■殻の中の真実/龍麻サイド■


 

「運命」という言葉は、あまり好きじゃない。

 

 

彼女が死んだ。

燃え盛る炎の向こうで、兄の身体を支えつつ、

切なそうな、それでいて何か、

成し遂げたような、

そんな微笑みをたたえて。

 

仲間たちは、俺を慰めようと、いや、励まそうとしているらしく、

いろいろ声をかけてくれた。

俺は、そんなに落ち込んでいるように見えただろうか。

実際、俺は、落ち込んでなんかいなかった。

……ただ、考えていたんだ。

それも、彼女のことじゃない、俺自身のことを。

 

 

「運命」という言葉は、あきらめに似ている。

 

 

白虎の「宿星」を持つ仲間が、失踪した。

「宿星」、「宿命」、「運命」。

彼は、クラスメートを殺めてしまったという事実を受け入れられず、

自分を封じた。

その重い「宿星」ではなく、

救うべき人を救えなかった、殺してしまった、そのことに、

耐えられなくて。

救うベき人?

何から?

……俺に言わせれば、奴を追い詰めたのは、彼自身だというのに。

 

仕方がなかったんだ、もう終わったことだ、おまえが悪いんじゃない、

俺は言った。

本当はそう思っていたわけじゃないけど、

前にみんなが俺を励ますときに言ったことだから、

多分、そう言えばいいんだろうと。

 

 

「運命」という言葉は、言い訳に過ぎない。

 

 

仲間の中に菩薩眼を持つ人がいる。

菩薩とは、彼女のような人を言うのか。

彼女は、それが敵であろうが、味方であろうが、

等しく情を分け与える。

彼女にとっては、すべての人が、いや、人だけではない、すべてが、

救うべきものなのだ。

……少なくとも、彼女はそう思っている。

そして、「死」はあってはならないものだと。

俺には、

わからないことだ。

 

「死」は極自然な営み。

「死」は誰にも等しく訪れる。

……「愛」よりも、平等に。

俺は、「死」というものに抵抗がない。

忌むべきものとも、称えるべきものとも思わない、

何の感慨もない。

 

……ないはずだった。

 

――――おまえの「本当」はどこにあるんだろうな。

    「本当」のおまえを見せろよ。

おまえはそう言った。

俺は何も隠してなんかいない、

……違う、

「本当」の俺なんて、ありはしないんだ。

俺は、自分がわからないから、

俺は、仲間たちの望むように行動してきたから、

俺は、周囲の人々によって、形作られているから、

だから、

 

だから、誰も、

俺の中を、

覗いてはいけなかったんだ。

 

俺の内側には、何もないから、

触ってはいけない、

空っぽな。

 

――――器が大きいな、おまえは。

――――あなたは、やさしいわね。

――――キミって、頼りになるよね。

仲間たちの、俺に対する評価、

俺の外側の評価。

俺の外側は、

とても頑丈にできている、

とてもしっかりと形作られている、

なぜなら……。

 

――――何でおまえは、俺を避けるんだよ。

    おまえは、何に怯えてんだ。

そう、俺は避けている。

恐ろしいから、おまえが、

恐ろしい。

「無」であるはずの俺にとって、

「器」でしかない俺にとって、

おまえは、とても危険な存在だから。

 

外側が頑丈なのは、

壁が丈夫なのは、

何のため?

 

何もないなら、入れ物は要らない。

 

脆いから、

すぐに壊れてしまうから、

崩れてしまうから、

だから、

誰にも見せてはいけない、

誰にも触らせてはいけない、

なのに、

 

なのに、おまえは。

 

だから、俺は、

おまえが恐ろしい。

おまえは、いつのまにか、

俺の内側を覗けるようになってしまったから、

これ以上、壁の中に入られては、

危ないから、

 

でもそれは、

もう、

時間の問題。

 

彼女が炎に包まれたとき、俺は本当に助けたかったのか、

「心」から、死なせたくないと、「思」ったんだろうか。

はからずも、殺めてしまったという衝撃に、うちひしがれる仲間を、

どう慰めれば良かったのか、

いや、

「本当」に気の毒だと「思」ったんだろうか。

 

「死」に何も感じない俺がいる。

人が死ぬことに、何の感慨もない俺がいる。

それでも、俺が、人々に救いの手を差し伸べるのは、

それが、俺の役割だから、

それが、俺の「運命」だから。

 

一番「運命」を受け入れていたのは、

多分、俺だ。

何もせず、ただ、

黙って受け入れた。

「運命」という殻をかぶって、

周りを覆われて、

それで安心していたんだ。

楽な方へ、逃げていたんだ。

おまえに出会って、

それに気づいた。

だから、

 

――――「今」は、俺たちがいるだろ。

そうだね、

「今」は、「仲間」がいる。

すぐには変われないけど、

強くなれないけど、

 

おまえは言ってくれたから。

俺は、ずっと、

そう言ってくれる人を待っていたのかもしれない。

たった一言だけど、

おまえの言葉は、いつでも、

「中」にいる「俺」まで届く。

だから、俺は、「心」からそれに応える。

 

 

――――ありがとう、

 

    俺もだよ、

 

    京一。

 


◆戻る◆