□砂の扉1□


 
 
 手に持ったモノを見つめる。
 凝視しているといった方が正しいかも知れない。
 俺は一体今までコイツにどれだけ頼ってきたのだろう。
 別に素手で戦うことだって出来たが、何故か手放すことができないでいる。
 気を木の刀身に込めるというのは存外難しいもんだと奴は言っていたが。
 その方が動きやすいのだから間違った選択ではないのだろう。
 
 迷っていたら、何もできはしない    
 
第拾参話 外法都市
 
 目赤不動に宝珠封印を終えた後、新宿に戻ってくる頃には辺りはすっかり暗くなっていた。醍醐が飯でも食っていくかと提案したが、美里が家族との食事ということで抜けると言い出した。そうなると小蒔も遅いから帰ると言う。
 しかし俺にとっては夜はまだこれからであり、すぐに帰る気は毛頭なかった。
 ただでさえ隣にひっそりと佇む奴の動向が気になって、まともな夜遊びを全くしていない自分に気付いて、軽く「ナンパでもしていくか」といってみる。堅物の醍醐が「補導されないようにしろよ」と余計なことを言い腐ったが、付いてこようとはしないだろうと踏んでの発言だ。
 醍醐が「お前はどうする?」と龍麻に聞いている。あんまりな態度に快く思ってはいなくても放っておけないのが奴の良いところだろう。
「蓬莱寺と一緒に行く」
 さあて街に繰り出すかと身を翻しかけた時に聞こえた声は、あまりに意外なものだった。おかげで変な体勢で動作が固まってしまったまま、首をそちらに向けた。
 龍麻は醍醐と二、三言葉を交わしていたが、醍醐の方は「お前も物好きだな」と言ってこちらもあまり問いつめない様子である。
 それぞれ行く場所が決まると解散になったが醍醐が小蒔を送っていく形になるのを見て、もしかしてあれを実現させるために俺と一緒に行く等と言い出したのか、と思う。
 こいつにしては有り得ない気の回し方だったが。
「蓬莱寺?」
 そんな無理な体勢でいたらムチウチになるぞ。俺は困らないが。
 さりげに酷い一言を付け加えて問いかけられてようやく意識が現実に戻ってくる。
 目の前には冷ややかな色を湛えた瞳。
「おーわりぃわりぃ。んじゃ早速ナンパにでも行くとしますかね」
「俺は帰る」
「んだよ付き合い悪ィぞ」
 案の定の言い返しにさっくり却下を下し腕を取って引っ張り出す。最初は強い抵抗を示していたが、こちらも慣れたものでちょっとやそっとの力では逃げられないよう掴んでいた。そのためしばらくして諦めたらしい。憮然とした気は後ろから感じられるが無視だ。
「もう、すっかり秋だな」
 駅前に向かって歩いていくのにふと周りを見渡せば、街ゆく人々が薄着じゃなくなっている。いつもは歩くおねェちゃんをナンパするだけでなく鑑賞するのも楽しいのだが、側にいる奴のせいで気もそぞろだ。
 軽く「鬼道衆を倒して来年もおねェちゃんの肢体を拝もうぜッ」と言えば、返ってくるのはやはり冷たく呆れた反応だった。もうちょっとのってくれてもいいもんなのに、相変わらずお堅いぜ。
「そんなんじゃ、女にもてねェぞッ」
 おどけたように切り返せば、「そこまでしてもてたくもない」とあっさりした答えである。普段の行動を見ていれば十分判りますとも、そんなことは。
 そのまま引きずるように裏通りに紛れ込む。
 色々話したいことはあれど、誰かに監視されたままというのはあまり好みじゃない。
 挑発してやれば、あっさり姿を見せる辺り相当俺達の事が邪魔らしい。
「なぁ、龍麻。賭けしねェ?」
 相手が弱いのかあまり緊張感が無いため、背中合わせになった相手に笑いながら思わず問いかける。
「……まあ、内容次第だな」
 こちらもいつもの戦闘で漲らせる気よりも若干セーブ気味の力で臨んでいるようだった。会話も普段通りに返ってくる。
「倒す数が少ない方が今日の夕飯作るってコトで!」
 言い切ると同時に木刀を振るう。
 目の前に並んでいた連中が、薙ぎ払う気の圧力で吹き飛んで消えた。
「はぁ? 今日も来るつもりだったのか? だとしたらそんなもん却下だ却下」
 呆れたような気配が少し遠ざかったが、その直後に突風が背後から吹き付ける。恐らく『円空破』だ。
「何でだよ、いいじゃねェか!」
「良くない。ただ飯食らっておいて何を言うか」
「えーいいじゃんよ、たまには!」
 そう言い合っている間に下忍も間合いを詰めてくる。こちらは一歩も動いていないが、背後の龍麻は少し反撃を食らったようだった。
「大体、敵の数はお前の方が多い。どう見ても俺に作れと言っているだろうが」
 冷静に場を読んでいるのは相変わらずだ。
「おう! よく判ったな」
「……」
 目の前に並んで来た奴らを『地摺り青眼』で倒して全てを片付ける。そうして肩に木刀を戻して振り向けば、憮然とした顔をした龍麻が立っていた。
「俺の勝ち、だな」
 ニヤリと笑って言ってやる。
 何かを言いかけた龍麻の後ろから、人々のざわめきが聞こえてきた。どうやら気配を感じて『喧嘩』と勘違いした奴らが騒いでいるらしい。
「ちッ、やべェなッ。ずらかるぞ、龍麻ッ!」
 走って行った先が相変わらずラーメン屋だったのが自分でも情けなかったが、どこかの店に入って時間をやり過ごす必要があったのは確かだった。
 すると、醍醐と小蒔にまで出会した。
 こいつらも街中で襲われたクチらしい。
 小蒔が美里を心配していたが、今から言っていても仕方のないことだろう。街のど真ん中、人の多い駅の前で襲う程奴らも莫迦ではないと信じるしかない。
 そう言ってやるが、隣りにいた龍麻は特に何も感じることなどないかのようにいつも通りの対応だ。
 もうちょっと考えてやれと言いたいところだが、変わらない態度に醍醐は慎重なことだと納得している。龍麻はそんなこと思ってないと思うんだがな。
 とりあえず大丈夫だろうと解散した所で、はたと気が付く。
(ラーメン食っちまったら夕飯が……ッ!)
 慌てて振り向いたら案の定龍麻が小さく笑っていた、ような気がした。
 
 結局あの後何度か襲撃され、家に辿り着いたときは疲れ切ってしまっていた。
 いや戦闘に関していうならいくらでも戦える気力はあったが、こうも連続だとめんどくさいの一言につきる。戦闘が終了しても辺りを窺うような龍麻の様子に、奴らはまだ諦めていないのかとうんざりする。
 そんな状態のせいか家に入ってしばらく気を探っていた龍麻も、それ以上進展がないと見切りを付けて寝る体勢になった。ある意味剛胆な奴だ。
 朝登校する際も見張りが居たようだったが、襲ってくる気配はしなかった。
 学校につくと小蒔が早速話し掛けてきたが、あまりのノン気さに溜め息が出る。
 醍醐も加わって奴らの動向を話したが、追いつめられている者の行動など予測は付かない。
 とりあえず授業を受けた後の休み時間にまたということで、席に戻っていく。
 その休み時間に、美里が朝から悪かった体調を理由にマリアせんせに保健室へ行くように言われた。小蒔が心配して龍麻に一緒に付いていってくれるよう頼んでいたようだったが、あっさり断るせいで怒って行ってしまった。ホントに何を考えているのだか。あんなに冷たくすることもないだろうとからかい半分、本気半分で言うと、醍醐の奴も一緒になって頷いている。
 しばらくそうしていると、いきなり背後から裏密がやってきた。
 気配のない登場に醍醐も言う言葉が無くなっていたが、その点龍麻は丈夫にできているらしく動じやしねェ。裏密の言葉にも頷いたりしている。
 しかし予言という裏密の言葉には『美里を連れ去る者の気配』とはっきり出ていた。こいつがこれだけはっきり物事をいうのは珍しい。そしてそれは美里の意志次第であるとも。
 言うだけいって目的は果たしたとばかりにあっさり引いていく奴に、不安が過ぎる。
 放課後になっても戻って来なかった美里を心配しつつ、珠を放っておくわけにも行かず居る面子だけで行こうかと言っていたら、何故か美里が戻ってきた。
 封印する場に一緒に行きたいと言うのだ。これには流石に顔を顰めた。今の状態で襲われたら庇わなければならないこちらにも相応の負担が掛かる。
 何かを言おうとして口を開きかけたこちらよりもはやく、美里が龍麻に向かって同意を求めてきた。あーそいつに聞いてもと思うのだが、何でこうもこの反応の悪い奴に聞きたがるかね。冷たい反応が返ってくるのは判っているのだが、違う反応を引き出してみたいと思ってしまうのだろうか。俺なんかもその口なのかもしれない。
 本人がどうしても行きたいという意志が強いらしいので、一緒につれていけば護衛が分散しなくて済むと思い直す。
「本人が行きたいっていうんなら、俺は、反対しねェぜ」
 その言葉に醍醐も渋々ながら頷いた。こちらの意図を読んだわけではないだろうが、考えつく先は同じだろう。
 具合が悪くなり次第連絡するということで、目黄不動へ移動しだした。
 もちろん不満たっぷりの気配を漂わせる奴も一緒に。
 
 不動につくと、とりあえず俺と醍醐が祠探しに向かうことにする。
 具合の悪い美里を連れ回したら、小蒔がうるさいしな。女連中を置いていくのは気が引けたので龍麻にどうするか振ってみると、一緒に来ると言いだした。
 雑魚共の監視は相変わらずだったが、遠目に窺っているだけのようだったので心配はないだろうと祠を探すことに専念する。古ぼけたそれを見つけるのにはそんなに時間はかからなかった。
 美里と小蒔を呼んで珠を封印するのを見届けた後、やはり具合の悪かった美里が倒れた。そこまで根を詰めなくてもいいようなモノだが。
 そして俺は反対したが、桜ヶ丘病院へ直行することになってしまった。何だってあんなバケモノのいるところに行かなくちゃいけないんだ……。
 ようやく美里が目を覚ましたと小蒔が騒いでいるのを聞いて病室に入ると、倒れる時よりは顔色が幾分良くなった感じである。後遺症の件もあるので、院長に泊まっていくよう言われて押し切られていた。あれでも治療の腕は一流ってんだから、世間はわからねェもんだ。変なことを考えていたのがばれたのかこちらにくるりと振り返られたのには驚いた。さすがバケモノ……。院長の相手をさせられるのは叶わないのでさっさと退散することにする。
「邪気に当てられでもしたのかねェ」
 ぶらぶらと帰る道すがら、さすがにあの病院に居るというだけでどっと疲れて大きく伸びをしつつ呟いた。ここのところの鬼側の来襲は京一ですらきついと思う。まだ腕を振るって発散できるだけマシなのかもしれない。八つ当たりともいえなくもないが。
「さあな」
 隣を歩く人影は随分と素っ気無い。最近は一緒に行動することに慣れたのか、黙々とついてきている。本心では不満なのかもしれないが、何事にも動じないその態度に救われていることもまた確かだった。
「こうも毎日のように来られると、おちおちナンパもしてられねェよなァ」
 いつもの口癖を思い出したように呟くと、龍麻が急に足を止めた。つられてこちらもその場にとどまる。
「……? どうした?」
 らしくない行動に、俺が感じ取ることのできないモノが現れたかと暗に問い掛ける。すると長い前髪に隠された冷たい瞳がこちらをじっと見ていた。
「オマエ、毎日のように人の家に上がりこんでおいてその言い草か」
「あー……」
 氷点下よりも冷たい指摘に思わず視線をさ迷わせてしまう。そう言えばそうでした。気がついたら龍麻の家に一緒に来ていて、そのまま泊まるのが最近のルートだったと思い出す。
「今日は帰れ」
「えー!?」
 簡潔な言葉に怒りがこもっているのが見て取れるがいつもとは違う感じで、さすがにそれ以上ごねるのは得策ではないと判断する。
 なんだか本来の自分の家に帰る道のはずなのに、そうではないような気がしてしまうのは相当ヤバイ。
「深みにはまってるかも……」
 そう呟いた言葉は誰に聞かれることもなく宙に消えた。
 
 次の日の朝、美里の様子を見てから学校に行くことになったせいで、アン子に絡まれることになる。ちょっとからかったら威勢良く叩きやがった上に、全員何事もなかったかのように話を進めるのはむかつく。
 九角の正体は何なのか、と核心をつくような切り口はアン子らしいといえばそうなのだが、結局何も判らず手のうちようがないかと思えた時。
 マリィが道の向こうから龍麻めがけて駆け寄ってきた。
 半分泣いているところが尋常じゃねェ。
 どうやら美里がいなくなってしまったらしい。
 置いてあった手紙に『今までありがとう……。さようなら』と書いてあれば誰でも不安に思うだろう。
 そしてえてしてそういう悪い予感は当たるモノだ。
 慌てて桜ヶ丘に引き返しかけた俺達の前に現れたのは、先程九角の話のときに噂していたエリちゃんだった。美里がいなくなったいきさつを話すと、一緒に来てもらいたいところがあるという。
 それは手がかりさえないかと思われた九角の情報だった。
 さすがエリちゃん、伊達に情報収集やってるわけじゃねェんだな。
 桜ヶ丘に行こうとしていた俺達の代わりに、一緒に居た遠野に代理で行ってもらうことになったが、エリちゃんの言葉にしぶしぶといった感じである。流石腐っても記者の卵。そんなことクチが裂けても言えないがな……。
 どうにかまとまったところで、行き先が世田谷にある等々力渓谷であることがわかった。九角家は名門だったが、一族郎党皆殺しの上、お家断絶になったらしい。その時の長が『外法』を生み出し鬼を作り出したと。その長も徳川に敗れて命を落としたそうだが、子孫は江戸への恨みを抱いたまま血筋を繋げてきたというのが、エリちゃんの話だった。
 でも一番の驚きが、今現在の俺達の相手は同じ高校三年生ということだろう。
 名を九角天童というらしい。
 エリちゃんに案内されてついた等々力不動はやべェくらいの気を放っていた。
 これに気が付かないのは鈍い小蒔くらいなもんだ。
 隣りに居る龍麻も心なしか緊張しているように見える。
 俺と醍醐の説得に何かを感じたのか、エリちゃんは頑張ってと声を掛けて戻っていった。龍麻は冷たい目で見つめていたけれども。
 境内に入ると思った以上の妖気が辺りに蔓延していた。
 しかも、突然空が暗くなっていく。
 それを待っていたかのように現れたのは、エリちゃんが言っていた『九角天童』であった。
 そいつだけかと思っていたら、倒したはずの鬼道五人衆があらわれやがった。
 一体どんなカラクリだッ!
 そうこうしているうちに、九角の『目醒めよ』という言葉と鈴のような音によって五人衆が変化していく。
 これが『鬼道』ってやつなのか。
 正体がわかったせいなのか、龍麻は変化していく姿を冷ややかな瞳で見据えた。
 境内での戦闘は、デカイ奴らが五匹もいて九角が見えないくらいの勢いだった。しかも、変化した奴らは瞬間移動してやってくるため、動きの予測は全くできない。
 守備力の弱い面々を背後に庇い、壁となって攻撃を受けるというのを繰り返し。
 微々たる攻撃も重ねればなんとか敵を倒すくらいのダメージになっていく。
 一体一体確実に仕留めていくことを念頭におかれた龍麻の指示は、的確で誰も文句を言うことなく攻撃に専念することができた。
 ようやくデカブツどもを退治した後に残った九角と対すると、今度は特定の攻撃しか当たらず苦戦する。横から醍醐も加わっての攻撃でどうにかなるくらいまで体力を削ったと思える頃、正面にいた龍麻が螺旋掌を放った。
 それが見事にクリーンヒットし、戦闘が終了する。
「狙ってたのか?」
「いや。丁度目の前に居たから」
「……」
 小蒔が美里を捜して騒ぎはじめたので、とりあえず移動することになった。すぐ側の不動の御堂内に、青い光を放ちつつ美里が倒れているのを見つける。
 様子を見れば、特に何をされたというわけでもないらしいのでひとまずほっとする。
 目を覚ました美里に小蒔が半分泣きながら怒っていた。
 そして醍醐が九角を倒したと言ったとき、半覚醒状態だった美里が反応して奴と話しをしたいといいだした。一体何があったのやら。
 そのとき、背後から高笑いが聞こえてきた。
 まだやる気かよ。
 急いで境内に出れば、九角が嫌な笑いを顔にはりつけていた。
「まだ、終わっちゃいねェぜ……」
 そういった奴の瞳にはすでに正気の光はなかった。
 周りの妖気を呼び込むような怨嗟の声が、九角を変化させる。
 美里が背後で小さく悲鳴をあげた。
 妖気が満ちていく場の中、気が固まってできた火の玉の塊までがモンスターと化す。
 どうやら九角の念によってできた場に呼び寄せられていた悪霊がその正体のようだった。
 無差別に集まってきたのがわかるように、その悪霊どもは境内の至る所に現れ、こちらが陣取った場所の後ろにまで気配が湧き出すのを感じる。これはヤバイ。背後を取られるのは俺一人だった場合は構わねェが、今回は美里も小蒔もいる。前線に出せば即死につながることがわかる連中は、大抵後方支援という名目で危険から遠ざける配置をいつもしていた。それができないとなると円陣を組むしか方法はないが、そんな余裕もありはしない。
 冷たい汗が背中に流れる。
 流石にこれはまずいだろうと左にいる龍麻の方をちらりと見ると、ちょっと考えるような仕草をした。そしてそのまま普段通りの指示を出しやがった。
「おい、それは……」
「黙れ」
 言おうとした言葉を右手をあげて制される。
 何か考えがあるのか。そう思った時、挙げた右手が何かを指示するように動いた瞬間、後ろで暑苦しい掛け声と共に気合が走った。
「紫暮……!」
 醍醐が驚いたように名前を呼ぶ。
「ここは任せておけ! お前らは前に目を向けていろ!」
 そういった紫暮は分身して邪霊を片付けていく。笑いながらやるもんだからほとんどステレオ状態だ。
 だが後ろを気にしなくてすむようになった分、戦況は大きく変わった。
「おっしゃーいくぜ!」
 珠封印で入手した水龍刀を振り下ろすと面白いように炎の塊共は消えていく。どうやら属性による相性が上手く効いているらしい。反対に龍麻の方が一撃では葬れずに苦戦しているようだった。邪霊は元が気のせいか動きが素早く、しかも遠距離からの攻撃が可能なために間合いに中々入ってこないのがむかつく。遠距離に攻撃をかけられる技が少ない龍麻では確かに不利だった。
 ようやく周りの邪霊を片付けたところに鬼となった九角がやはり瞬間移動するかのように現れた。狙ったかのように、龍麻の前に来て攻撃を仕掛けてくる。防御や精神力が強い龍麻でも流石に後方に吹き飛ばされた。そこにナースの舞子ちゃんがいたのが偶然にしても出来すぎってやつだろう。
 そこらの妖気の寄せ集めとは違って、九角であった鬼は一筋縄ではいかなかった。
 俺の攻撃はほとんど効いてない。奥義級にもなればなんとかダメージを与えることはできるが、それだけだ。
 龍麻の攻撃もキレがないが、邪霊の時ほどではない。前線にいる醍醐と三人がかりでダメージを与えていく。
 そして。
 戦いが終わった後の、鬼になったはずの九角の瞳は何故か正常な光を宿していた。
「見事……だ。人の『力』    見せてもらったぞ……」
 そういった奴の表情は鬼の形相だというのに、安らいだ感じを受ける。
「人の世に、陽が照らす限り、陰もまた、消えることはないのだと。努々忘れるな……陽と陰の戦いに終わりはないことを    
 呟いて、九角だったモノは塵となって消え失せていった。
 きつい闘いだったが何とか終わってほっとする。醍醐なんかはまだ信じられないって顔をしてやがるが。
「……さあって、それじゃそろそろ帰ろうぜッ」
 ことさら明るく言うと、それぞれの顔にも安堵の表情が浮かんできた。
 ……ただ一人を除いて。
 仲間達はそれに気が付かずに境内から外へと足を運んでいってしまっている。
「……おい」
 控えめに声をかけるが、全く反応が返ってこない。
 いつもの無視をしているのとは訳が違う。
 俯いて自らの手の平を凝視したままピクリとも動かないのだ。
 邪魔になるほどの長い前髪の向こうに『信じられない』という表情をありありと浮かべていた。
 それは、今まで一緒に居た中で見たどの顔よりも、如実に龍麻の心を顕していた。
 何がそうさせるのか。聞こうとして躊躇う。
 きっと今の龍麻には誰の声も届かない。
 見せつけられた現実にらしくなく動揺している自分がいる。
「龍麻ッ!」
 名前を叫んで肩を掴む。咄嗟に勢いがついてしまったせいか、龍麻がよろけた。
 ふわりと乱れた髪の間から覗いた瞳が泣きそうに見えたのは俺の目の錯覚だろうか。
 一瞬で体勢を立て直してこちらを見た瞳は普段と変わらない色をしていた。
 それに何故か安堵してしまう。
「おい、聞いているのか?」
「あ?」
 怒ったような声に、意識が現実に戻る。
 目の前には不機嫌ぶっちぎりの奴が一人。
「手を放せと言っている」
「あ、ああ悪ィ」
 掴んだままだった肩を解放すると、痛かったのか、肩をほぐすような仕草をした。
 そういえばずっと掴んだままだったかも。
「あー……龍麻」
「……何だ」
 今更謝るのは気が引けて、意識を辺りに向ける。
 すると、先程言いかけて言えなかった言葉が浮かんできた。
「その、なんだ……、今までありがとよッ」
 言って笑いかけると、龍麻は呆れたようにそっぽを向いた。ぼそっと「俺は何もしていない」と言ったのはもちろん無視だ。
「それじゃ帰るとすっか。俺たちの真神学園へ    
 
 


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