□風花の舞う日□


生まれて初めてフられた。

俺の一世一代の告白を、こともあろうにあのバカは冗談ですませやがったのだ。

自慢じゃないが俺は自分から告白なんてしたことなかった。

いっつも言って来るのは女の方で、いちいち断るのも面倒なので暫く付き合ってると突然言われるのだ。

『そんな人だとは思わなかった』

そんな人ってどんな人だ?

俺は一体どんなヤツなんだ?

アイツの目に、俺はどんな風に映ってるのだろう。

アイツ―――京一の目には。

 

 

男に告白された。

それも親友だと思ってたヤツにだ。

アイツが好きなヤツってどんなコなのか、どうしても気になって問い詰めたら、いきなり言い出したのだ。

『俺が好きなのはお前だ』と。

冗談はヤメロ、そう言うとアイツは途端に黙って、それからは何も言わなかった。

何故だかわからねェが、あの時俺が言いたかったのは、もっと違う言葉だった様な気がしてならない。

今俺はアイツの横顔をぼんやり眺めている。

いつも長い前髪に隠れたあの瞳には、今の俺はどんな風に映るのだろう。

アイツ―――龍麻の目には。

 

 

馴れ馴れしいヤツ。

それが俺の京一に対する第一印象だった。

まるっきり初対面の俺を、返事をする間もなくあちこち連れまわし、頼んだワケでもないのに喧嘩の加勢までかって出たヤツ。

バカでお節介で喧嘩っ早くて女にだらしなくて。

正直今でも不思議だ。なんでこんなヤツ好きになったのか。

いつの間にか隣にいる事が当たり前の様になって、他のどんなヤツと一緒にいる時よりも楽しかった。

俺はあんまり感情が表にでない分、誤解される事も多いが(特に男に)、そんな俺の態度にも、アイツはけろっとして付き合って来てくれた。

多分俺がアイツの事を好きなんだと自覚したのは、一緒に中国へ行こう、そう誘われた時だと思う。

中国―――

不覚にもあの時、その直前の(今思うと馬鹿馬鹿しい)出生の秘密とやらを聞かされて、少なからずショックを受けてた俺は、京一の誘いにいたく感動してしまった。

頷いた俺に、お前となら―――

その言葉が嬉しくて、胸がつまって。そして突然気付いた。

俺は……

コイツが好きなんだってコトを。

自分が信じられなかった。まさか俺が男を好きになるなんて。

だけど、その時本気で思ったのだ。コイツになら俺の全てを預けてもいい―――と。

 

 

時々視線を感じる。

なにか言いたげな、それでいてどこか冷めた視線。

その主が誰なのかは分かっている。

それに―――

多分なにが言いたいのかも。

だけど、それを、その視線を受け止められないのは、俺が悪いワケじゃねェ筈だ。

だから俺は気付かないフリして付き合ってきた。

でも、あの日……あのクリスマス以来、俺の中で何かが変わった気がする。

それが何なのかは…アイツの目を真っ直ぐ見ればわかるのだろうか。

あの瞳に映る俺の姿を見れば……

 

 

あれからもうすぐ一月経つ。

クリスマスに失恋だなんて、安っぽいラブソングの様で、腹が立つ事この上ないが、今では心の痛みにも少しずつ慣れてきた気がする。

だけど―――

中国、か……。

今はまだいい。会うのはほとんど学校でだけだし、他のみんなも居る。

でも、中国へ渡ったら。

ずっと二人だけで過ごして、この痛みを消せる事が出来るのだろうか。

誤魔化せる事が出来るのだろうか。

迷いは深く、……まるで霧の中を彷徨い歩いている様だ。

 

 

俺の誕生日。

ガキじゃあるまいし、誕生日だからって今じゃ特別どうってこともないが、龍麻に呼び出された俺は、なんとなく通いなれていたマンションへと向かっていた。

だが、ドアを開けた龍麻を見て内心驚く。

蒼白な、なにか悲壮な決意を秘めた様な顔。

ザワつく心を静めながら、俺は玄関のドアをくぐった。

 

 

京一を呼び出した。

断るためだ。

―――俺は、……やっぱりお前とは一緒に行けない。

それが俺の出した答えだった。

この答えを出すためにどれだけ悩んだか。

俺は、みんなが思ってる程出来のイイ人間なんかじゃない。

他人との付き合いなんて表面だけで、ちょっと離れればすぐに忘れてしまうような毎日だった俺の心に、ずかずかと上がり込んで居座ってしまったヤツ。

今の俺には、コイツを追い出して、何もなかった事になんか出来ない。

そんなに俺は強い人間じゃない。

俺にとって、かけがえのない人を失う事。

それに俺が耐えられるかはわからないけれど、今言わなければ後悔するから。

だから俺は―――

 

 

寝耳に水だ。

突然言われたさよなら。

いや、正確に言えば別れじゃねェが、どっちにしろ同じことだ。

ずっと一緒にどこまでも行けると思ってた。

ずっと隣にいてくれると思ってた。

そう思ってたのは俺だけだったのか?

儚い幻―――

俺は……、悪い夢を見ているのだろうか……。

 

 

京一は驚いていた。

それはそうだろう。

俺だって、ずっと一緒に行けると思ってから。

だけど忘れたくない。

失くしたくない、この想いを。

たとえもう二度と会えなくなるのだとしても、この想いを抱いたまま生きていきたい。

それは俺の我儘なのだろうか。

滅多に見ることのない、怖いくらい真剣な顔で問い詰めてくる京一の視線から逃れるため、顔を逸らす。

俺が次にコイツの顔を見るのは、きっと別れの時。

その時を目を閉じ、静かに待つ。

心に渦巻く哀しみを押し隠して。

 

 

失って初めて気付くものがある、という。

その言葉が、どれ程的を得ていたのか今俺は知った。

視線を俺から逸らし、それ以上何も答えない龍麻。

どうしても理由を知りたくて、無理矢理上げさせた顔は……

 

 

何年ぶりなんだろう。涙なんか流したのは。

どうしても我慢できなくなって。

今まであったどんな辛い事件でだって、涙は出なかったのに。

何故、今俺は泣いているのだろう。

自分が可哀想だから?

わかってもらえないから?

……本当は……別れたくない…から……?

 

 

胸を射貫かれた気分だ。

頬を伝う涙。

その透明な雫は、俺の心を切なく疼かせる。

濡れた瞳に映る俺の顔。俺は……、俺はこんな顔をしてコイツを見つめていたのか?

こんな―――

自分を誤魔化して、心の奥に閉じ込めていた。

胸の中で凍りついていたそんな想いが、溶けていく。

溶かしたのは、熱い涙。

俺の心に染みて、広がって行く。

怖かった。認めてしまうのが。

俺の心が一人に縛られて、身動き取れなくなるんじゃねェかと思って。

でも、そうじゃねェんだ。

心を縛る鎖は甘く、どこまでも自由だった。

そっと寄せる唇。

初めて俺たちが交わした口付けは、涙の味がした。

 

 

信じられない。

今まで感じた事のない熱い唇が、俺の身体の奥で、いまだ燻っていた熾火に火を付ける。

でも……

一体どういうつもりなんだ。

罪悪感からなのか。

それとも別れの餞別?

そんなものは欲しくない。

俺が欲しいのは―――

 

俺が欲しいのは、お前の心なのに。

 

 

俺から逃れようと捻る身体を固く抱きしめる。

そっと耳元で囁いた言葉は、あの時、……本当はあの夜に言いたかった言葉。

『俺もお前が好きなんだ』

信じてもらえないかもしれない。

それは俺の罪だから。

だけどこのままになんか出来ない。

真実だから。

今お前を抱きしめるこの腕こそが、俺の真実だから。

 

 

涙が止まらない。

苦しいくらいに抱きしめられて囁かれたのは、あの日から俺の心が渇望して止まなかった言葉で。

作ったばかりの心を覆う柵が、崩れ落ちていく。

本当にコイツはいつも突然に俺を翻弄させて、心を掻き乱させるのが上手い。

悔しい筈のそんな思いも、お前になら悪くない。

今俺を抱きしめるこの腕こそが、真実なら―――

 

 

一月遅れのクリスマス。

あの日がもう一度二人に訪れる。

柔らかな日差しに舞う、風花と共に……。


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