何が基準で、何がそうでないのか。
俺にはわからない。
俺自身が見た所でそれを決めると、驚かれる。
いいことか、悪いことか。
それだって所詮基準などないものなのだから。
『違う』っていうのは、何のために違うっていうんだろう。
第拾七話 魔獣行 後編
本当に、どうかしていると自分でも思う。
何故こんなにも他人が気になるのか。
ほんの少し前の自分を振り返ってみても、今の状態はおかしいと思える。他人に指摘されずとも自覚はしていた。
気がつけば学校から帰る道のりには必ず隣に龍麻がいる。
否。
自分が望んで一緒に歩いている。
何故なら、アイツは他人といることを極端に厭うからだ。
転校してきた初日はまだ口数はあったように思う。
しかし、どんどん冷たい気配が強くなっていくのが目に見えるのに比例して、嫌だという態度を強くしていった。……俺がしつこかったせいかもしれないが。
一貫した態度はいっそ気持ちいいくらいだが、いまだに同じクラスの連中からも遠巻きにされている程だ。そういう態度は色々な意味で目立つ。本人がどれほど望んでいないことだとしても、注目されているのは間違いなかった。
人に関わられるのが嫌ならば、程々に愛想良くしておけば他人から関心を買うことなく自然にクラスの仲間として受け入れられたはずだ。容姿で女子の注目くらいは買うだろうが。もちろん不可思議な雰囲気は俺の目からみても無視できないほどの鮮やかさなので放っておけというのは土台無理な話ではあった。
もしかして、それすら分かっていたのだろうか。
小手先の誤魔化しをするよりは終始徹底した態度であるほうが、他人から関わられることはないだろうと。そういうことであるならば、それは一部においては成功していた。
失敗しているのはもちろん力を持つ俺たちのような者だろう。
今も嫌そうな気配を隠さずに隣りを歩いている。
最近は龍麻の家に転がり込むのが日常茶飯事になっているため、機嫌も下降気味だ。もっとも、泊まりは叩き出されることも多いのだが。
それに気が付いたのはいつからか……大分前のようでもあり、つい最近だったかもしれない。
「なぁ、なんで?」
「……?」
気怠そうに枕に懐いている奴に、気が付いたら訊ねていた。
なんとなく離れがたいが、身体を引き寄せようとすると突っぱねられるため、手持ちぶさたな感じがある腕をひらひらさせてしまう。
緩慢な動きでこちらに顔を向ける。
……そんなに酷くしなかったつもりなんだけどな。
口に出して言えば即殴られそうだったので、心の中で呟く。
「いや、だからさ。最中に全然声出さないのはなんでかな〜……って……」
言おうとした言葉は途中で恐ろしいくらいの冷気でもって寸断される。冬に近いからといって、部屋の中が寒いのではない。
目の前にいる人物の気配が一気に冷たいものに変貌したのだ。
それだけで周囲の温度が下がったような気がする、のは気のせいではなく本当かもしれない。
何しろそれだけの力は持っているのだから。
「何を言い出すかと思えば……」
それでもまだ殺気にまで行かないのは心の底から怒っていないからなのだろうが。
下手をするとそのまま叩き出される可能性は否定できない。
笑ったまま冷や汗をかいている状態の俺をチラリと見て、また枕に突っ伏した。
視線の圧力からは解放されて、少し安堵する。
「お前、自分が男に押し倒されるのを想像してみろ」
「えッ……想像できない、ッつーか。全然全く、想像したくねェ」
いきなり問いかけられて、即答する。考えたこともない。
「そういうことを俺にやっておいて、か? まぁいい。じゃぁ、男の喘ぎ声を想像してみろ」
醍醐とか紫暮辺りでな、とぼそりと呟かれて一気に寒イボが立った気がする。
「いや、それもちょっと……」
というかかなり遠慮したい。想像範囲外だ。
「それを、俺に要求するのか?」
「うッ」
いつのまにかまたこちらを向いた瞳がひたと見据えてくる。
普段感情を全く映さない黒い眼は相変わらず静かなものだった。
その闇にどうしようもなく惹かれている自分がいるわけで。
「だってよ、いっつも苦しそうだし」
「別に……」
「龍麻だったらイイかなって」
たまに堪えきれずに肩の辺りに噛み付かれるのもそりゃいいんだけど。
思い出して笑うと、龍麻は口を噤んだ。
何か考えてるのか?と思った瞬間。
起き上がった龍麻に力一杯拳骨を貰った。
「い……ッてェ!」
「いつも言っていると思うが」
殴った割には普通の声音に涙目になった視線をあげると……。
こ、コワイ。笑っているのに、目が笑ってない。
「こういう事をお前の望み通りにしたいのなら、相応の場所に行け。そこまでする義理は俺にないのだからな」
「わ、判ったから、もう言いませんッ!」
慌てて防御の態勢を取ると、やる気を無くしたのか腕をおろすとまたぼふっと枕に懐いた。
「全く、少しは人の身になりやがれ」
ぼそっと呟かれたのは、いつかの夜。
目を醒ました後の景色が自分の部屋だったことで、安堵と少しの寂しさを覚えた。そのことにさらに戸惑う。浅い眠りだったのか、だるくてもやもやした気持ちを抱えたまま、うっとおしい前髪を無造作にかきあげる。
一瞬学校をさぼろうかとも思ったが、そうすると何をしているのか気になってまた落ち着かなくなるのは実証済だった。最近おかしな事件が立て続けに起きているだけに、休んで戦線離脱は避けたいところである。そんなことをしようものならそれこそ何を言われるか……考えてもおそらく冷たい反応が返ってくることだろう。
何を思い浮かべても結局は同じ結末に堂々巡りになる。だらだらしていたところで状況はかわらない訳で。仕方なく制服に着替えることにする。のろのろと学校に向かっても、起きた時間がはやかったせいか余裕でHRに間に合いそうだった。
教室につくと、中から聞き覚えのある声が聞こえてくる。話の内容もすぐ察しがついた。
「ッたく、どうしてお前はそう、朝っぱらからうるせェんだよッ」
話に加わってまぜっかえしてやると、アン子はいつも通りの反応を返してきた。
その向こうには、今朝から頭を占めていた存在。
相変わらず無表情にこちらを見ている。さっさと離れたいという思いはあるのだろうが、そこが自分の席である以上動くこともできないのだろう。やる気なさげに会話に反応していることからもそれはうかがわれた。
小蒔と醍醐も後から加わり、さらににぎやかさが増す。
中野、文京、豊島周辺で起きている猟奇的事件は二種類あり、猟奇殺人のほうはさやかちゃんのファンばかりだったということで、誰の仕業だか簡単に理解できた。それはもう収束に向かっているという……犯人不在で。
池袋周辺で起きている、突発的発狂事件は未だ原因不明だが、臭いことこの上ない。
人の本性は獣であるという。それは確かだろう。
その獣である部分を理性で抑えているからこそ人たりえるのだから。
小蒔が「獣になっちゃえば、悩むことも辛いことも、なんにもなくなる。ちょっといいなァとか、おもってたりして……」などと龍麻に言っているが、そんなこと嬉しくもなんともねェだろうな。案の定すっぱりと否定していた。
帯脇が蛇になったのも、人を獣にする力を持ってしまった何者かの仕業かも知れない、ということになったが。あまりに抽象的すぎるので、裏密に話を聞こうということになった。放課後に会うことが決まったところでチャイムが鳴る。
とりあえずこの後の授業をこなすのが目下の難題だった。
お昼休みを知らせる鐘と共に女の子から呼び出しを受けて思わず溜め息をついてしまった。折角の可愛い子からの呼び出しにもあまり興味がわかない自分がまたどうしようもなかったせいもある。
戦いのせいだとか、理由ならいくらでもつけれるのだろう。
そしてそれはある意味逃げだとも、わかってはいるのだった。
おつきあいの誘いを丁寧に断って校舎に入ると丁度校内放送で龍麻が職員室に呼び出しを受けたところだった。一体なにをやらかしたんだか。他人に関心はなくとも勉強はしっかりこなしていたはずだ。
首を傾げて廊下を歩いていくと、本人が教室から出てくるところだった。一緒に行ってやろうか?とふざけた調子で言えば、厭そうな顔をする。龍麻もたいしたことはないとふんでいるのだろう。
「せいぜい、マリアセンセーに説教くらってこいよッ」
そう言ってとりあえず昼飯を食うために醍醐がいる屋上に向かった。
あとはどうにか午後の時間をやりすごせば、かったるい勉強は終わりだ。
終業のベルが鳴ったのを確認し、大きく伸びをしてなついていた机から身を起こす。小蒔が何か言っていたが軽くあしらっておく。
「それよりみんな、もう準備はいいのか?」
醍醐が気をきかせたのか言った台詞に首を傾げた。ラーメン屋かと思ったが、美里の驚いた声で我に返る。そうか、裏密に会いにいくんだっけか。
龍麻も忘れていたのか?と聞かれて悩むような素振りをみせた。
忘れていたというより、忘れていたかったというのが正直なところだろう。
オカルト研究会の部室に行くが、相変わらず気配が読めねェ……。
聞くことだけ聞いてさっさと出ようと話を切り出す。恐いことも言っていたが、俺の精神衛生上よろしくないため、聞こえなかったことにする。
先に裏密の方から八俣大蛇を見たのかと質問された。そして、それは大蛇の霊を憑依させたものではないかと言う。
突然龍麻に『憑き物』って知っているかと訊ねる突飛さもさることながら、それに頷いている龍麻も龍麻だ。
その憑き物を自在に操れる存在が、豊島で人々に獣の霊をとりつかせているんではないかと裏密は言った。そんな存在は『憑依師』しかいないのではないかとも。
そいつを池袋で捜し出してブチのめせば事件は解決するってわけだ。
しかし校門前でこれから向かう池袋は人が多くて憑依師を探すのも大変じゃないかと醍醐や小蒔が言い出した。確かに人出は新宿並だからな。
だが。
ソイツが力を貸していた帯脇を倒した俺達を放って置くわけないだろう。
俺だったら捜し出して少しは報復してやろうと思うだろうな。
なので、その点に関しては心配はしていなかった。
醍醐が龍麻に話し掛けていたが、やる気のない龍麻は相変わらず返事も適当だ。いいけどな、どうせ一緒に来るのは決定済みだし。
「まッ、そろそろ駅へ向かおうぜッ」
さらに何かを言おうとして口を開きかけたが、小蒔の驚いた声に言葉を飲み込んでしまった。
向こうから霧島がやってくるのが見えたからだ。霧島もこちらに気が付いて嬉しそうに駆け寄ってくる。まるで犬みたいだな。
醍醐が怪我について聞いていたが、ここにいて会話している時点で大分回復しているのは明白だった。あれだけの重症だったのに、流石桜ヶ丘というところか。
小蒔が霧島についてからかってきたが、コレに関しては何も言えることがないので黙っておく。
こちらを気にする素振りを見せたが、敢えて教えることはないと判断し嘘と真実を混ぜた上辺だけのことを伝えると、納得はしたらしい。あっさり帰っていった。
美里まで霧島を巻き込みたくないのねと言い出すのには閉口したが、連れて行っても危険なだけだしな。
これ以上何か言われる前にと池袋へ移動することにした。
普段は新宿で用は事足りてしまうので、池袋にはあまり来ることはない。
久々に見る駅周辺は、やはり人でごったがえしていた。
見た目にはアン子の言っていたような猟奇事件が起こっているとはとても思えない。
「何か感じないか?」
そういう醍醐の質問に龍麻はかぶりをふった。その態度に醍醐が溜息をついた。
デカイガタイの割に心霊現象というものに滅法弱い奴は、何かを感じ取っているのだろう。美里も辺りから激しい憎悪を感じるという。
「ヤツがこの街にいるのは、間違いなさそうだな」
俺もあまり池袋には詳しくないので、何処に向かうか龍麻に意見を聞くと、池袋大橋の方と言う。
……提案したリストの一番最初にあった奴を選んだな?
少し顔がひきつったが、ともかく場所を移動することにする。
何もなさそうに見えたが、醍醐と美里にはやはり何かを感じるらしい。しきりと辺りを見回している。
すると小さい女の子が笑って話し掛けてきた。
最初は普通に話していたが、段々言っていることがおかしくなっていく。すでに何かに憑かれているのだろうか。どこかの場所に連れて行くといって駆けだしてしまったので慌てて後を追いかける。
程なく雑司ヶ谷霊園に着いた。
こういうところは辛気くさくていけない。
またしても美里と醍醐が顔を顰めるが、俺と龍麻と小蒔は明るく否定してみせる。
しかし次の瞬間、声を掛けてきたおっさんや若いOL、先程の少女、小さい少年など次々現れておかしなことを口走り始めた。こいつはヤバイ。このままこいつらを倒しても、ただの人を殺すことになりかねない。
そこに丁度現れたエリちゃんに、その場から逃げ出すように言われる。
追いかけてくる奴らを振りきって走りまくった先は南池袋公園だった。相当な距離を走ってきたため、美里や小蒔はともかく俺や龍麻、醍醐も息切れしている。
しかしエリちゃんは涼しげな顔をしてぼーっとこちらを見ていた。
声を掛けると我に返ったが、なんだか様子がおかしい。
これは、と思い一緒についていくと、案の定あやしげな廃屋に連れて行かれる。
罠の匂いがぷんぷんするぜ。
エリちゃんのコトが気になるのでそのまま一緒に中に入ると、薄暗い中で囲まれていることに気が付いた。
どいつもこいつも尋常な人間の瞳の色をしていない。
何なのかエリちゃんに聞こうとすると、妖しげな男の声が彼女の口から聞こえてきた。もうすでに何者かによって憑依されていたのだ。
まあそうだと判ってついてきたわけだが、エリちゃんを利用したのははっきりいって許せねェ。
普通の人を相手にするのは気がひけるが、憑依師が何かを憑依させた人間はなめてかかるわけにはいかなかった。なんとか峰打ちで済ませるよう、気を抑えて闘うのはかなりストレスが溜まる状態だ。
立ち上がっている者が俺達とエリちゃんだけになったとき、ヤツは高笑いをして消えた。胸くそ悪い奴だ。
エリちゃんをこのまま放っておくわけにもいかず、先程の公園に移動する。
本人は出てこないで無関係の人間を襲わせるというのは、質が悪い以外の何ものでもない。しかも普通の人がいきなり変わってしまうというのはいつどこで襲われるかわからない危険もはらんでいた。
そう言っているうちにエリちゃんが目を覚ました。
どうやらいつものエリちゃんに戻ったらしい。
操られる前の記憶で憑依師に利用してやると言われたのを思い出したのか、沈痛な表情をしたが、そんなの似合わねェ。
ともかくヤツのコトを知っているなら教えて欲しいと言ったところ、逆にそこまで知っていることに驚かれた。アン子、お前どっからそういう情報拾ってくるんだか……。
憑依師の名前は火怒呂丑光。
言っちゃ悪いがすげェヘンな名前だ。
火怒呂という名前は一部の憑依師が好んで使った呼び名らしく、それがそのまま一族の名前になったという。
しかし憑依の力を用いて人間を変化させても、『王国の王』になどなれやしない。命令の聞かない獣ばかりでは、王様もなにもあったもんじゃないからな。
その事実からわかるものは、誰かが裏から糸を引き、利用しているのじゃないかということだ。
なんとかしないと、という美里に、龍麻は相変わらず冷たい態度をとった。
ホントに固ェヤツだな。
「抗いがたい、運命ともいえる『力』……。でも、あなたたちならそれを覆すことができる。わたしは……そう信じているわ」
横からエリちゃんも加わる。それでも龍麻の瞳は揺らぎもしなかったが。
何にせよ火怒呂というヤツの居場所を突き止めないことには話が進まない。そう思ってエリちゃんに聞きかけたとき。
いきなり身体がいうことを効かなくなった。
変な力がわき上がってくる。
醍醐や小蒔も同じような状態らしいことは、視界の隅に入った姿でわかった。
それを押さえ込むのに相当な精神力を要求され、だんだん他人を心配している余裕はなくなってくる。
ふと顔を上げると、龍麻が目に入った。
こちらを見ているようで、何も見ていないような眼差し。
手を伸ばそうとしてそれを別な何かに阻まれる。
周囲で美里、エリちゃんが何か会話をしているらしいことは判ったが、それだけだった。
瞬間、青白い光が奔った。
すると今まで身体の中を暴れていたモノが綺麗さっぱり消える。
どうやら何かがついていたらしい。
真っ青な醍醐をからかうが、それが精一杯だった。
龍麻を見た時に身体の底から浮かんできた何か。それに動揺していることを悟られないようにするのに俺自身必死だったのだ。
憑き物を取り払った光を出したのが、目の前にいる中国人が放ったもので助けて貰ったのだとエリちゃんが説明してくれた。
自己紹介をされて、そいつの名前が劉弦月というのがわかったが、中国人のくせに妙な関西弁をしゃべる。最初に世話になったところが関西人のところだったせいでそうなってしまったらしいが、あやしいことこの上ない。
いまだ先程の余韻が抜けきっていないせいか、醍醐に勝手に紹介され、ついでに放心しているとまで言われてしまった。余計なお世話だ。
いつも一歩引いている龍麻まで妙なノリに巻き込まれたのか、名前を名乗っている。
「さて、そんじゃ、そろそろ行きまっかッ!」
そのままの軽い調子でピクニックに行くかの如く言われた台詞に驚く。
まさかそのままついてくるつもりかと言うと、にっこり笑って「友達は見捨てておけない」などと言いやがった。
何だか微妙に違和感があるんだがな……。
まぁ俺も操られてしまった手前、助けてくれたヤツの技には興味があったが。
龍麻もそこは判っているのか、劉がついてくることに別段異論はないようだった。
小蒔がじゃあ出発しようと言ったが、俺達に憑き物をつけてくれたヤツの居場所は依然判っていなかった。エリちゃんは知っているかと視線を投げたが、無言で否定された。
すると突然劉がエリちゃんにこの辺りに渦巻く怨念の正体を知らないかと訊ねた。エリちゃんは確かに墓地やら色々ありはするけれど、と悩むような素振りをしたが、はっとしたように顔を上げた。
『東京拘置所《スガモプリズン》』
第二次世界大戦の戦犯が絞首刑にさせられた地らしい。実際に処刑された連中はB級・C級の忠実な軍人たちだったようだとエリちゃんが説明してくれた。
その無念の思いを利用しているんではないかと。
そうと判れば行ってきっちり礼はしないとな。
エリちゃんは足手まといにはなりたくないから、すぐさま池袋を離れるといって俺達と別れた。
サンシャイン通りを抜けて変わりかけた信号を渡るとその場所はもうすぐだった。
東池袋中央公園。
イヤな気配とともに、多くの人影が見えている。
すでに敵さんもお待ちかねってか。
髪の毛の生え際がやばそうなヤツが火怒呂らしい。高笑いして自己紹介しやがった。帯脇も自分の仕業だと嬉しそうに自慢している。
阿呆か。
少し呆れていると、横から黒い影が飛び出した。
「あんさん、そないなこと誰に吹き込まれたんや?」
いきなり今までの軽いノリから一変して強い口調で問いただす姿に、小蒔と美里が驚いている。
ふん、やっぱりみかけだけじゃなかったってわけか。
敵を相手にすると剣を使った攻撃のせいか、劉には俺と似たような動きのものが結構あった。気を主体とする技なので質は完全に違ったが。
劉は戦っていくうちに、次第に先程とは違う怒りとも焦りともつかない表情で歩を進め始めていた。
それは俺もほとんど一緒だったに違いない。
なぜなら、敵は正面にいる俺達を狙わずに真っ直ぐ龍麻を狙っていた。
龍麻からの指示で特に大きく動くことを制限されている俺と劉は、得意の遠距離攻撃を放ってそちらに向かう奴らを排除するしかなかった。
何を考えてやがるんだッ。
相手が取り憑かれた人間だろうと、容赦なく大技を繰り出して襲いかかる連中を倒していくのを見ていて、はたと気が付いた。
龍麻の技は無手のせいで遠距離技はない。範囲攻撃技も限られている上にあまり連発は効かないのだ。それを惜しみなく使っている。
これもまたアイツの戦略の一つなのだろうか。
殺しちゃったりなんかはしてないよな……?
今まであまり考えてはなかったが、無造作に攻撃する割には元が人間のヤツは昏倒させるだけに留めていたらしい。親玉を倒すと気絶から回復して正気に戻るのを見てその鮮やかさに舌を巻いたことがあったのだ。
性格があれなだけにその辺りは仕方ないかとは思うのだが、今回はそれ以上に最近覚えた最高奥義らしい秘拳・黄龍というやつを使っている。
派手な技なだけに、その所作は見事という程洗練されていて交戦中だというのに思わず目を奪われてしまう。
ふと前方に殺気を感じて刀を振り抜く。
何も考えずに放った陽炎細雪は迫ってきていた火怒呂を直撃して吹き飛ばす。
隣で劉が感心したように口笛を吹いた。
俺に憑き物なんぞつけやがった礼はきっちりしねェとな。
今度は狙って技を仕掛けると、あっさりヤツは倒れた。
龍麻の方もほぼ片づいていたみたいで、終わったことを示すかのように制服をはたいているところだった。
繁華街のネオンを見つめながら、ついさっきまでの戦いをこの通りを歩いている連中は知らないんだと思い知らされる。
火怒呂が倒れたとき一斉に空に消えた光は、ヤツに集まっていた動物霊だったのか。美里が寂しそうだったと哀しそうな顔をした。
新宿もそうだったが、誰もが他人に無関心なのはある意味寂しい。
暗くなりかけた場をお腹が空いた、ラーメンにいこうという定番の行動で払拭する。
意外に劉もその辺は詳しいらしく、小蒔と話が弾んでいた。
後ろからついてくる龍麻は相も変わらず、諦めた表情だったことが印象に残った。
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