■魔人学園大パニック!:その2■ |
「おっせーなぁ、ひーちゃん」 お好み焼き片手に、京一は屋上で一人で運動場を見つめ、そう呟いた。 「醍醐もおせぇし、なにしてんだよ、あいつは…」 京一は空を見上げつつ、フェンスにもたれた。が、突然京一は何かを思いだしたかのように跳ね起きた。 「もしかして、あいつひーちゃんと一緒に行動してんじゃねーだろうな?『龍麻、話があるんだ』って言って、視聴覚室にひーちゃんを誘い込んで…『実は、俺はお前のことが…』って、ひぃぃっ!想像するだけでも怖ぇっ!と、言うことはひーちゃんが危ねぇ!今、助けに行くぜっ。待ってろ、ひーちゃん!」 端から見たら、一人芝居に見えなくもない動作をとった京一は木刀片手に勢いよく屋上を飛び出した。もの凄い自分勝手な思いこみと一緒に。
「ふぇ…ふぇっくしゅん!くしゅん!」 その頃、一階の出店の前を歩いていた龍麻は突然数発のくしゃみに襲われ、不思議な顔をしながら口元をハンカチで拭っていた。 「なんなんだ、突然くしゃみが出るなんて…。誰か俺の噂してるのか?」 と龍麻が呟きながら、校舎の壁時計を見ると針は既に十二時を回っていた。流石にもう誰も来ないだろうと龍麻が軽く辺りを見回すと、見慣れた姿が二つ目に入った。一人は黒色の短髪に白いバンダナをつけ、丈の短い黒いガクラン。もう一人は紺色のスーツで、栗色の短い髪をさらさらとなびかせている。あれは…。 「劉!諸羽!」 龍麻に背を向けるように立っていた二人は、呼び声に振り返ると、目を見開き、嬉しそうな顔をすると龍麻の側に駆け寄った。 「アニキ!」 「龍麻先輩!」 「来てくれたんだな、二人とも」 「もちろんやで、アニキ。なんや楽しそうやんか、文化祭」 「まあな。諸羽もよく来たな」 「はいっ。こんにちわ、龍麻先輩」 「ああ。本当にいつも元気一杯だな、諸羽は」 霧島の元気っぷりに苦笑する龍麻。白いバンダナをつけた少年が劉弦月。栗色の髪が霧島諸羽。二人とも龍麻の仲間の一人だ。 劉は現在、台東区華月高校の二年生だ。中国の客家の人間で、日本で最初に学んだのが大阪弁だったため、とても怪しい大阪弁を操るが、底なしで明るい少年だ。いつも背中に愛刀の青龍刀を背負っている。 諸羽は文京区鳳銘高校の一年生。京一を師匠と崇む、ちょっと変わった礼儀の正しい少年だ。彼は部活動でフェンシングをしており、彼も劉と同じように西洋剣を袋に入れ、持ち歩いている。ちなみに京一も木刀を袋に入れて持ち歩いている。 「二人で来たのか?」 「いえ。さっき、劉さんと校門の前でお会いしたんです。それで一緒に龍麻先輩達を探していて…」 「そっか。なら、まだどこも回ってないんだろ?」 「そうなんや。まずはたこ焼きから行こか、とゆーとったところやったんやけど」 「たこ焼きなら…」 そう言って龍麻は霧島と劉にも村雨と同じ話をした。 「楽しそうですね。是非、僕も混ぜて下さいっ」 「そうやな、たまにはみんなとゆっくり話すんのも悪くないな」 「なら決まりだな。それじゃあ、二人とも悪いけど先に行っててくれ。食い物なら京一が用意してるはずだし、醍醐と如月も飲み物を買って屋上に向かっているはずだから」 「えーっ、アニキ一緒にこーへんのか?」 「もしかしたら、まだ招待してる奴が来てるかもしれないからな。もう少しだけ校内を回ってくるよ」 「ほんならわいも行く!」 駄々をこねるような子供の目で、劉は龍麻にしがみついた。困惑する龍麻。 「おいおい、劉。ちょっと、お前やばいって…」 周りの人の目が龍麻達に集中しているのをもろともせず、劉は龍麻にしがみついている。何を言っても駄目だと思った龍麻は、霧島に救いを求めた。 「諸羽、悪いけど劉と…」 「僕も龍麻先輩と一緒に行きますっ」 「えっ…?」 言い切った霧島の顔を唖然とした顔で見る龍麻。 「龍麻先輩が一緒に来られないなら、僕も劉さんと同じように龍麻先輩の側にいますっ!」 「……(やばい。みんな見てる)」 龍麻はなんとか平静を保ちつつ、自分の周りを見回した。駄々こねながら、自分に抱きついている劉。目を潤ませ、嘆願する霧島。きっとアン子にこの場面を見られたら、完全に真神新聞のトップ間違いなし。 『緋勇龍麻は男色家だった!』なんていう文句つきで。龍麻は思わず気が遠くなった。いっそのこと消えてしまいたい、穴があったら入りたい…。そんな思いに駆られたその時。 「あっ、ひーちゃん!」 龍麻達を囲む人垣から、京一が龍麻を見つけてやってきてくれたのだ。ああ、神様仏様、ありがとう!と龍麻は本気で神に、仏に感謝したくなった。 「京一!いいところに!実は…」 さっそく事情を話そうと龍麻が口を開いたと同時に、京一がとんでもないことを言い出した。 「劉!てめぇ、俺のひーちゃんになにしてやがる!」 「えっ…?きょ、京一、今なんて言った…?」 力無く問い返す龍麻の声に耳を貸そうともせず、京一は劉の襟首をつかむと、そのまま龍麻から引き離した。 「なにすんねんや、京一はん!」 「なにじゃねぇ、劉!お前、俺のひーちゃんになにしてんだ!」 「何って抱きついただけやないか」 「俺のひーちゃんに抱きつくんじゃねぇ!」 怒る京一の言葉に劉と霧島の眉が吊り上がった。 「『俺のひーちゃん』?京一はん、何言ってんねんっ。アニキは京一はんのもんやないで!」 「そうですよ、京一先輩っ!」 「諸羽、お前まで!」
言い争いを始める三人を龍麻は唖然としたまま見つめていた。いや、見つめていたわけではない。視線は遙か先、別世界へと飛んでいる。頭が完全に混乱しているのだ。京一が俺のこと好き?いや、その前に劉や諸羽までも…?ま、待て、俺は男だよな?どう見ても男だよな? 龍麻は完全に頭がオーバーフローし、その場に力無く立ちつくしていること数分。突然、背後から凄い勢いで手を引っ張られた。 「うわっ」 小さく龍麻は声を上げたが、京一達は言い合いで必死らしく、龍麻が引っ張れて去っていくのに全く気づいてなかった。 「ちょ、ちょっ」 後ろのめりになり、慌てる龍麻はその場に足を踏ん張らせ、窮地を助けてくれた人ごと立ち止まった。 「す、すとっぷ…助けてくれたのはありがたいんだけど、後ろ歩きはちょっと歩きづらい…」 と言いつつ前に龍麻が向くと、そこにはボタンなしの紺色のガクランをぴっちりと着こなした少年が立っていた。龍麻はその顔を見た途端、素っ頓狂な声を上げた。 「く、紅葉?」 壬生紅葉。龍麻の仲間の一人で、古武道を得意とする。龍麻と流派は違えど同じ師を持つ兄弟弟子にあたる少年で、現在葛飾区にある私立拳武館高校に通う三年生だ。 「龍麻」 「き、来てくれたのか?」 壬生が来たのが予想外だったのか、龍麻は嬉しさで震える声のまま壬生本人に問いかけた。壬生がここにいるということが答えなのに。それでも壬生は龍麻に軽く頷き、 「…ああ」 「サンキュ、紅葉。来てくれて」 未だに手を握っているのに、離そうともしない龍麻と壬生。龍麻は助けてくれたのが壬生と分かり、すぐに礼を述べた。そして握っていた手も離す。 「いや、別に大したことじゃない…って、君にとっては災難だったね」 微かに苦笑する壬生に龍麻は頭を掻きながら、 「ああ。明日から俺、ホモってレッテル貼られるんだろうなぁ」 「…だろうね」 「くっそぉ、京一達何考えてるんだ?しかもあんな人前でっ。冗談もほどほどにしろっての」 「……」 訳が分からないと言った顔をする龍麻を、壬生は眉を顰めて見つめた。あの蓬莱寺君達の行動を見て、君は何も分からないのかい?と言いたげな表情だ。 「はぁ…屋上に行くのは、もう少し後にした方がいいな…」 「屋上?」 「ああ。実は京一達と文化祭に来てくれた奴らとで屋上で話でもするかって言ってるんだ。今日はいい天気だし、屋上からは紅葉の眺めもいいし、たまにはいいなって話になって」 「そう」 「で、俺は招待したメンバーが来てないか校舎を回りながら、買い出しってわけだ」 「…で、買い出しは終わったのかい?」 壬生にそう問われ、龍麻は途端に肩を落とした。 「まだ。出店に来た途端、劉達に会ってさ。それであのザマ」 「なるほどね」 「あっ、良ければ紅葉も来ないか?」 「僕?」 「ああ。翡翠も祇孔も来てるし、一緒に行こうぜ?なっ?」 壬生の顔を期待しながらのぞき込む龍麻の顔に、ふぅっとため息をつきつつ、壬生は龍麻に言った。 「喜んで行かせて貰うよ。でも、その前に買い出しだね」
龍麻が壬生に連れられていなくなったあとも、京一達の言い争いは終わることはなく、それどころかますます過激になりつつあった。しかも龍麻にとっては最悪な方向にである。 「よし、それならひーちゃんの側にいるのは誰がふさわしいか、勝負しようぜ!」 「ええで、受けてたったる!」 「望むところですよ、京一先輩、劉さん!」 と三人が剣を刀を抜こうと柄を握った瞬間、地面が揺れそうな怒声が三人に浴びせられた。 「何やってんだ、お前達!」 「醍醐!」 「醍醐はん!」 「醍醐先輩!」 三人が怒声の先を見ると、腕を組み仁王立ちしている醍醐の姿があった。 「嫌な胸騒ぎを感じて来てみれば…やっぱりお前達か。何をやってんだ!三人とも」 「何って、ひーちゃんにふさわしいのは誰だって、白黒はっきりさせようとだな」 「その前に、その龍麻はどこに行った?」 「え?さっきまでそこにおったはず…あれ?」 劉がさっきまで龍麻のいた方向に目を向けると、確かに龍麻がいない。 「全くいい加減にしろっ。こんなに騒ぎを大きくしてどうするんだ!」 「でもよ、劉と諸羽がひーちゃんの…」 弁解しようとする京一を醍醐は一喝で制した。 「『でも』じゃないだろう!本当にお前達はこんな騒ぎを起こして…龍麻が一番迷惑なのを分かっているのか?」 呆れながら、醍醐は劉と諸羽を肩に担いだ。 「うわっ、醍醐はん?」 「だ、醍醐先輩?」 「おっ、おい、醍醐」 止めようとする京一に醍醐は、 「行くぞ。とにかく屋上だ。如月と村雨が待っているからな」 醍醐の言葉に京一は驚く。今度は村雨? 「えっ、村雨来たのか?あいつが?」 「ああ、さっき屋上にやって来たぞ」 「そっか。やっぱりあいつもひーちゃんの事、結構気に入ってるんだな」 「ともかく、早く行くぞ京一。二人を待たせてあるんだからな」 「お、おぅ」 先に歩く醍醐を早足で追いかける京一。 「それに、お前達は屋上に行くまでに少しは頭を冷やしておけ。あと龍麻に謝るんだぞ?一番あいつに迷惑かけっぱなしなんだからな」 醍醐にもっともなことを言われ、三人は渋々頷いたのだった。
「龍麻、このぐらいでいいんじゃないか?」 「ん?そうだな、そろそろ屋上に行くか」 醍醐達が屋上へと向かっている頃、壬生と龍麻の二人は出店を回り買い出しをしていた。いつもは気配を殺して存在を薄くしている壬生も、龍麻からの「今日だけはそんな気ぃ使うなよ」という願いで、手にいっぱいの食べ物を載せながら、いつもよりは柔らかい空気をまとっているように見えた。 のは、二人の見解。本当は龍麻と壬生を歩く先々で、女の子や一般の人達が見つめているのである。ともかく、この二人は絵になるので目立つのだ。壬生の怜悧な瞳が不意に笑ったりなんかすれば、女の子達は黄色い声を上げているし、龍麻が壬生に話しかけられて笑みを浮かべると、立ち眩む女の子さえ出る始末だ。龍麻と壬生はそんな女の子達の姿なんぞ目に入っていない様子で、完全に二人の世界に入っている。 「龍麻、また今度手合わせしてくれないか?」 「ん?ああ、いいよ。じゃ、また連絡してくれよ。いつでも相手するからさ」 「ありがとう。君の技はとても興味深くて、尽きることがなくてね」 「そうか?俺は紅葉の技の方が気になるけど」 「僕のは我流の殺人技だからね。あんまり気に入られても困るんだけどね…」 「確かに紅葉の言うことは分かるけど、あんまりそう殺人技って思うなよ?」 「龍麻?」 龍麻の突然な言い回しに壬生は首を傾げた。 「確かに俺の技は活人って言われてるけど、結局剣法や古武道なんかは流派を問わず、自分を活かす手段だと俺は思ってる。現に紅葉の技だって俺や仲間を護ってくれているんだし。それで十分活かしてるってことなんじゃないか?だから、あんまりそう自分の技を殺人技なんて言うなよ?俺は紅葉の技、結構気に入ってたりするんだから」 「龍麻…」 微笑む龍麻を壬生は眩しそうに見つめた。 「…だから、君はみんなから好かれているんだね」 「えっ?」 小さく呟いた壬生の言葉は龍麻の耳に届かなかったようで、壬生は軽く目を閉じつつ、頭を横に振った。 「いや、何でもない…。さ、行こう。みんな待っているよ」 「?ああ。行こうぜ。ほら、紅葉!」 龍麻は壬生の様子をしばらく訝しげに見ていたが、すぐに壬生の腕をつかむと、そのままひっぱるように屋上へと歩 き始めた。龍麻に腕を捕まれている壬生も戸惑いはしたが、笑みを浮かべると龍麻と共に歩き始めた。
「遅いな、龍麻」 如月は誰も来ない屋上でお茶片手に村雨と向き合った。如月は醍醐と行動を共にしていたのだが、醍醐に嫌な予感がするから先に行ってくれと言われ、途中で会った村雨と屋上でみんなが来るのを待っているのだ。 「出店の方で何だか騒ぎがあったみたいだし、龍麻が巻き込まれてなかったらいいが…」 如月の心配は見事に当たっていた。 「確かにな。あいつは騒ぎを呼ぶみてぇだからな」 村雨が退屈そうに如月に言うと同時に屋上のドアが開いた。ドアのそばにいたのは醍醐と、京一、そして劉、霧島だった。 「悪い、待たせたな」 「醍醐、遅ぇよ。おっ、京一じゃねーか」 「よぉ、村雨」 醍醐達と村雨達は軽く挨拶を交わすと、醍醐、京一、霧島、劉、村雨、如月と食べ物を囲むようにして座り、話は龍麻のことで始まった。 「あれ、ひーちゃん、まだ来てねぇのか?」 と京一が言うと、如月が肩で息をつくと、 「ああ。まだ来てないんだ」 と答え返す。それを聞いた醍醐は、 「お前達のせいじゃないのか?京一」 と鋭いツッコミを入れる。その理由を知らない村雨達は、 「なんだよ、それ?お前達のせいって」 「京一達が龍麻の取り合いを人前で大きくやってな」 「もしかして、屋上から見ていたけど、出店のそばでやっていた騒ぎは君達なのかい?…呆れたな。で、龍麻は?」 「いつの間にかいなくなっていたらしいんだ。桜井の弓道部の方にも顔を出したんだが、来てないと言っていたし」 説明する醍醐の側で肩を落とす京一、霧島、劉。如月はその三人を睨みつけながら、 「校内にはいるんだろう?」 「ああ。生徒は午後四時まで帰ることは出来ないはずだからな」 と醍醐が答えると、村雨が京一達に騒ぎの原因を問いかけた。 「京一、何が原因で取り合いなんか始めたんだよ?」 「うっ…。それは、その…」 京一は一方的な思い込みで、霧島と劉は龍麻と一緒にいたいからと駄々をこねたなんて、恥ずかしくて言えず、ただ三人は俯くばかり。 「ったく、どうせ龍麻の側にいたかったって感じだろうな」 村雨にため息混じりながらも見事に理由を当てられ、三人の顔がみるみる赤くなった。 「…ま、気持ちは分からないでもねぇけどな。でも、お前達って恥もねぇのかよ…」 「僕も同感だ。龍麻の側にいたいのは君達だけじゃないんだ。それに人前でそんなことしたら、龍麻だって嫌がるよ」 村雨と如月に叱責され、小さくなる三人。 「龍麻のことだ、多分来てくれるとは思うんだが」 「だといいんだけどね。僕なら絶対に来ないよ」 楽観的な醍醐の意見に如月は不安そうに言い返した。
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