■HotHot■


年も明け、そろそろ自由登校になろうかという頃。醍醐は卒業後に備えてジム通いをしていたし、美里と小蒔は受験勉強。中国行きを決めていた龍麻と京一二人だけはゆっくりと平和な自由時間を満喫していた。

「う〜、寒い〜ッ」

二人きりの下校途中、京一が情けない声を上げる。

「……寒いんなら、袖まくりしてなきゃいいだろ?」

「これは俺のポリシーだからいいのッ!!」

……木刀といい、袖まくりといい、よくよくわかりにくいポリシーである。

「なァ、ひーちゃん。そんなことよりさァ、こたつ買おうぜ、こたつッ」

突然の京一の提案に、龍麻が目を白黒させる。

「はぁ?こたつって…俺んちエアコンあるじゃないか」

「エアコンもいいけどさ、やっぱこう風情があるものが欲しいんだよなァ……」

京一の口から風情なんて言葉が飛び出そうとは……。ここは驚くべきか、それとも感心するべきか。

「第一もうすぐ中国行くんだろ? 今買ったって勿体ないだけじゃないか」

しかし、迷ったあげく、龍麻の口から飛び出たのは、やたら生活臭いセリフだった。

「えェ〜、いいじゃん。買おうよォ〜。俺も半分出すからさッ。なッ?」

それに対して京一が繰り出したのは、お得意のおねだり攻撃。ちゃんと龍麻が自分のおねだりに弱い事を知っているのだ。

「し、仕様がないなぁ……ホントに半分出してくれよ?」

「やったァ〜、じゃ早速明日買いに行こうぜッ」

……ひたすら京一に甘い龍麻だった。

 

 

「いらっしゃいませェ〜」

ある電器店の女性店員にとってその日は、今までの人生の中で、一番悩む日となった。

自動ドアから入って来たのは男二人連れ。年格好からすれば高校生くらいだろう。

別に高校生が電器店に来る事がおかしいわけではない。男二人連れでもおかしくない。

だが、その二人が買いに来たモノ……

「は? え、えっと、こたつ……ですか?」

「ええ、小さいのなんですけど……」

髪の長い青年が答えると、もう一人、赤茶けた髪の青年が、まるで駄々っ子の様に文句を言い出す。

「えェ〜。ひーちゃん、俺大きいのが欲しい〜」

「何言ってるんだよ。そんなのあの部屋に入るワケないだろう?」

その二人が始めた会話は、これまでその店員がよく耳にしてきたもの。

だがそれはあくまで男女のカップルの会話であって、決して男二人ではない筈だ。

その雰囲気は……新居に入れる電化製品を買い求めに来た、挙式間際のカップル……。

ま、まさかこれが世に聞く……?

「あ、あの? 済みません、小さいのは…ないんですか?」

「あ、い、いえッ! えーっと、こ、こちらの方です……」

あれやこれやとこたつを前にして議論する二人組を見て、店員は嘆息する。

二人とも対照的であるが美青年と言ってもいい容姿で……

これは、もったいないとがっかりすべきか、それとも目の保養と喜ぶべきか……。

彼女の複雑な心境を余所に、どこか嬉しそうな二人は、買った荷物を抱え、店から出て行った。

 

 

「こったつ。こったつ。あァ〜ぬくいぜッ。やーっぱ、冬はこたつでみかんだよなァ〜♪」

部屋に入れたこたつを、あっという間に組み立てて京一が滑り込む。

「まったく……ホント、お前って子供みたいだなぁ……」

龍麻の口調に呆れが混じっているのに、京一がむくれる。

「えェ〜? なんでだよォ。子供は風の子、俺は大人だからな、こたつに入っててもいいんだよッ」

一体どういう理屈なのかよくわからないが、天板に頭を乗せてにこにこと嬉しそうな顔の京一を見るとそれ以上は何も言えない、10杯砂糖を入れたコーヒーの様に京一に甘い龍麻は、いつもの様に『仕方ないなぁ』と呟くと、夕飯の支度をするため、キッチンへと姿を消した。

 

 

「あー、食った食った〜ァ」

今晩の夕飯は、鍋物。京一が『こたつで鍋ッ!』と、駄々をこねた結果のメニューである。

「……お前食べ過ぎじゃないのか?お腹こわして知らないぞ」

「ん〜、だってひーちゃんの作ったもんは、何でも美味いしなァ」

自分の作った物を誉められれば悪い気はしない。それに、京一が、お世辞で言ってるワケではないことは、自分が一番良く知っている。

照れくささを隠す為、龍麻はいきなり話題を変えようと、立ち上がった。

「さてッ、片付けするから、京一は鍋キッチンまで運んでよ」

「ヤダ」

 

ぴくっ

 

「きょ〜いち〜〜〜ぃ?」

「だ、だってひーちゃんエアコン切っちまったから寒いじゃねェかァ〜」

そうなのだ。『こたつを入れたんだから、電気代が勿体ない』との、まるで主婦のような龍麻の意見により、エアコンのスイッチは切られていた。

「冬なんだから寒いのは当たり前なのっ。ほらっ、早く手伝ってってば」

「ヤーダーァ」

先程『子供みたい』と言われてむくれていた京一は、今や完全に子供と化していた。

「じゃあ、お前、『一生ソコを出るな』って言ったら出ないつもりなのかっ?」

そんな京一の態度に、龍麻は自分までもレベルが低くなってしまった事に気付いていない。

「ああ、それもいいなァ。俺ずーっとここに居よっかな〜♪」

……最早レベル云々の問題ではなく、単なる子供の喧嘩と化してしまった二人だった。

「ほ〜ぉ? ……じゃあ、俺がお前をソコから引きずり出してやろうか?」

「え!? わ、腕力に訴えるなんて卑怯だぞひーちゃん!」

龍麻の額に青筋が立っているのを見て取った京一が、ちょっと怯む。

「……腕力なんて必要ないさ。お前を引きずり出す事なんか、な」

立ったまま京一を睨んでいた龍麻は、何を思ったのか、すっとすぐ隣にあるベッドへと腰かけた。

「京一……ィ」

龍麻の上げたその声は期間限定、しかも京一しか聞く事の出来ない声。

そう、今龍麻が腰かけているベッドの上ででしか聞けない声だった。

『か、可愛い……』

こてんとベッドへと横になり、じっと京一を見つめる龍麻の瞳は、どこか潤んでいる様に見えて、京一を煽り立てる。

気がつくと京一は龍麻を抱きしめていた。

「はい、俺の勝ちね」

「へ?」

「へ? じゃないだろう。お前をこたつから引っ張り出したんだから、俺の勝ちね。さっ、片付け手伝えよ?」

ゆっくりと覆い被さっている京一を引き剥がし、にこやかに笑いかけながら龍麻は起き上がる。

「え? じゃ、じゃあ、続きは……」

「もちろん、今日はナシ」

「そ、そんな、殺生な〜」

龍麻に振り回されて情けない声を上げた京一に向かって、立ち上がって食器を持ってキッチンへ向かう龍麻が、振り向きざまかけたのは、追い打ちをかけるのに十分な言葉だった。

「あ、ティッシュ勿体ないから、トイレ行ってね?」


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