どうして、と聞かれても説明はできない。
説明できるのならば、とっくの昔にしているわけで。
あがいてもどうしようもないのなら諦めるしかないんじゃないか。
そう言うと、周りからは面白いくらいに別々の反応がかえってくる。
いわく。
前向きである。
脳天気。
……ほっとけよ。
第九話 鬼道
「SEXしようぜ?」
押し倒した状態で、最近よく見れるようになった黒曜石の瞳を覗き込む。
驚いて目を見開く緋勇に内心で苦笑する。
自分でも莫迦な事を言っている自覚はある。
アタマよりカラダが先に動いてしまったのだ。
「……本気、か?」
驚愕から醒めていつもの冷ややかな態度でこちらを見つめる眼差し。
嘘だと否定するよりも確認の問いかけ。まるでこちらの心の中を見通しているかのようだ。
「ああ」
「昼間の補習で頭でも沸いたか?」
心底不可思議だと言わんばかりの表情で、それでも否定しようとする言葉はなかった。そちらの方が不思議だ。
「酷ェ言いようだな。他のヤツだったら死んでもご免だぜ」
「俺の事が、好きなのか?」
動かない表情、何の感情も見えない瞳からはコイツが何を考えているのか本当にわからない。質問も答えを求めているように見えない。
「よくわかんねェ。やってみたらわかるかなぁって」
「……相変わらずいい加減だな……」
小さく溜息をついて、緋勇は視線を逸らす。明後日の方向を見てはいるが今のことについて考え込んでいるようだった。
「駄目、か?」
普通だったら、男からこんな風に言い寄られたら全力で厭がるものだろう。俺だって嫌だ。
しかし緋勇の存在はオカシイぐらいに俺の精神を蝕んでいて。八つ当たりもしたくもなる。実際やったこともあるが、さっくり無視された。むかつく。
じゃあと提案したことにもあまり頓着していない感じである。
実際にはそんなに時間は経っていなかっただろうが、いたたまれなくなる位の間でもう駄目かなと思っていたとき。
「遊びなら、いい」
「……へッ?」
ぼそっと言われた事に一瞬思考がついていかなかった。
なんかとんでもないコトだったような。
「遊びなんだろう? それならいい」
諦めともとれる言葉に目を瞠る。
「へェ、本気は駄目なのかよ?」
「そういう訳じゃない」
嫌そうに眉を顰めたが、身体の方は逃げては居ない。
「良くわかんねェヤツだなぁ」
全く持って会話が噛み合っていないというか。遊びでいいというなら誰とでもできるってことだし、本気なら……どうなるのだろう。
「嫌ならいいんだ」
「冗談、やらせて頂きます」
さっさと起き上がろうとする緋勇の身体を再度床に押しつけた。
今度こそ呆れたような視線がこちらを捕らえる。
「エロオヤジ臭い台詞だな、それ」
「うっせえ」
減らず口を叩く唇を塞いでやろうと顔を近づけた時、今日一日の行動が何故か頭に浮かんだ。
夏休みに入って、俺と醍醐と緋勇は学校に呼び出された。
俺はともかく、緋勇は成績は良い方だと美里も驚いていたからそんなことはないと思っていたのだが。
どうやら例の三日休んだときの間にあったテストの追試などが問題だったのか、同じように呼び出しを食らっていた。
外は見事なくれェの晴天。
こんな蒸し暑い教室の中で野郎三人でプリントなんてやっているだけ不毛だ。
醍醐は見ているだけでもむさくるしいが、問題は緋勇だった。
涼し気な顔をしてシャーペンを走らす姿が気になってどうにも落ち着かない。
真夏の海に群がる水着のねーちゃんたちを想像しても、意識はそちらに向かっているのが情けない。
たしなめる醍醐の横で緋勇が投げやりに答えている。どうでもいいのが見え見えだ。
このまま一緒にいたら精神がおかしくなっちまう。
そう思って逃げようとしたら、やはり醍醐に襟首を捕まれた。見逃せよこれくらい。
うだうだ考えていたらチャイムが鳴った。仕方がないので緋勇のプリントでも見せて貰おうかと思い始める。
しかし一瞬遅く、マリア先生がやってきてしまった。
プリントが真っ白なのを指摘され、また来週来ることを約束させれてしまった。
緋勇もやる気がなさそうにしている割にはプリントは埋まっている。それでもマリア先生には問題と映ったのか俺と一緒にまた補習と言われていた。珍しい。
その後犬神のところへ問題集を取りに行くのを付き合って貰ったが、特に変わりはなかった。犬神にイヤミを言われたのでむかっときていて見逃したことはあるかもしれないが。
そうして校門前にいた醍醐と合流して、さてラーメン、と思ったら、エリちゃんが現れた。一体何が起こったのやら。
どうやら何か言いたいことがありそうだったが、相も変わらず緋勇はそっけない。今回は醍醐も他の事件のこともあって相談事には躊躇していた。なんでェ女の頼みが聞けないってのか。
場をとりなすために口を開きかけたが、それより先に道の向こうから真神の制服を来た女の子が走ってくるのに気が付いた。
美里と小蒔だった。
どうやら変な外国人にナンパされて困って走ってきたらしい。
あまりにフレンドリーな奴に押されて美里は名前を教えてやっている。
俺の名前はどうでもいいらしく、覚えようとしやがらねェ。むかつく奴だ。
緋勇も名前を名乗らなかったが、小蒔の奴が言った言葉の中から拾って名前をしっかり覚えやがった。俺も醍醐もいい加減なのに緋勇だけはちゃんと覚えるんだな……。
とにかく美里や小蒔から離そうと、エリちゃんの言っていた江戸川に皆で行くんだという話にしたら、ヤツの家も江戸川だと……なんてェ偶然だ。
おまけにそこで起こっている事件にヤツも関わりがあるらしい。
一体何が起こっているっていうんだ。
付いていきたいというアランを緋勇はつっぱねていたようだったが、エリちゃんが気になるというので連れて行くことになってしまった。おまけにいつの間に聞き出したのか名前で緋勇の事を呼んでいる。ちょっとムカツク。
美里が突然何事かを呟き出すと、アランが弾かれたように駆けていく。どこに行くつもりだッ。
慌てて全員で追いかけると橋に出る。
向こうから煙りが立ち上り、事故が起こったんだと知らせていた。
エリちゃんがいうにはこの橋にはなにやらいわくがあるらしく、しょっちゅうこんな事故が多発しているらしい。
ふと橋から何者かの影が降りていくのを目撃する。
追いかけるとまた変な洞窟にたどり着いた。
アランを心配していた美里や小蒔、緋勇も合流したが、奴らも気が付いたらしい。
手下らしいものの戦闘でアランまで加わって来たときには驚いたが、まあまあ使えるヤツだった。俺ほどじゃないけどな。
雑魚を蹴散らし奥へ進む傍ら、エリちゃんが今回のことについて話してくれる。何のことだかさっぱりだが。
奥に着くと生臭ェ匂いが辺りに満ちてくる。人間を使っての魔法陣らしいが、胸くそ悪いことこの上ない。風角という輩が現れて自分の手柄のように大笑いをかますが、どうしてこう悪役ってのは自分が優位なのを確信すると大笑いするんだか。
どうせそんなのつかの間にすぎやしねェ。
門というところから現れた変な気に、アランが敏感に反応する。
ヤツの故郷が壊されたのはあいつのせいらしい。
またけったいなバケモノもあったもんだ。形状を説明するのも難しい。
しかし今回も楽勝で敵を屠る。……いや途中混乱しちまったとかいうのは置いて置いてな。
戦闘が終わった後の隙をついて風角が鎌鼬を仕掛けてこようとしたが、それはアランが阻止した。外国人だからって銃を持っているのはどうかと思うんだが……。まあ使えるからいいとしよう。
新たに白い玉がその場に落ち、それを入手したらお約束のように洞窟は崩れ始めた。ダッシュで全員外に出る。
なんとか全員脱出できた後は門がまた開かないかという不安を美里とかが心配している。そこまでお人好しになるこたないと思うんだがなァ。
だが、アランが強い言葉で大丈夫だ、と言った。
あの上には特別な松の木があるらしい。
まあそれなら大丈夫だろうと皆安心したところで、アランは帰ると言い出した。
うるさいやつがいなくなって清々すると思ったら戻ってきて美里の電話番号なんか聞いていやがる。調子の良い奴だぜ。
呆れつつ空を仰ぐと暑い夏の日はもう終わりかけていた。
|