「おう。――ついてきな」
 青年はこの街に余程詳しいらしく、裏通りから表通りへ難なく抜け出した。ただ闇雲に走っている様にも思えた先刻も、彼の頭の中の地図に従っていたのだと龍麻は今更ながらに理解した。
 騒がしいが旨い料理を食わせてくれるという店に腰を落ち着け、二人はまずお互いに名乗り合った。
「龍麻、か。俺は京一ってんだ。一応、海軍に籍を置いてる」
「……軍人? 全然そうは見えない」
「だろ? よく言われんだよなー」
 内心の動揺を悟られない様に、龍麻はゆっくりとグラスを口元へ運んだ。まさか軍人が喧嘩をしているなどとは考えもしなかったのである。それだけでなく、初対面だというのに向かい合って食事まで取っている。
 京一の方は龍麻が敵であるなどとは思いもしていないだろうが、それでも龍麻の心中が穏やかでいられるはずもない。
「じゃあ、何で逃げたんだ? 逃げる必要なんてなかったんじゃないのか?」
「余計な仕事、したくねェんだよ。ただでさえ、明後日から一週間ぐらい厄介な任務に出なきゃならねェってのに」
 愚痴る様子、年齢から、彼は下級兵士であろうと龍麻は予想をつけた。それだけではない様な雰囲気が京一にはあったが、深く考えた所で意味のない事の様に思えた。
 とにかく、予期せぬ所で確実な情報に行き当たった。龍麻の頭にあったのは、それだけだった。
「厄介な任務?」
「あァ。内容は言えねェが、厄介だってのは確かだ」
 それきり口を噤んだ京一からは何も聞けそうになく、龍麻も黙々と食事を口に運んだ。
 店を出た所で、京一を呼び止める者があった。士官服を身につけた大男である。
「こんな所にいたのか、京一。……そっちは?」
「龍麻、ってんだ。さっきちょっとゴタゴタして知り合ってな。で、何か用か?」
 京一のいうゴタゴタが先程の喧嘩であると即座に思い至ったのであろう。醍醐は額を押さえて大きくため息をついた。
「やはりお前か。……それはともかく、お前また書類をため込んでるそうじゃないか。出る前に一通り揃えてくれと言われていただろう」
 醍醐の指摘に、京一は露骨に顔をしかめて舌打ちした。面倒くさそうな表情を隠そうともしないでガリガリと頭を掻き回す。そして、観念したかの様に肩をすくめた。
「わぁーったよ。行けばいいんだろうが行けば。――じゃぁな、龍麻」
 ひらひらと手を振る京一と、軽く頭を下げた醍醐を見送って、龍麻は村雨達と落ち合う為に踵を返した。



「明後日から一週間、か」
「念の為、滞在を伸ばすかい?」
 宿の一室に集まって、伊周を除く四人は今日一日で集めた情報を組み合わせていた。分かったのは、軍が明後日から一週間程近海を巡航すること。隊の規模は不明のままだった。
「いや。予定通りで構わない。流石に連続しては動かさないだろうし。……村雨、ともちゃんはどうした?」
「先生、俺に聞くのはやめてくれねぇか? まだ戻ってないみてぇだがな」
 ひょいと肩をすくめ、村雨はベッドに身体を投げ出した。弾んだベッドに、壬生が軽く眉をしかめる。村雨を一睨みしておいて、壬生は話題を切り替えた。
「この国も、中では少し荒れているみたいでね。二人の王子の内どちらにつくか、って」
「上の王子が継ぐんじゃないのか?」
「その第一王子が海軍に入ってるらしくてね。そもそも、その原因が重臣達の派閥争いだと言うんだけど」
 二人の王子についての噂は、街で容易く仕入れる事ができた。どちらも整った容貌をしているせいもあってか、女性からの情報は驚く程豊富だった。
「彼、海軍の中ではかなり実力者らしいよ。今度の軍隊の指揮を任されている様だし。確か……紅茶色の髪と瞳が特徴だと言っていたかな」
「そんな髪と瞳の色なんて、そこらに転がってんじゃねぇか」
「龍麻サン? どうか、したんスか?」
「……いや」
 紅茶の髪と瞳。そう聞いた瞬間に今日会ったばかりの青年を思い浮かべ、表情を固めてしまった龍麻の顔を、雨紋が覗き込んだ。すぐに表情を戻して首を振ったものの、まさかという思いは龍麻の脳裏にべったりと張り付いて、消えなかった……。

 

 


◆戻る◆