−宿の朝−
「きょーいちいー!まーだ寝てんのー!?」
ん・・・うるせーなあ。
「もう宿の方が朝ご飯用意してくださってるっていうのに・・・どうしましょう」
「そうだな・・・置いてくか?」
この声・・・美里と、醍醐か・・・?
あー、朝なのか。腹減ったな・・・。起きなきゃ・・・。
「う・・・」
だりい。なんでこんなにだるいんだ?
特に腰のあたり・・・え?
この感じって・・・。まさか。
「先に行っててくれよ。俺、あとから京一を起こして一緒に行くから。」
ん、ひーちゃんか・・・?
「え、でも・・・」
「いーからいいから!おれたちの分まで席とっといて!」
「あ、ああ。じゃあそうしようか。わるいな龍麻。」
ドアが閉まる音と、足音。俺をおいていくなよ・・・と思った瞬間、
「だいじょぶ?京一」
すぐそばで声がする。
「うわッ!・・・ああ、ひーちゃん・・・」
「腹減ってんだろ?つらいのはわかるけど、いい加減起きろよ」
ひーちゃん、やさしいなあ。
・・・ん?なんで俺がつらいって知ってんだ?
高熱の後みたいなだるさとひーちゃんの言葉。
「・・・ひーちゃん。」
「なに?」
ひーちゃんはにこにこしてる。まさかな。だって修学旅行だぜ。
団体行動だぜ。同じ部屋に醍醐いるんだぜ?
昨日のは、夢だよな。夢、だよな・・・。
「ひーちゃん、昨日・・・」
「昨日の、続きしたいの?もー朝からエッチだなあ京一は」
「・・・・」
ああ、やっぱり。
怒鳴ってやるとこだが何より呆れた。
昨日のはほんとだったんだな・・・。
「早く起きろよ」
コイツはッ!俺の気も知らねえで。
起き上がったもののあまりのだるさから立ち上がったり着替えたりする気力がない。
布団に座ったままぼんやりしていると、
ひーちゃんが俺の浴衣を剥ぎ取る。
「な!なにすんだよッ!」
「着替えるだろ?ほらシャツ、これか?」
ひーちゃんは俺のバッグからシャツを引っ張り出した。
「それとも、なにか、してほしいのか?」
といってニヤニヤしてるひーちゃんを思いっきりにらむ。
効果ないってわかってるけどさ。
ひーちゃんは俺のシャツを持ってきて俺にかぶせる。
そんくらい自分でできるっつうの!
でも口を開くのもだるいのでされるがままになっておく。
こんなのも、結構悪くないな、と思ったけど、絶対態度には出してやらない。
ひーちゃんは俺にシャツを着せ、ズボンをはかせると、抱き上げるようにして立たせた。
「だいじょぶか?歩ける?」
といいながら俺を抱きしめる。
ひーちゃんのせいだろ。と思いながら、それもやっぱり気持ちいいのでされるがまま。
いつもこれだけだったらいいのになあ。
それ以上のことも、き、キライじゃ、ないけど、
次の日のことを思うとさ・・・。
「みんな、まってるから、下行くぞ。」
と言うひーちゃんの言葉にしたがって階段を降りる。いてて。
−観光中−
普段、いつもの5人でいるときは、ひーちゃんはあまり俺を見ない。
たぶん、みんなに俺達のこと気づかせないようにっていう、配慮なんだろう。
でも、みんなでいるときに俺を見ないってことは、
必然的に、俺の目の前でひーちゃんは他のやつらと仲良くしてるわけで。
それがとっても気にくわないんだけど、
だからっていつでも俺を見ろなんて言いたくもないし、
やっぱり弊害もあるし・・・。
俺はちょっと困って、ひーちゃんをちらりと見た。
・・・かっこいいよなあ。くやしいけど。
顔の作りだけじゃなくて、何か惹きつけるものがある。
特に目。目が合うと、そらせない。自分のすべてが見透かされるような、
それでいて暖かいような、不思議な目だ。
ほんとはいっつもエッチなことしか考えてないくせにさ・・・。
アン子がひーちゃんの写真売りさばいてるってのもうなずけるな。
俺が下級生に聞いてひーちゃんに報告したときだ。
「アン子がおまえの写真売って儲けてるらしいぜ」
って。そしたらひーちゃんは、
「ふうん。ま、うれしいよ。」
って言って笑った。俺は驚いて、
「何だよ、やめさせないのか?」
ってたずねたら、ひーちゃんの方が驚いた顔して、
「なんでやめさせんの?」
って言ってた。
なんでわざわざアン子に儲けさせてやるんだよ・・・と思って呆れたが、
それがひーちゃんなんだってことも、わかってる。
やっぱり、俺ひーちゃんのこと好きなんだなあ。
と思った瞬間、少し前を歩いてたひーちゃんが振り向いたので驚いた。
まさか、聞こえたとか?
うろたえる俺に、ひーちゃんは笑って言った。
「京一、腹減んない?あそこに釜飯屋があるけど」
「・・・。い、行く行く!腹へってたんだよなー!」
俺は安堵と肩透かしの複雑な気分で、努めて明るく言った。
「ボクもお腹ペコペコー!」
ああ、小蒔がアホで助かった。
ダッシュする小蒔を追っかける・・・が、腰のだるさはまだ完全にはひいてない。
歩くのはできてもダッシュはな・・・。
ひーちゃんが俺を見てる。
なんでこういうときは見んだろうなー。ほんと性格悪いぜ。
俺は気づかないふりで歩いて小蒔を追う。
走る小蒔を子供扱いしながら。
−宿の玄関−
あーあ。歩きまわんのはツライよな。ッたく、考えてほしいぜ。
宿の玄関でぶつぶつ言ってると、ひーちゃんが横に来る。
俺は自然と構える。
「な、なんだよ!」
ひーちゃんはそんな俺に笑いながら、
「こんなとこでなんかするかよ」
って言った。ちくしょう。完全に遊ばれてるな俺。
「男子は風呂7時からだって。急いで行かないと、時間ないぜ?」
「あ、ああ。さんきゅ・・・。」
そ、そうだよな。構えすぎだよな。
醍醐とひーちゃんに続いて部屋に入り、風呂の用意をする。
−風呂−
やはり修学旅行だけあって、風呂に一人、ってわけにはいかない。
クラスメート、もちろん男ばっかり、と一緒である。
それがいけなかった。
俺はなんの気なしに脱衣所で服を脱いでいたのだが・・・。
「蓬莱寺・・・それって・・・」
と隣りから声がかかる。クラスメートの平野だ。
俺は指差された自分の体を見てみる。
「ゲッ!」
キスマークだ・・。みぞおちのあたりに一つ、鎖骨に一つ。
「首にも・・・」
数え残しをご丁寧に教えてくれる。
俺はあっという間にクラスメートに囲まれた。
「相手誰だよ!?」
「どんなやつ!?」
「いつつけられたんだよ!?」
口々に発せられる質問。
その中で誰かが、
「あれ、それ、昨日あったっけ・・・?」
って言い出したから大変。
昨日ないってことは、昨日の夜から今までにつけられたってことだから、
相手は修学旅行に来てる女子だな、と言うことでみんなワイワイ言い合っている。
俺は逃げるように風呂に入ったが、頭を洗ってる間も聞いてきやがる。
なんか言ってやろうと顔を上げると、この騒ぎに背を向けるようにして静かに
湯船に浸かっているひーちゃんの背中が見えた。風呂をタンノーしてんじゃねー!
ちきしょー!おまえのせいだおまえのー!
「ひーちゃんに聞いてくれよ!」
なーんて言ったらひーちゃんはなに言い出すかわからないので言えない。
俺は石鹸を、ひーちゃんの頭めがけて思いっきり投げつけてやった。
命中ー!
まあ、こんぐらいで許してやるかな。
俺はみんなから逃げるように帰ってきた。
風呂くらいゆっくり入らせてくれ・・・。
−夜−
ひーちゃんがどっか行ってるから、部屋には俺と醍醐だけ。
ひーちゃんと二人なのと違って身の危険がないから安心。
俺はずっと聞きたかったことを聞いてみた。
「醍醐ー昨日の夜、どこ行ってたんだ?」
まさか、俺達のことを知って、気を利かせたってわけじゃ・・・ないだろうな、絶対。
「ああ、昨日の夜か・・・。いや、たいしたことじゃ、ないんだ・・・」
なんだか歯切れが悪い。小蒔関係か?
よく見ると醍醐はなんだか元気がない。
そういえば今日もほとんど口を開いてなかったと思い出す。
「なんだよ・・・なんでも言えよ、醍醐。」
「ああ、その、と、遠野が、」
「アン子ー?」
「あ、いや、いや、なんでもない。なんでもない!忘れてくれ。すまん。」
「・・・・・・・」
あやしーぞー!
しかし、アン子が何の用だ?醍醐だけに・・・?
アン子が、醍醐を連れ出した?
何のために?
いや、その「おかげで」この部屋から醍醐がいなくなって、
俺とひーちゃんだけになったのか。
ひーちゃんとアン子が裏でつながっている?
ん?でもアン子は得にならない時はぜってー動かねーし。
んんんー・・・もういいや。
「今日は、どこもいかねんだろ?」
「あ、ああ。」
俺はほっと一息ついた。
あ、安心したからであって、「残念!」のため息じゃないぞ。断じて!
・・・・・。
いや、正直言うと、残念に思ってるかも・・・。
・・・・・・・・・・・。
「醍醐・・・。ま、まあ、なにがあったか知らんけど、
忘れちまって、飲もうぜ!」
「飲むって・・・あっ、京一!」
俺は冷蔵庫からビールを出してくる。
昼間、観光がてらに買ったやつだ。
もちろん、醍醐は飲まない。普段なら。
だがよっぽどなにかあったのか、醍醐は特になにも言わずにビールを受け取った。
俺は、グラスを渡す。グラスの方がうまいぜ、なんて言いながら・・・。
・・・・・。
ごめんな、醍醐。
−1時間後−
ひーちゃんが帰ってきた。
「どこ行ってたんだ?」
「いや、ちょっとね。」
と言ってひーちゃんはにこっと笑う。
髪や背中に枯れ葉をくっつけながら。
「・・・なんかいろいろついてるけど、なにしてきたんだよ?」
とたずねると、ひーちゃんは服を脱いで枯れ葉をはたきながら言った。
「せっかく風呂入ったのに、ちょっと汚れちゃったな」
「聞いてんのか?俺の話。」
「うんうん。明日になればわかるから。」
「あした?」
「あれ、醍醐寝てんの?はえーなー」
「・・・・・」
聞いちゃいねーな。
俺は立ち上がってひーちゃんの前に立ち、頭についてる枯れ葉をとってやる。
ひーちゃんは俺の目を見ている。
目が合う。
ひーちゃんはそっと唇を重ねてきた。
何度も何度も。
そして唇が触れるか触れないかというところで、
ひーちゃんは小声でたずねてくる。
「俺と、したい?」
ああ、何でひーちゃんはいっつも自信過剰なんだろう。
それがほんとだから、見透かされてるようでなおさら腹が立つ。
「醍醐は・・・朝まで起きないよ」
俺はひーちゃんの目を見ながら言う。
ひーちゃんは、どこまでわかるんだろう。
「・・・そっか。悪いやつだな、京一。」
やっぱり。ひーちゃんはわかってる。目だけで。俺が言いたいことも。言いたくないことも。
「ひーちゃん・・・」
俺は自分から口を近づける。
ひーちゃんは俺を包むように抱きしめて言う。
「エッチだな、おまえって。人がいるとこでしたいのか。」
ほんとにいじわるだ、ひーちゃんは。
俺はひーちゃんをにらむ。
誘うように。
「あした、またつらいけど、いいよな?」
「うん・・・」
重なるようにして、倒れた。できるだけ醍醐から遠ざかるようにして。
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昨日と違って、俺から誘ってる。
それがいいのか悪いのか・・・
俺がへとへとになっても、ひーちゃんはまだ俺を離さなかった。
結局夜明け近くまで。
明日が思いやられるよ・・・。まったく。
2日め終了。
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