■Wind Tune■


 

 初めの第一印象は『優男』

 女共が騒ぐだけのことはある。

 うっとおしいくらいに長い前髪からちらりと覗く瞳の色も、髪と同じ漆黒。

 男にしては白すぎる肌に恐ろしい程対比され普通なら違和感を覚えるものであったが、顔の美麗さは前髪に隠されてなお見て取れ、全てが調和しているのが不思議ですらあった。

 そして、冷たいとさえ感じるその美の前で。

『緋勇龍麻といいます』

 そう言って浮かべた微笑は、光さえ放っているかの如くの柔らかい笑みであった。

 親しみが持てるその雰囲気にクラスの女だけでなく、男も騒ぎだす。

 

 まァ、女でもそうはいねェ美形だが……。

 

 京一は男には興味ないといわんばかりに窓の外へと視線を彷徨わせた。青い空に白い雲、日射しもうららかで非常に良い天気である。これから授業があるというのが嘘のようで(実際嘘にしたいのだが)うんざりした。

 クラスのざわめきが少し小さくなったのに気が付き振り向くと、先ほどの転校生がこちらに向かって歩いて来ていた。美里の隣の席が新しくしつらえられたのだからそこに座るのだろうが、それは京一の席と近いことにもなる。

 自然、目が合った。

 黒い底の見えない闇色、けれど夜空を思わせる瞳の煌めきが意思の強さを雄弁に物語っていた。

 ゆっくりとした歩みで揺れる前髪からこぼれる輝きは。

 京一を映して迷うこと無く優しい微笑を浮かべた。

 

 それからしばらくして一人暮らしだという龍麻のマンションに、京一はしょっちゅう理由をつけてあがりこんでいた。仕方なしに台所で珈琲をいれている龍麻の動作一つ一つが優美で洗練されている。初めて一緒に闘った時に聞いたのだが、龍麻は古武術の他にも日本舞踊や茶道など一通り習わされて育ってきたらしい。そのため動作に無駄のない、けれど決して荒々しくもない華麗な動きができるのだ。格闘オタクの醍醐ですら、賞讃してやまない。

 それなのに本人は、京一と五センチ程しか変わらない身長のくせに至って華奢で繊細だ。女顔というわけでもないのだが、日本舞踊をやっていたせいか、女のような身のこなしが片鱗にあらわれる。それが、一層龍麻を儚く見せるのかもしれない。

 会得している技の数々は強烈無比なのに、だ。

 魅せられる。

 動きの全てに。

 妙に安心してしまう心地よい声音に。

 誰もが。

 彼に目を向けずにはいられない。

 そして、一番惹かれたのは自分かも知れないと京一は思う。

 側に居すぎた、自分は。

 あまりに近くて、気が付かなかった。

 いつの間にか囚われていたのに気が付けなかった。

 クリスマスに好きな人をしつこく聞いて、冗談半分で龍麻本人から言われた時に衝撃を受けた。

 何故か、否定できない自分がいて。

 どうしたら良いかわからないうちに龍麻は再び敵の悪意に満ちた攻撃を受けて倒れていたのだ。

 

 

 病室で眠る龍麻に表情はなく、自分自身が心底イヤになる。

 時空を操る特殊な能力者のせいだったとはいえ、目の前で龍麻が倒れていくのを助けられなかった。駆け寄った時はすでに意識はなく、桜ヶ丘に担ぎこんではっきりしたのは『魂がない』状態なのだと。

 それがいつ戻ってくるかわからない。魂がなくて体自体がどれくらいもつのかすら判断できないくらい危険な状態らしい。

 無理矢理許可を取って病室に居座っているのだが、不安は増すばかりで。

 

 伝えたい言葉がある。

 本当の俺を見てくれる、お前にだけ。

 

「帰って来いよ……」

 

 こんなに、願っているのに。

 

 ぬくもりを確かめたくて眠る龍麻の左手を取る。

 生きている人間とは思えない程その手は冷たかった。

 

 

「京一……?」

 微かに自分を呼ぶ声。

 急激に身体が目覚めていく。

 その状態に頭はついていけなくて、頭を振ってふとそこがいつもとは違うことに気が付く。

 飛び込んでくる、焦がれた一組の宝石は悪戯な光を宿していて。

 あまりに茫然とし過ぎていたのか、可笑しそうに龍麻が笑った。

 その笑みに京一は見愡れた。

 二度も無くすかもしれないと思った相手はしっかりしていて頼り甲斐があって、でもどこかやはり抜けていて。

 護りたいと強く願う気持ちは真実。

 そして心の中に生まれた感情をハッキリと認識した。

 だから。

 気が付いたら龍麻の唇を奪っていた。

 自然に身体が動いて、ベッドに手をついて……。

「……」

 触れるだけのキスに龍麻が困惑した眼差しを京一に向ける。

「俺は、女の子じゃないぞ……」

「当たり前だろ」

 龍麻のつぶやきをあっさり肯定する。

 誰よりも大事でたったひとつの大切なもの。

「こういうのは、お前の好きな女の子にしてやれ」

 呆れたように言う相手にわざと大袈裟に溜息をついてやる。

「あのなぁ、ひーちゃん。俺が冗談でこんなことすると思うのか? 俺が今までひーちゃんに嘘ついたことなんてないぞ」

 断言して瞳を見つめる。逸らされないように。

「好きだ、龍麻。この前は冗談で誤摩化しちまったけど、気が付いたんだ。お前をどうしようもなく好きだってコトに」

 穏やかな色をたたえた黒瞳が揺れる。逸らすことも許されずに、どう反応したら良いのか困って。

「京一……」

「俺のコト、嫌い?」

「そ、んなことは」

「じゃあ望みはあるよな。これから本気で口説かせてもらうぜッ」

 いつもの大胆不敵な表情を浮かべてニヤリと笑う。それはいつもの彼らしかったが、龍麻は混乱したままだった。

 嫌いではないが、何か違うのではないかと。

「手始めに、俺を心配させた罰な」

「?」

 全くと言って良い程無防備な状態の龍麻など、滅多にお目にかかれるものではない。そこにつけこんだまま、京一が龍麻の顎に手をかけて再び接吻する。何かを訊ねかけたのか薄く開いた唇に深く忍び込んで。逃げることも忘れた舌を自分のそれに絡ませる。満足いくまで龍麻の唇を味わって覗き込んだ顔は、頬に朱がさしてうっすら開く瞳も潤んでいてどうしようもない程可愛かった。

「お前、莫迦だな……」

 見蕩れたままでいると、龍麻が正気に戻ってきたのか小さく呟いた。

「男なんか好きになったって何にもいいことないだろうに」

「ひーちゃんだったら、十分価値があるさ。それとも、軽蔑する?」

 本気であることを理解してもらえたようで嬉しくはあったが、龍麻自身はどう思っているのか。

 あまり考えたことがなかったが、自分が龍麻に向ける気持ちと同じものを向けている連中はいるはずだ、見間違いでなければ。何だか良くわからなかったので気のせいにしていたが、あれは、絶対。

「別に、そういうことで軽蔑するつもりはないけど。俺は今まで恋愛感情に興味がなかったから、わからない」

 語る言葉は龍麻の真実だとわかるから、京一は微笑む。

「だったら、俺がいなくなったら死にたくなる位俺に惚れさせてみせるぜ」

「本当に、莫迦だ、お前……」

 ふ、と普段滅多に見られない艶やかな笑みを龍麻は浮かべた。

 


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