□銀の知らせ2□


 
 
 辛気くさいのは苦手だ。
 そういうのが柄じゃないというのもある。
 戦うことは嫌いじゃないし、むしろ剣を思う存分振るえる事の方が大事だった。
 それに疑問を抱いていたら進むことは叶わなくなってしまう。
 大事なものさえわかっていれば、それでいいのだ    
 
第拾壱話 変生〜後編
 
 醍醐が佐久間について悩んでいる事を告げられて。
『愛する者ををも、この力のために失わなければならないとしたら』
 その言葉に思わず反応してしまった。
 大切なものを持つと人は弱くなる。その典型的な例がこのデカブツだ。ここ最近の立て続けの事件で精神的にすっかり弱くなっているようだった。
 図体はデカイくせに内面は気が小さいなんて嘘臭すぎて誰も信じちゃくれねェだろう。そこが醍醐のイイトコロで悪いトコロでもある。
 俺にすりゃ佐久間なんて小物の心配なぞすることすら無駄だとあっさり切り捨てるだろう。来る者拒まず去る者追わずを信条としてきた俺にとっては元より関係ないと記憶の隅にすらとどめておいていない。
 考えすぎて阿呆なコトをしでかさないかが心配と言えば心配だった。
「何が起こるかわからねェ日常の中で絶対に護らなくちゃならねェモンを抱えちまったお前の方が、よっぽど心配だぜ……」
 自分で言った『護らなくちゃならないもの』という言葉で一人の影が頭をよぎる。
 アイツが聞いたらさぞ冷たい反応が返ってくるに違いない。他人に無関心で幾多の出来事にも動じず消極的で、かえってこちらが苛立つ程だ。表情が無いわけではないのだが、感情の読みとれぬ瞳は全く変わらない。
 何かが掴めそうな気がして、ふと気が付くと奴の事ばかり考えている自分に我に返ることもしばしばだった。他人に関心などあまり持たないと思っていたが、こうも気になるのは何故なのだろう。焼きが回ったか、と思わないでもない。
「風が    、強くなってきやがったな……」
 照れを隠すようにつぶやいて天を見上げる。
 まだ夏の残る青い空には眩しいくらいに太陽が輝いていた。
 
 放課後、早速珠を封印しに辛気くさい寺巡りをすることになったが、醍醐と小蒔が欠席していた。珍しい事もあるもんだと思いつつも、封印する事を優先することにする。
 ただでさえ美里が怯えていることだし、心配事はさっさと片付けるのがいいだろう。
 出掛けることを厭がる緋勇も無論引っ張り出した。最近は諦めているのか何も言わずについてきている。多分に不本意なのだと顔には書いてあったが。
 美里や小蒔からすると、奴の態度は優柔不断で優しくないという文句が出ることがしばしばだった。確かに話を振ってもほとんど乗ってこないどころか冷ややかな対応しか見たことがない。
 だけど戦闘になれば真っ先に飛び込んで行き、戦局が混乱しそうになると的確な指示が飛んでくる。
 普通の人なら気が狂いそうになるバケモノとの戦いの日々。
 オカシイとは分かっていても、『日常』は容赦なくやってくる。
 何も知らない人々のいる現実に戻されたときに違和感を持てばそこで歯車は狂っていく。恐らく襲ってくる奴らと同じ『モノ』になってしまうだろう。
 それが起こらないのは。
 普段と同じ生活をしている緋勇のせいなのだろう。
 興味がないように見せてはいるが、戦いで出す短い指示は確実に負傷者を減らしていた。素早く戦闘を終わらせればもうすでに日常に戻る奴の姿がある。もっとも、早く終わらせて帰りたいだけなのかも知れないが、本当に全てに関心がないのであれば見捨てることだってできるはずだ。
 緋勇はそれを選んでいない。
 それだけで十分だった。
 
 言われたとおり目白不動で祠を見つけてみれば、あっさりと宝珠は反応し祠に消えていく。
 そして変わりとばかりに古くさい品物が姿を現した。こいつは怪物共が落としていくような装備品と似たような感じがする。美里が躊躇っていたが、遠慮なく貰っていくことにする。
 次の不動に行こうと言い合っていたとき、急に声を掛けられた。
 ルポライターのエリちゃんだ。
 龍山のジジイに場所を聞いて駆けつけてきたらしい。余計なことしか言わないな、ああいう人種は。
 エリちゃんからの話は書物から得た菩薩眼だの龍眼だのの事だったが、それを持つのは女のみで、鬼がその女を攫う事があったという。そして江戸時代にまで話は飛び、その菩薩眼を巡って人と鬼とが闘ったらしいとも、その鬼は鬼道衆と呼ばれていたとも書かれていたそうだ。
 今現れている奴らも菩薩眼狙いの可能性があるということに憤りを感じる。
 そんなことのために今までの事件を起こしていたのかと。
 情報を持ってきてくれたエリちゃんも自分に力が無いことを悔やんでいた。力を持つ者と持たざる者の差。それは先日醍醐と話していたことと似ている。そして力を持っていないがために、別のことで力になろうと言ってくれた。案外強いのかも知れない。
 そんなエリちゃんにも緋勇は冷たく対応する。元々そういった助力には否定的な奴だ。それでもめげずに九角の情報を探すといって彼女は去っていった。
 次の目青不動についたところでおかしな奴に出会ったが、それ以外は特に何もなく無事宝珠を封印することができた。もう日も暮れかけていたので急いで新宿まで戻ったが、すぐに辺りは真っ暗になってしまっていた。仕方なく美里を送る傍ら、緋勇に醍醐の家に言ってみないかと持ちかけてみたがあっさり断られる。
 まァ、期待はしていなかったけどな。
 また風が強くなってくる。変な事にならなければいいと思いつつその日は過ぎていった。
 
 次の日の朝。
 HRも終わりかけたころ、小蒔がやってきた。マリア先生に心配されつつ席についたがどこかいつもの元気がない。醍醐の野郎は欠席のままだ。
 試しにからかってみたが、直ぐさま飛んでくるはずの反応がか細い声として返ってきた。
 やはり嫌な予感は当たってしまったらしい。
 屋上に全員で集まり、事の次第を聞く。
 鬼によって変わってしまった佐久間を倒してしまった醍醐。
 奴の事だからそれで迷惑がかかるなんて勝手なことを考えてしまったのだろうという予想は簡単につく。
 だんだん腹が立ってきて八つ当たり的に緋勇に言っては見たが、ものの見事に跳ね返される。
 そうだった、こいつは俺達の事をなんとも思っていなかったんだと舌打ちしてあらぬ方向をみやる。
 とりあえず美里が醍醐を探そうということでアン子か裏密のところに相談に行くべきだと提案してきた。あまり面と向かって話すのは躊躇われる奴らばかりだったので、美里と小蒔に探索は任せてしまうことにする。
 緋勇も一緒に行くもんだとばっかり思っていたら、背後に一つだけ気配が残っていた。変な心配でもしていやがるかと言ったらそんなわけないだろうと一蹴される。
 喜んでいいんだか良く分からなかったが、以前出会った如月に醍醐に気を付けろと言われていたのを思い出した。それを話してみると、緋勇が珍しくも気になるなら如月の所に行けばいいと言う。明日は雪か?と思いつつ気になっていたのも事実だったので素直に頷いた。
 辛気くさい骨董品屋にやってくると、早速如月に醍醐の事を訊ねてみる。
 そうしたら突然『宿星』の話がはじまった。四匹の聖獣『四神』やら金色の龍だのの説明と共に、醍醐にはその『四神』の『白虎』の『宿星』があると言う。生まれがそうだというだけで勝手に決められる運命なんぞ信じちゃいねェが、如月の言葉は確信があるのか力強かった。
 醍醐が突然の覚醒で戸惑っている所を鬼道衆共が狙うと言われては、とりあえずそんなことは横に置いておくしかない。
 奴が行きそうな新宿での心当たりを訊ねられて、龍山のジジイが頭に浮かぶ。
 そういえばあれで師匠だとか言っていたのを忘れていた。
 如月に別れを告げて新宿に戻る。
 嫌な胸騒ぎがしつつも中央公園に走り込んだ時、小蒔に出会すことになった。どうやら美里も一緒だ。裏密の占いで同じく龍山のジジイのところに行くつもりだったらしい。これはあながち的外れでもなさそうだと二人に頷く。
 そこでいきなり美里が緋勇に向かって訥々と語りだした。横で聞いている俺にとっては周りの仲間が倒れていなくなったとしても、今の緋勇は動じないだろうと思う。しかしそれを言っては第二の醍醐を出すだけである。
 案の定緋勇はどうでもいいと切って捨てた。悲し気な顔をする美里に向かってとりなすように醍醐の言いそうな事を言ってやるとなんとか笑顔に戻る。
 なんで俺がこんなことしなくちゃいけないんだか。
 それもこれも皆醍醐のせいだ。
 そういうことにしておいて、目下辺りに隠れる気配に気を配る。
 どうやらすんなり行かせて貰えそうにはなかったが、逆に言えば見当外れではなかったということにもなる。
 出てきた奴は鬼道衆の岩角とかいうやつだった。かなりのでかさだ。
 だが頭は余り良くないらしく、九角という名前をあっさり出したり今回の佐久間の事は炎角という奴がやったのだということをばらしていた。そしてエリちゃんがいっていた事、鬼が女を捜しているという話に符合することまで言っていた。これはかなりあの話が信憑性が高いということになってくる。
 それはともかくとして、この場を引き受けて醍醐を連れ戻すために美里と小蒔を龍山のジジイのところに向かわせることが最適と判断し、二人を促す。小蒔をけしかけたところで美里の前方に鬼が居るのが見えた。これでは美里は一緒には行けないいだろう。美里もすぐにそれに気が付き、小蒔を送り出す。
 後は俺と緋勇、美里でどれだけこのデカブツを引き留められるかということだが、不思議と不安はなかった。
 何故かと聞かれても困るが、いつもなら率先して(というか周りを見ずに突っ込むという方が正しいんだろうが)敵の真ん中に突っ込む奴が、背後に立って周りに気を放っている。冷たいことを言ってはいたが、美里の方の雑魚にも注意を巡らせてはいるらしい。戦場における緋勇の行動は普段より判りやすくて逆に安心できた。
 相当数の雑魚がこれでもかとやってきたが、緋勇との連携により撃退する。小蒔を送り出してから相当な時間が経っていたが、まだ来れないところを見ると向こうにも敵の手は伸びていたと考えるのが妥当か。そう思いつつ目の前の下忍を木刀の一振りで吹き飛ばすと、横から赤い炎が舞った。今まで背後にいた奴が進んで前に来ている。
 潮時か。
 流石に手が痺れはじめている。このまま雑魚を相手にしていてもきりがない上にこちらの戦力は最低だ。一気に頭を叩いて進むしかない。
「緋勇    。お前も覚悟決めろよッ」
 隣りにいる影にそう叫ぶと、心外だという顔をされた。
「最初からこうしておけば早く済んだ」
「ちッ、言ってろよ!」
 そんな酷い言葉が出てこようとも。前を見る瞳は変わらない。
「頼りにしてるぜッ!」
 本腰を入れて再び戦闘に戻ると、ようやく醍醐と小蒔が到着した。
 遅すぎンだよッ!
 文句を言うのは後にして岩角にむけて攻撃を繰り出す。デカイだけあって耐久力も並じゃない上に攻撃力も半端じゃない。唯一の救いは足が遅いことだけだった。
 ようやく倒すと、前と同じように珠が地面に落ちた。
 戻ってきた醍醐は相変わらずも自分勝手な事を言って戦線離脱しようとしている。それがあたかも俺達にとっていいかのように。そんなこと本人に聞いてみなけりゃ判らないことだろう。
「仲間を信頼できねェで、これから、鬼道衆のヤツらと闘っていけるとおもってんのかよッ」
 思い切り殴ってやったらば、醍醐はきょとんとした顔をしていた。
 ったくほんとに鈍いぜ。
「お前は俺の    いや、俺たちのかけがえのねェ仲間なんだからな」
 そう言ったとき側に居た緋勇が何か言いたそうにしていたが、敢えて口を噤んだところを見ると、少しは学習したらしい。
 いつも通りの面子が揃って落ち着いたところでラーメン屋によって帰ろうということになった。
「って、そこ! 団体行動乱してるんじゃねェよッ!」
 ふと気が付くと側に居たはずの緋勇がふらりと公園から出ようとしているところだった。後ろから小蒔が一番団体行動乱すヤツが何いってんのさッと憎まれ口を叩いたが、醍醐が戻ってきた嬉しさからか緋勇の行動にはあまり関心を払っていないようである。慌てて出口の外で肩を掴むとあからさまに嫌そうな顔をした。
「もう終わったんだから帰ってもいいだろ?」
 デカブツは帰ってきたんだし、全員無事だったんだし。
 そう呟くヤツはいつもの精彩を欠いていて驚く。先程の持久戦でも俺は大幅に息を乱していたのに、コイツは涼しい顔をして同じ戦闘力を維持していた。それに腹が立ったのと、自分はそこまで強くないということを見せつけられたような気がして少々焦りも感じていたのだが。
 思っていた以上に堪えていたらしい。そんなところまで隠さなくてもいいもんなのだが、もはや性分という感じである。
「ふうん?」
 戦闘の時は案外わかり安い性格しているんだなと思って意味ありげに笑うと、顔を顰めた。
「何だよ?」
「いんや。なんでもねェよ」
 へらへら笑って言うと一瞬何か言いたげな顔をしたが、何も言わずに踵を返した。ホントに帰るつもりらしい。後方に居た美里や醍醐、小蒔にまた明日な、と言って随分先に行ってしまった影を追いかける。
「待てよ、龍麻!」
 呼びかけに一瞬背中が反応した、気がした。
 

 


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