瞼をゆっくりと持ち上げると、日の光がうっすらと射し込んでいるのが見えた。
起き上がってまず最初に自分の手を見る。
それはもはや日常と化していて。
握りしめた拳にようやく力がこもっていく。
今日という日ははじまるのだ。
第拾四話 京洛奇譚
何やら教室内が騒がしい。
普段より何かに浮かれているかのような雰囲気に顔を顰める。
そういえば修学旅行とか言っていたか。
あまり興味は湧かないが、行かないわけにもいかないだろう。
机に頬杖をついて手元に配られた栞を見ることもなくぱらぱらと捲っていると、HRが終わったすぐ後に待ちかねたように蓬莱寺がやってきた。こういうイベントが好きそうなタイプだもんな。
席に座ったまま黙って奴を見上げると、何かを勘違いしたらしい。
「お前も楽しみでたまんねェッてクチか?」
などと嬉しそうに聞いてきた。お前の目は絶対節穴だな。
じっと睨んでやると、ようやくこちらの不機嫌に気が付いたようで「俺も団体行動って奴が苦手だからな」とかほざいた。嘘をつけ、嘘を。さんざん人を引っ張り回して置いて自分でも説得力が無いと思っているのだろう、目が泳いでいる。
何かを言ってやろうと口を開きかけた時、後ろから桜井達がやってきていつもの大騒ぎをやらかしだした。
ほんとに変わらない奴らだな。
呆れたようにやりとりを見ていると、冷たいだのと言われる。いつものことなのだが、相当諦めの悪い連中だ。
付き合っていられないので早々に帰ろうと鞄を持って立ち上がると、それにあわせたかのように『ラーメン屋に行こう!』という話になっていた。一体どこから出てきたんだその脈絡のなさは。おまけにまたラーメンか、好きだな。気が付いたらラーメン屋に居る事が多いのは確実にこいつらのせいだろう。夕飯を作らなくてすむから楽ではあるのだがと思いきや、ラーメン屋から帰宅しても人の家で蓬莱寺が飯を作っていることが良くある。どこにそんなに入るんだ。
毎度のやりとりを後ろからぼんやり見ていると、今日に限って皆挙動不審である。何を考えているのやら。
裏密がやってきて俺に関する何かを言いかけたが、これも醍醐によって遮られてしまう。アレほど苦手としている裏密に占いなんて、天地でもひっくり返ったか?
どうせろくでもないことを考えているのだろうと思っていると、本当にろくでもないことだった。
美里と俺を一緒に帰らせるつもりだったらしい。
今までの態度をどう見たらそんな発想になれるんだろうか。愛想なんぞかけらも無かったはずだ。もとより仲間とも思っていないのに。
「せっかくのチャンスなんだ。楽しんでこいよなッ。それじゃあ、ごゆっくり…………」
判っているのかいないのか、蓬莱寺はおちゃらけた調子でそういうと、校内へ貰った時から机の中に入りっぱなしで開きもしない教科書を取りに引き返していった。今更勉強なんてしても無意味だろうにな。それにしても明るく振る舞っていたが語尾に勢いがなかったのはなんだったんだ?
つらつらと考えて溜め息をつくと、何かを誤解したらしい。
美里が哀しそうに俯いてしまった。
普段から滅多に話すわけでもないので、尚更かける言葉に困る。
どうしようかと思っていると、桜井がやってきた。まだこんな所に居たのと言われたが美里を置いて帰っていたらそれこそ鬼のように言われることだっただろう。
嘘を付いて騙すようなことになって悪かったと謝られたが、それは美里に言ってやれと無言で示す。その仕草につられて視線を移した桜井もようやくその事に気が付いて大げさな位謝っていた。
改めて三人で帰ろうということになったが、相当俺は浮いていないだろうか。
何せ美里と桜井が並んで歩く後ろをついていく形になっている。妖しい人だと思われたら嫌だな、などととりとめもないことを考えていたら、ラーメン屋へ行く道すがらに高見沢とマリィが現れた。どうやら定期検診へ行く途中らしい。
薬の影響で成長が止められていたらしい身体も、桜ヶ丘病院の院長にかかれば時間はかかるが回復の見込みがあるとでた。流石に霊治療を施すだけのことはある。
注射も我慢しているというマリィのはしゃぎように笑みが零れた。すると、横から高見沢が私も一緒に頑張っているから誉めてと言ってきた。いやそれは看護婦の仕事じゃないのか……?
そもそもそのひーちゃんという呼び名はどこから出てきたんだ。
激しく疑問に思いながら頷いてやると、大喜びしながらマリィを連れて病院に向かっていった。無事に病院につけるんだろうな?
不安になりながら、美里が新宿通りと西口駅前どちらを通っていくか訊ねてきたので、何も考えずに新宿西口と答える。新宿通りはただでさえ人通りが多い。人混みはあまり好きではないので余程でないと行かないようにしていた。
西口前を歩いていると、美里と桜井が街を眺めつつ今までの戦いがまるで夢のようだったと言っている。まあ普通はそうだろうな。
美里が目を伏せてもう終わったのかと聞いてくるので、首を横に振ることで否定する。安易な仮定など無意味だ。桜井も横で口をとがらせて『鬼道衆も九角もいないのに』と不満そうにするが、そんなものは俺にとってはどうでもいい。
俺がそれ以上リアクションせずにいると、桜井がラーメンに行こう、と言いかけた時。
雨紋が現れた。
今日は何かある日なのか?
首を傾げていると、雨紋は新宿までもめ事の仲裁に来たらしい。ご苦労様なことだ。
一緒に身体を動かしませんか、というのは暗に俺にも喧嘩に加われということだろう。普段だったらあまり興味は湧かなかったが、今は何故か美里と桜井に付き合わされていて辟易していたのも事実だったので、手伝ってもいいかという気になる。余程そちらのほうが気楽だろう。だがトラブルが起きてパーティとまではいかなくなったらしい、雨紋が慌てて謝りながら去っていった。あれで案外人望があるらしいことが伺える。
結局そのまま新宿中央公園まで来てしまった。
途中何度帰ろうかと思ったことか。
美里と桜井は自分たちの好きなように時折笑って話をしつつ前を歩いていく。
再び今までの事が嘘みたいだったと言い出したが、それが嘘だったら今会ってきた連中とも出会えなかっただろうという結論になったようだ。
それなら良い想い出だよねと聞かれたが、そうなのか……?
俺は一度も一緒に行動したいと思わなかった筈だが。
ふと意識を逸らした時、横からあらわれた変な奴らが美里の腕を取っていた。
どうやら質の悪い連中のたむろしていた場所の側を通ってしまっていたらしいな。
桜井が俺に向かって遠慮するなというのは暗に叩きのめせといってるのか?
まあ、そのつもりだからいいんだが。
すると後ろからも聞き覚えのある声が飛んできた。
相変わらず下手な尾行だったな。
側の木陰から現れた蓬莱寺が無謀にも喧嘩を挑んでこようとしてくる奴らに向かってさらに啖呵を切っている。元来の騒ぎ好きな発言に醍醐が横で呆れていた。
「ぼやぼやしてんなよッ!」
それはこちらの台詞だ。一般人を相手にして遅れをとったら一生笑いモノにしてやる。
そんなことを思ったとは露知らず、蓬莱寺は喜々としてちんぴら共を吹き飛ばしていく。剄を使ったりしたら流石に死ぬんじゃないだろうか。
なにはともあれ、喧嘩は即終了した。
手応えのなさに蓬莱寺も醍醐も舌打ちしている。
しかし次の桜井の言葉で我に返ったようだ。尾行していたことを美里にまで感づかれて殊勝にも謝っている。
俺はもう帰ろうかと足を進めた瞬間に後ろからがっちり肩を掴まれた。
見ればにやけた顔をした蓬莱寺。
悪かったな、と謝りつつ全然謝る態度じゃない。半眼で睨み上げても最近は動じなくなりやがった。こちらが不機嫌なのを楽しんでいる雰囲気だ。全く迷惑な。
諦めも含んだ状態で仕方なしにラーメン屋に付き合った後、帰る道筋には蓬莱寺もまた付いてきていた。自宅はこちらの方角じゃなかったはずだが。
面倒くさくなって睨んだ以降から今まで全く合わせなかった視線をチラとそちらに向けてみれば、少し不満気な顔が見えた。
「そろそろ機嫌なおしてくれよ」
頭を掻いて困ったように呟かれても、別にいつもと何が変わっているわけではない。小さく首を傾げると、はあと横で溜め息をつかれた。
何だと思う間もなく前に回り込まれて両肩を押さえられる。
驚いて顔を上げると、あまりの至近距離に鳶色の瞳があって更に目を見開く。
「な……?」
なんだ、と言いかけた言葉は思わぬ真剣な瞳によって飲み込んでしまった。
そしてこちらが訊ねるよりも早くその色はがっくりと下に落ちていた。
「何だ、怒ってたんじゃねェのか」
「……は?」
「いや、何でもねェ」
良く分からない事を呟いたかと思うと、一人納得したように頷いている。
俺は納得してないぞ。大体怒っているというのならいつものことだ。独りになること自体が珍しいくらいなほど、無理矢理引っ張りまわすのは勘弁して欲しい。
ようやく着いた家の前でとりとめもない思いを溜め息と共に吐き出しつつ、玄関の鍵を回して開ける。
背後の扉が閉まる音とオートロックが掛かる音が時間差で響いた瞬間、玄関と居間を繋ぐ短い廊下の壁に背中が押しつけられていた。
「……何の真似だ?」
いきなりの行動に反応できなかったわけではなかったが、敢えて相手の好きにさせてやる。
「何のマネって……そりゃ、わかってんだろ?」
「わかってたまるか。この阿呆が」
ニヤリと浮かべた好色そうな笑みに顔を顰めて吐き捨てると同時に、向こう脛を思い切り蹴り込んでやる。
流石に何の予備動作もない行動にはついていけなかったのか、言葉もなくその場に撃沈した。
その場に置き去りにして部屋に入ると、慌てたように追いかけてきた。
「んだよ、別にいいだろ〜?」
「まだ準備もしていないのにこれ以上付き合ってられるか」
不満そうな輩の声に振り向かぬまま返事をして、戸棚から大きめのバッグを取り出す。小旅行なので持ち物は最低限しかいらない筈だと思いつつ、衣類のある棚の方へ歩いていこうとすると、腕を掴まれた。
「……」
黙ってその掴んでいる手を睨み付ける。
「いいじゃん、一回くれェは」
何がいいんだ、何が。
そう突っ込みたいのを抑えて沈黙を守ると、痺れを切らしたのか強引に引っ張られて行く形になった。
「お前、旅行の前くらいは大人しく家に帰ろうと思え。ついでに普通に女のトコにでも行って慰めて貰って来い」
毎度の事ながら言っても栓のないことだとは思いつつも呆れたようにそういうと、蓬莱寺の方もクツクツと小さく笑った。
「それもいいよなァ」
そう言いつつも手の力は一層強くなり、乱暴に開けられた寝室の扉と共に部屋に入った瞬間身体はベッドに投げ出されていた。
受け身を取る分、遅れて反射的に起き上がる前に動きを止められるように押さえ込まれる。
半分諦めつつ、覗き込んでくる奴の胸ぐらを掴んでさらに引き寄せる。
「一回以上やったら殺す」
唐突な行動に驚いた顔の目の前でにっこり笑んで言ってやると、口の端が少し引きつった。
当然だ。明日は一日歩いて過ごすようなものなのに動けなくなったら洒落にならない。
そのまま手をゆっくりベッドの上に投げ出すと溜め息をついて目を閉じた。
朝、集合場所の東京駅につくと、すでにホームは真神の制服で溢れていた。
探そうとする労力を払うこともなくすぐさま桜井に呼び止められる。美里も桜井も良い天気になったのを素直に喜んでいるようだった。
醍醐も人の波をかき分けて近寄ってくる。あのデカイ図体じゃ普通に通るのも難しいだろうなと失礼なことを思う。
こんな時までカメラを手放さない新聞部の遠野までやってきて、さらに騒がしさがパワーアップする。気が付けばなんだか周りの生徒からも遠巻きにされている気がするぞ。俺もその遠巻きの一人になりたいと思いつつ、更に裏密まで加わってする話題は阿呆の話題ってのがどうにかならないのか。そして俺に同意を求められても困る。一緒にここに残ってあげるってのはどうかしら?と聞かれて、即座に首を横に振る。何で俺がそんなことしてやらなくちゃならないんだ。そんな義理も友情もミジンコほども持ち合わせていない。
しかし俺の意志とは裏腹に何かを勘違いされたようだった。
冗談よと笑われて、何故かたいやきを手渡された。一体何なんだ?
手にしたたいやきを持ったまま固まっていると、マリア先生がやってきた。目立つこの一帯はさぞかし何をやっているんだろうと思われたことだろう。すぐに遠野と裏密に目をやり、犬神先生が呼んでいると伝えた。それに慌てて二人は生徒の波をかきわけて戻っていく。
さて、と目を戻した全員が一様にただ一カ所を見つめる。
「残るは、彼、ひとりだけね……」
困ったように頬に手を当てて零すように呟いたのはマリア先生だ。いつもの問題児がいつものように遅刻しているだけなのだが、今日というアイツにとっては一大イベントのような日に遅れるなんて想像がつかないのか、皆首を傾げている。
遅れて当然の状態ではあったが。
皆が視線を注いでいる階段の先から、ようやく聞き覚えのある叫びが聞こえてきた。
桜井や美里がほっとしたのも束の間、同時に列車が発車する合図のベルが駅構内に響き渡る。
果たして
京都の集合場所で、担任の先生方が自由行動の前の注意事項を説明していく。
夕食の時間までに宿に到着するという条件が出されて解散になった。
先生の監視という枷がはずれて、全員グループ同士集まって方々に散っていった。
こちらもこれから自由行動という名のコース巡りに参加するべく、グループで集まるわけだが、一人大仰にわめいている奴がいる。
結局しまりかける新幹線の扉に飛び込んできて辛くも学校で一人自習という状態を免れた蓬莱寺だったが、自業自得だ。
桜井の小言が飛ぶが、あまり深く突っ込まれることはなかった。
金閣寺と仁和寺どちらかのコースがいいかと聞かれて特に考えるでもなく金閣寺と答える。だから何で俺に聞くんだ……。いい加減にしか答えないぞ。
そのとき後ろからいきなり肩を叩かれて、クラスの女生徒が裏密が呼んでいたと伝えて去っていく。
裏密自体醍醐や蓬莱寺のように逃げるほど嫌いというわけではないのだが、恐らく占い師である彼女は何かを『見ている』のだろう。
俺に相談したいことがあるといって、宿に着いたらロビーに出てくるよう言われた。一体何事だろう。
時間もあるのでとりあえず目的地の金閣寺に移動する。
金色に輝く建物は、俺からはあまり良く見えない。それは太陽光のせいなのかわからないが、綺麗と思うことはできそうになかった。
「派手好きで、見栄っ張りで、飾り立てるのが大好きで……。今時のネェちゃんと同じだって」
派手という美里の言葉に反応して背後から何かを悟ったような文言が飛び出してくる。そういうところだけはしっかり見て居るんだな。悟りを開くにはほど遠そうだが、と思いつつ振り返れば、蓬莱寺が紫の袱紗を肩にかけて片目を瞑って見せた。
さらにその後ろから遠野があらわれて、蓬莱寺の台詞に関心したようにしている。だが『温泉』『混浴』という言葉で反応した蓬莱寺にしっかり釘を刺すことも忘れていない。
遠野が去っていった後金閣寺を後にして、蓬莱寺と桜井がみつけた茶屋で一休みしたりしながら宿に向かうことにする。それにしてもこういう時だけ蓬莱寺と桜井は行動が一緒だった。茶屋を見つけたのも同時なら、団子をせっせと食べているのも二人が一番だった。団子はいらないと言ったら横からその二人が俺の分を持っていったのも同時だったしな。
そしてホテルまで歩きということでいつも通り蓬莱寺が文句を並べたが、言うだけ言って諦めたのか大人しく歩き始める。
道の途中で倒れた老女を発見し、介抱して送り届けたりしたので宿に着いた頃にはすっかり辺りが暗くなっていた。その老女の話にでてきた天狗という言葉が蓬莱寺には引っかかっているらしい。莫迦ではないということなのだろう。
だが夕飯を食べ、風呂に入った後の蓬莱寺は何かいつもより浮かれていた。
そんな感じを漂わせているときはまたろくでもない事を考えているのだろうと思えば、やはりどうしようもないことだった。
一緒に行こうぜと言われて、ふと裏密のことが過ぎる。少し時間をつぶしてこいとか言っていた。
そのためどうせ失敗するだろうと思い、蓬莱寺の誘いにのることにする。
それにしても今龍麻と呼ばれたが、全員がいるところでは何故か緋勇と呼んでいたような気がする。どうでもいいことだが。
相当気合いの入っている蓬莱寺に女風呂まで連れて行かれたが、案の定犬神先生に捕まった。こういうことはなんだかとろくさいんだな、阿呆めが。
いまだ男の浪漫とかほざいている奴は放って置いて、ロビーに向かうことにする。
そこには裏密が待っていた。どんな話かと思いきや、何やら裏密の夢の実現にこのあたりの山にある不老不死の霊薬とかが必要らしい。俺と裏密の未来といわれても、あまり良いことはない気がするが……。話すだけ話して、裏密は消えていった。
戻ってきた蓬莱寺にも『何を企んでいるかわからない』と言わしめる彼女は結構凄いのかもしれない。
いつのまにか居た遠野と蓬莱寺が横で口論しているのをほとんど聞いていない状態で考えていると、美里と桜井までやってきていた。
天狗についての話題に切り替わったらしいが、遠野は天狗の話はあまり興味なさそうである。逆に気にしていたのは蓬莱寺で、天狗の面から別のモノを連想したらしい。鬼道衆が京都まで来ることはないと思うのだが。
気になりだした桜井や美里、醍醐が天狗を見極めに行くと言い出したら、今度は逆に蓬莱寺が渋りだした。言い出したのはお前だろうが。まあ夜になってまで山登りは正直遠慮したいというのはわからないでもない。だが風呂覗き犯ということがばれて遠野に脅された奴に選択肢はなかったようだった。
さらなる山登りに駆り出されたおかげで蓬莱寺の文句は盛大に並び立てられ、醍醐が呆れて諭す状態が続いていたが、何かが音を立てて樹から落ちた音を聞いて喜々として駆けて行く。そうしたら本当に言われていた『天狗』が居た。面付きの普通の人間のようだったが。
嬉しそうに木刀をかざす蓬莱寺に向かって啖呵を切るのはいいが、やめておいたほうがいいと言いかけたとき、女の子の静止の声が飛んできた。
一体何かと思ったら、宿に入る前に助けた老女の孫娘だったらしい。見てすぐわかったということは、話した特徴の中に目立つ奴が入っていたからだろうな。俺や醍醐や美里や桜井など少し紛れれば他の生徒と変わらないだろう。
朋子と名乗った少女は、天狗に扮していた隆という青年と共に山の開発を無造作に行うレジャー開発の説明をしだした。
そんなものはどこでも同じだな。
無駄に壊して周りを見ていないのは、普段の生活をしていても人間なら誰でも犯していることだ。
説明を聞いて蓬莱寺が俄然妨害に意欲を見せだし、美里や桜井、醍醐までが賛同したが、俺にはわからない。
あまりやる気のない俺をつれて、全員工事現場に移動する。
言われなくてもその場所は深い森の中で異様にぽっかりと穴が開いていた。
天狗の祠もあったはずだという青年に、蓬莱寺が木刀を振り上げて行動を開始しようとしたとき。
作業場からあらわれたのはスーツを着たいかつい男だった。まだ年齢的には若いが、雰囲気は十分ヤクザのようだ。子分も後ろから現れて挑発してくる。
最近は一般人との喧嘩が多いな……。
これみよがしに刃物をちらつかせて下卑な発言が飛んでくるが、そんなもの何の脅しにもならない高校生ってのは、間違っているよな。
腕を振り上げようとすると、後ろから『陽炎細雪!』という声が聞こえてきて目の前の子分が吹き飛ばされる。お前、一般人にそれは不味いだろう。言っても聞きやしないがな。
ヤクザの若い頭領を倒すと、意外にも引き下がるという。
さらに『ヤクザと癒着している』という事実を開発会社につきつけて暗に工事を中止させられるよう取りはからっていた。
存外人の好いヤクザもいるもんだな。
消灯時間も近いということで宿に帰ると、マリア先生が相当怒っていた。
横で蓬莱寺が無駄な言い訳をしていたがこれはどうしても無理だろう。なんかお前も言えよと促されたが沈黙を守る。
美里と桜井は遠野の計らいで無罪放免だったらしいが、夜中とはいかないまでもしばらく正座をさせられそうだった。
その後暗くなった廊下に、他の生徒に迷惑がかかると諦めて許されるまで蓬莱寺の空しい叫びがしばらく響き渡るのだった。
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