■ぬくもり■ |
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真神学園の辺り一帯に昼休みのチャイムが鳴り響き、校内ではざわめきが起こり始める。 そんな中、京一はそのチャイムで机に突っ伏していた顔を上げると、眠気が残る目で辺りを見回した。 「……いねェ……千晴ッ!?」 そう眠気の残る声でそう言うと、途端に眠気が醒めたのか、京一は慌てて席を立つと、教室を飛び出した。
その頃の屋上。 千晴は柵に体を凭れさせたまま、辺りを見回した。 「寒ぅ……でも気持ちええかも……」 秋の冷たい風が千晴の頬と髪を撫でるように去ってゆく。 「ふぅ……何だか眠たくなってきた……ふわぁぁ」 秋の風を和らげるような日差しのせいか、千晴は思わず出た大きな欠伸を両手で押さえつつ、新宿の街を見渡した。 喧騒と情報、人の想いが交錯する街、新宿。 ここに来た自分を待っていたのは、仲間との出会いと自分の宿星。 めまぐるしい日々は、一人でいることを忘れさせ、寂しさという感覚さえも忘れてしまいそうで。 でも、今日は一人になって、自分の心の溜まった想いを全て空に投げてしまいたかった。 秋の風に誘われたのか、自分でも分からない。 そして勇気のない自分が持つこの想いを…この場で叫んでしまいたい気分だった。 「……結局、叫ぶことすら出来へんねんから……アホやな、私も」 そう自嘲気味に千晴は笑いを浮かべると、太陽を眩しそうに見つめた。 「……あったかいわ……。なんだか太陽が慰めてくれてるみたいや……」 そう何気なく呟いて、千晴がため息と共に柵に顎を乗せた途端、背後から腰に腕が回され、優しく抱きしめられる。 「ひッ」 小さな悲鳴を上げて千晴は身を強ばらせると、視線を後ろへと動かそうとした。が。 「千晴、なぁに一人で黄昏てんだよ」 耳元に囁かれた声がこそばゆくて、千晴は肩を竦める。 「京一……寝てたんやなかったん?」 「チャイムで目が覚めた」 「アホか、あんた……チャイムは目覚まし代わりやないで」 そう言って少しでも体を離そうと千晴が身じろぎすると、京一はそれを逃すまいと腰に回した腕に力を入れ、千晴の髪のかかる首筋に顔を埋めた。 「ちょ、ちょっと……やめ」 今にも破裂しそうな勢いの鼓動を必死に押さえつつ、千晴が抗議の声を上げようとすると、それを京一が遮る。 「こんなに冷えてるじゃねェか……風邪引くぜ?」 「だ、大丈夫やって、これぐらい……」 「風邪引くって。温めてやるよ」 「ちょ、そんな勝手に……ええわ、もぅ」 どんなに抵抗しても無駄だと悟った千晴はそう呆れたように呟くと、目をゆっくりと閉じた。 暫くすると、温かい京一の体温と安定した心臓の音が全身に伝わってきて、自分の激しかった鼓動がゆっくりと同調するように収まってゆくのが分かった。そして、千晴は体の緊張が解けたと同時にゆっくりと自分の体を京一に預けた。 「……あったかいわ……」 「ん?」 「あったかい……」 そう言う千晴に京一は眩しそうに上空の太陽を見上げた。 「そうだな。今日は結構、温かいな」 「……」 相槌のない千晴に京一は思わず苦笑する。 背後からでも分かる、千晴の顔。耳まで真っ赤にして震えている姿に愛おしささえ感じてしまい、 預けてきた体からは千晴の想いが流れてくるのを京一は感じていた。 「なァ、千晴。まだ寒いか?」 「……うん」 今にも消え入りそうな声で返事を返す千晴に京一は笑みを零すと、千晴の肩を掴み自分の方へと向けさせると再び抱きしめた。京一の腕の中に千晴の身体がすっぽりと入った。 そして、直に千晴の耳へと京一の鼓動が聞こえ始める。 「あったかい……ホントにあったかいね、京一って……」 「いくらでも温めてやるぜ? 千晴の為だったらな」 「……アホ」 照れるような千晴の声に京一は自信ありげに笑みを浮かべた。
温かい。 太陽の日差しとは違う、温かさ。心の底から温かくなれる。この温もりが……好き。
と、まではよかった。
「……ちょ、ちょっと何すんねんッ、京一ッ」 「いやァ、千晴があまりにも可愛いからよ、つい……な」 そう言って悪戯な笑みを浮かべる京一の手は、ゆっくりと千晴の下腹から胸へと撫でるように動いている。 「『つい』ってなんや、『つい』って!ええい、離れんかッ!やめッ」 「嫌だね」 「ちょ、ちょっと、京一ッ。どこに手ぇ入れてんねん!」 「どこって……制服の中に決まってっだろ。お前感覚ねぇのか?」 京一の声が意地悪そうな声が発せられたと同時に、千晴の体から怒りのオーラが立ち昇る。 「あ、やベェ……」 と思った時はもう遅かった。 「んなボケあるかァァ! 出直してこいッ!」 「うあぁッ!」 的外れな千晴のセリフと共に、京一は秘拳・黄龍の餌食となり、お昼のお星さまになったのであった。
「……ホント、発展しないね、千晴と京一。いいとこまで行ったのに……」 そして、その様子を給水槽の影から見守る二つの影があった。 「ホントね……でも、学校であれはいけないわ……ウフフフ」 「あ、葵ッ!?」 給水槽から姿を現した二人は屋上の出口へと歩んで行く。未だ怒っている千晴はその二人に気づきもしない。 「ウフフフ……」 「……」 小蒔は血の気の引いた顔で、親友の意味ありげな笑みを見つつ、お星さまとなった京一の方向へ同情の視線を向けたのであった。……合掌☆
そして翌日の教室では、全身包帯の京一が今日も元気よく千晴に襲いかかっていた。 「千晴ぅ〜♪」 「な、なにすんねんッ! ちょ、ちょっとどこ触ってんねん!」 「ん〜柔らかいぜ、千晴の足……」 千晴の抵抗は、既に悦入って大腿を這うように触っている京一には届いちゃいない。 「このエロ木刀馬鹿ッ! 万年色情魔ッ! 離せェェェ!」 「そんな恥ずかしがるなよ。俺と千晴の仲だろ?」 「恥ずかしがってなんか無いわァァ! なんやその仲って!」 叫んだ千晴の真っ赤な顔に、思わず京一は口元に笑みを浮かべた。
……今日も3−Cは無駄に賑やかなようである。
「これがオチかい! 絶対に許さへんでッ!」 「いいじゃね〜かよ、千晴〜♪」 「やかましいわ! このアホ!!」
−終わり−
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