■Fridaynight lullaby■


 

  は〜……。

  

 京一は思わず溜め息をついた。

 シャワーを浴び終え、パジャマのズボンだけ履いて部屋へ戻ってきた京一が見たものは、ソファで眠ってしまった光璃の姿。

 先にシャワーを浴びて、京一を待っている間に、どうやら睡魔に耐えきれなくなったらしい。

 ちらりと壁の時計に目をやる。

 22時10分―――。

 京一にしてみれば、夜はまだまだこれからという時間だが。

「まァ、ひかりゃんが夜遅くまで起きてんのが苦手なのは、重々承知してっけどよ…」

 さすがにこれは早過ぎるんじゃねェか……?

 

 コトに及びたくても、こうして先に寝られてしまって、肩透かしをくらうことは既に何度もあった。

 そんな経験を踏まえて、今日は早めにシャワーを浴びるよう急かしたのに、それも無駄に終わってしまったようである。

 

 はう、ともう一つ大きな溜め息をついて。

 タオルでガシガシ頭を拭きながら、京一はソファへ近寄った。

 そっと光璃の顔を覗きこむ。

 閉じられた瞳は開かない。

 うたたね、というわけではなく、光璃は完全に熟睡しているようだ。

 表情は穏やかで、規則正しい呼吸が聞こえてくる。

 視線を躰へ移す。

 小さく上下する胸。

 パジャマのズボンはソファにかけられたままで、パジャマの上も、全てのボタンをかけ終えていない。

 中途半端なその格好からして、急激に襲ってきた眠気に負けて、そのまま落ちたという感じだ。

 すらりと投げ出された脚や、パジャマの隙間から覗く胸元は、誘惑しているようにも見えてしまい、その触り心地の良さを知っている京一には、見ていて堪らなかったりするのだが。

 ……気持ち良さそうに眠っているのを、無理矢理起こしてヤルっていうのは、さすがにスマートじゃねェしなァ。

 京一は、ゆっくりと光璃の方へ伸ばしかけていた手を何とか抑え、欲望を追い払うように一度瞳を閉じ、頭を振る。

 これ以上、ひかりゃんのこんな姿を見ているのは俺の理性がやば過ぎる。

 我慢がきかなくなる前に、ちゃんとベッドに寝かしてやった方がいいだろうな。

 

 潔く判断すると、移動する為に光璃を抱き上げようとして、京一はふと気付いてしまった。

 光璃の髪が、濡れたままだということに。

「おいおい……」

 髪を乾かす余裕もなかったのかよッ?

 光璃の顔に、まだ水気を充分含んでしっとりと張り付いていた一筋の髪を払ってやりながら、京一はまたもや溜め息をついた。

 どーしたもんかなー。

 タオルで拭いたり、ドライヤーをあてたりすれば、確実に目を醒ましてしまうだろうし…。

 かといって、このまま髪を乾かさずに寝かせてしまっては風邪をひくかもしれない。

 かわいそうだが、ここは起こすしかないか…。

「…ひかりゃん」

 呼んでみる。―――反応なし。

「ひかりゃん?」

 今度は呼びかけながら、静かに躰を揺すってみた。……やはり反応がない。

 

 ……ここにいるのが俺じゃなかったらどォすんだよ。

 不意に心配になってみたりする。

 今の光璃は、あまりに無防備過ぎて。

 俺だから、安心してこんな姿を晒してくれてるのかもしんねェけど。

 でも、惚れた相手にこういった姿を見せられると、やっぱり健全な男としてはイケナイ考えも浮んじまうわけで。

 つい先程追い払ったはずの欲望が、また京一を支配しそうになる。

 

 静かに、光璃の耳元へ唇を寄せる。

「ひかりゃん…」

 耳朶に息を拭きかけるようにして囁く。

 そこへ口づけて、軽く噛む。

 ぴく、ん……。

 わずかに、光璃の躰が震えた。

 京一はそのまま唇で顎のラインを辿り、喉へ滑らせる。

「んん……」

 反応して、光璃の首が仰け反る。

「……。……きょ……ぅ…いち……?」

 掠れた声が口から洩れる。

 うっすらと開かれた瞳が、ぼぉ〜…ッと京一を見つめた。

「よォ。目は覚めたか?」

 京一は、唇での愛撫を一端止めて、光璃に視線を合わせて笑う。

「ふ……? ぅ…ん…?」

 京一の言葉に、吐息のような曖昧な声で答える。

「……きょお……いち…。お…れ…?」

 舌足らずに呟きながら、光璃はどうしても眠いのか、直ぐにうとうとしだした。

 ―――ちっちゃい子供みてェ。

 光璃の妙に可愛い姿に、ついくすくすと笑みが零れてしまう。

 寝惚けているひかりゃん、なんて、仲間内でも俺しか見たことねェんだろうな。

 京一は幸せな優越感に浸る。

「ひーかーりゃんー。眠ィのはわかるけど、髪びしょ濡れのままじゃ、風邪ひくぜ。自分でやんのが辛きゃ、俺が乾かしてやるから、頑張って躰起こしてくれよ」

 両手でそっと光璃の頬を包んで、促すように瞼にキスを落とす。

「…ん〜…京一〜…。くすぐったい…」

 京一の手に自分の手を重ねて、光璃は少し拒む素振りを見せる。

「いい子だから、よ。いうこと聞いてくれ」

 子供に言い聞かせるみたいにして、濡れる光璃の髪を梳きながら、京一は光璃の唇を優しく塞いだ。

 一度唇を離すと、角度を変えて今度は深く口づける。

「…ッ…ふ…」

 息苦しさに、光璃が瞳を開いた。

 力なく京一の手首を掴む。

 それに気付いて、京一は光璃の唇を解放した。

「……京一?」

 光璃は、まだはっきり頭が覚醒せずに、ぼぉっとした表情で京一を見つめて、首を傾げる。

「起こしちまって、悪ィ、ひかりゃん。でもその髪、せめてタオルで拭くだけでもした方がいいと思うぜ」

 京一の前髪がさらりと光璃の頬に流れる。

 さっきしっかり拭き取ったため、京一の髪の方は割と水気が抜けていた。

「起きあがれるか?」

「…ごめ…ん…、ちょ…っと、手伝って…欲しい…」

 光璃は緩慢な動作で京一の首に腕を廻してしがみついた。

 光璃から抱きついてきてくれることなんて、そうめったにないことのうえ、それ以上に、甘えた声でおねだり(?)なんていうのは、はじめてのことだったので、京一の胸には激しい感動が沸き起こっていた。

 寝惚けてるひかりゃんって…スゲェいいかも…。

 

 基本的に、早寝早起きの光璃。その逆で遅寝朝寝坊の京一。

 2人のそういった違いから、もう何度も、夜も朝もともに迎えていて、寝顔だって何度も見たけれど、京一が目覚めたときには、光璃は既にシャンと起きているのが常で、寝惚けているところはそういえば見たことがなかったのだ。

 ……こんなにオイシ…いやいや、可愛いもんだったとは。 

 今までこの可愛さを知らなかったことが悔やまれる。

 これからは気合いいれて早起きもしてみよう。

 

 単純な決意をしながら、京一は光璃の腰を支えて、上半身を起こしてやった。

 光璃は京一に抱きついたまま、京一の胸に顔を埋める。

「京一……」

「ん?」

 光璃の躰を抱きしめ返しながら、京一は微かに呼ばれた声に耳を傾ける。

「寒い……」

「寒ィ?」

 ますますぎゅっとしがみついてくる光璃の躰は、小刻みに震えていた。

 触れた肌が、ひんやり冷たい。

 髪を濡れたまま放っておいたり、着替えきらずに肌を晒していたんだから、湯冷めするのも当然か。

 ただでさえ、ひかりゃんもともと体温低いしな…。

 

 自分の高い体温と対照的な光璃の低い体温が、京一は好きだ。

 光璃の冷たい躰が、自分の体温を受けて熱くなっていくのが堪らなく好きだし、低い体温と関係あるのか、男にしては綺麗で皓い肌が、自分と肌を重ねることによって朱く色づいていくのも好きだった。

 

「京一は…あったかい…ね。気持ちいい…。ずっと…こうしていたいな…」

「シャワー浴び終わったばっかりだからな。いつもよりさらに体温高いぜ。分けられるもんなら、今すぐ俺の体温分けてやりてェんだけどな? ひかりゃん」

 光璃本人にはその気がなくても、誘っているように聞こえる台詞に、京一も思わせぶりに答えてみる。けれど。

「…でも、眠ィんだよな」

 さすがに今回ばかりは、なだれ込むのはかわいそうに思えて、断念しようと思う。

 京一は、自分の胸に光璃の背を凭せ掛けるよう膝抱きにして、自分の肩にかけてあったタオルで光璃の髪をわしゃわしゃ拭きだした。

「〜〜〜……」

 光璃はおとなしく、京一にされるがまま、まかせている。

 乱雑なようで、優しい京一の手の動きが気持ち良くて、そのまま、また眠ってしまいそうになる。―――それに。

「おし。こんなもんだろッ。……おーい、ひかりゃん」

 京一の呼びかけにハッとする。

「あ…ごめん…。…ありがとう…京一…」

「礼を言われるほどのことじゃねェよ。けど、髪拭かれるのってそんなに気持ちイイのか? どっちかってェと、目が覚めちまうかな、と思ったのに」

 苦笑しつつ、京一が尋ねる。

「うん…? そう…だね…気持ち良かった…。でもね…それよりも、京一の鼓動の方…かな…気持ちいいのは…」

「へ?」

「京一の体温も、…だけど。安心するんだ…何よりも…。京一の、鼓動の…音。…京一…」

 

 すぅ………。

 

 とうとう、堪えきれなくなって光璃が再び瞳を閉じた。

 京一は、本日最後の溜め息をつく。

「俺の鼓動、ねェ…。ま、お望みなら、いくらでも聞かせてやるか」

 光璃を軽々抱き上げ、ベッドへ横たえると、京一はその隣へ滑りこむ。

 光璃が寒くないようにしっかり抱きしめ、頭を胸に抱き寄せて。

「本来ヤリたかったことは出来なかったけどな」

 今まで見たことのないひかりゃんを見られたし、今夜はそれで充分だ。

 今日は金曜日だしな。明日も明後日も休みだ。

 明日こそは、ひかりゃんが眠くならないうちに……。

 だからといって、昼間っからヤッたりは……さすがに嫌がるか?

 ひとり明日の計画に悩みながら、京一は部屋の灯りを消した。

 まだまだ、京一だけは眠れそうにない。

 

 

 <END>

 


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