思った事を言葉にする。
思った事を行動にうつす。
思った事を実現させる。
それは俺の行動原理の全てで。
時々失敗もあったが、まあこれで大体乗り切っていた。
あの時がくるまで……。
第拾伍話 胎動
思わず口にした、名前。
相手も少し驚いたようだったが、しばらくしてそんなに気にならなくなったらしい。
だが言った此方の方が少し動揺しているようだった。
ふと気が付くと名字で呼んでしまう。
それはいつもの面子がいる時だったり、大勢の前だったり。
逆に周りに人があまり居ないときは名前で呼ぶことが多い。
それも無意識に。
なんでそんな呼び方が違うのかと聞かれたら自分でも良く分からないため説明などできやしない。
ちょっとやべェんじゃないのか?俺。
修学旅行の気晴らしに付き合えと強引に潜った旧校舎の中、ほとんど八つ当たり的に手近な獲物に奥義をぶちこんでいく。
そうやって身体を動かしている間は変なことを考えずにすみそうだった。
って。
うっわー忘れてた。
部会なんてモンがあったんだった。
気が付かずに放課後まで寝倒した俺の目の前に、副部長が手下を従えて立ちふさがっている。今日ばかりは逃げられねェらしい。
諦めて部会に付き合う。
ほとんど話は聞いちゃいないがな。
疲れた状態で教室に戻ってくれば、美里と小蒔と醍醐が龍麻の席を囲んで何やら話し込んでいる。
その席の主はどうやら見当たらないようなのだが、何をしているのかと思えば、もう帰っちゃったのかなぁと小蒔がこちらに向かって聞いてきた。
あー、その可能性はあるかもな。
だれも引き留める者が居なければ直ぐさま姿を消す奴だから。
けれど、席の横に鞄が置いたままなのを見て取ると、帰っていないだろうとわかる。それを言っても全然信用しやがらねェ。
俺も鞄置いて帰るだろう、だと? 当たり前だ。何にも入っちゃいねェんだから。
そうこうしているうちに教室の扉が開いた。
全員で振り返ると、戸口に龍麻が立っていた。
少し目を瞠っているのは、自分の机が囲まれているからか。帰りたくても鞄がとれなくて、近寄ったら巻き込まれそうだと直感的に思ったんだろう。間違っちゃいねェな、その判断は。
仕方なく嫌そうに近づいてくれば、それに気を悪くすることもなく美里と小蒔がはしゃぎだした。
一週間前から楽しみにしていた花園神社の縁日があると嬉しそうに言い出す。
すっかり忘れてました。
全員揃って行こうという小蒔の誘いは龍麻によってすげなく断られた。
騒がしいトコが好きじゃないなら、祭りのような場所は好きではないことは予想がついたが、そんなものハナから期待していない。
容赦なく連行することに決定だ。
下駄箱までくると、今度は裏密に出会う。
ナンだよ、折角今日は顔を見ないですんだと思ったのに。
一緒に行こうとかいいやがる小蒔達に向かって、用事があると言ったときは心底ほっとしたが、また凶刃に気を付けて、と暗に何かがあるようなことをほのめかして去っていった。ッたく相変わらずわけわかんねェ。
靴を履き替えて出掛けようとすると、美里と小蒔が家庭科室に用事があるという。
課題でもあったのか?
後から合流すればすむことなので、一端そこで分かれることにする。
先に付いた花園神社は結構な賑わいだった。
まあ新宿ど真ん中のお祭りだしな。
普段時間のないサラリーマンやOLも、頬を緩めて歩いている。
それを鑑賞しつつ待ったが、なかなか来ない二人に焦れて先に行こうと龍麻を誘ってものってこなかった。くそう薄情者め。人混みが嫌いなのは解ってるけどよ。
偶然みつけたエリちゃんにもあまりいい顔を向けてはいない。
本当にすぐ帰りたそうにしているのが見え見えだ。
もうちょっと愛想よくしろよな。
そうこうしているうちに、ようやっと小蒔がやってきた。よく見れば私服に着替えている。美里もかと思うと、こちらはどうやら浴衣に着替えてきたらしい。小蒔が浴衣でないのを醍醐が訝しく思ったが、色気より食い気の奴に聞くだけ無駄ってもんだろうな。
全員揃ったと言うことで、華やかな提灯の色の波に入ることにした。
そこかしこからいい匂いが漂ってきて、放課後の空きっ腹に主張してくる。
目移りしている小蒔が……って龍麻に行き先なんか聞くんじゃねェ!
どうせどこも行きたくないって言うに決まってる。
案の定屋台に目移りもせず先に進むと言うので、全員一緒に歩き出す。ちくしょう、俺の焼きそば……。
醍醐は醍醐でおみくじを引きたいとか言い出した。じじくさすぎ。
思わず龍麻に助けを求めたらあっさり帰るとか言いやがる。ほんと協調性ってもんがないよなぁ。
諦めてどうしようかと思っていると、何やら曲が流れてきた。聞き馴染みのあるような曲調に首を傾げると、小蒔が『ヒーローショーをやっているらしい』と弟から聞いた情報を告げた。縁日でか?
行ってみようかという誘いには肩を竦めて否定する。
まあ、この年でヒーローショーってのもないよな。
そろそろ良い時間なので、帰ろうという醍醐にのって境内を出ようとすると、美里と小蒔が着替えるという。浴衣じゃラーメンは厳しいか。
野郎三人で鳥居の側で寂しく待っていると、マリアせんせが浴衣姿であらわれた。金髪の美女は何着ても似合うな。もうちょっと早く会えてたら一緒に祭りをまわれたのだが非常に残念だ。
せんせは早く帰るよう注意して帰っていったのと入れ替わるかのように、美里と小蒔が帰ってくる。
だんだん冷えてきた夜には暖かいラーメンが一番だよな。
そういう意見で一致してラーメン屋に向かう。
歌舞伎町へ向かう道の途中、いつもなら人通りがあるはずのそこは静けさに満ちていた。小蒔と美里がさすがに感づいて顔を顰めている。
ち、人が安心させてやろうと思って知らない振りをしたのに、敵はここで仕掛けてくるつもりらしい。
暗闇から現れたのは、外見は普通のちんぴらだったがどいつもこいつも正気な人間の瞳じゃねェ。
何があったのかと思う間もなく、変化がはじまる。
……変化?
すると、人間だったモノは鬼に化生しやがった。
一体何が起きてやがるッ。
いつもの奴らとは全然違う手応えに、一撃で倒せない苛立ちが募る。
俺達だって今まで何もしていなかった訳じゃねェのに。
龍麻はというと、焦る俺達とは裏腹にいつも通りにひたすら技を叩き込んでいる。古武術だというが、素手を武器とするわりには粗野な感じがしないのは、龍麻から発せられる揺るぎない気のせいか。
アイツを見ていると落ち着いてくるから不思議だ。
醍醐や美里、小蒔も最初は慌てていたが、だんだん普段通りの分担をこなしている。
俺も最初の驚きから立ち直って龍麻の隣りに立つと気分が高揚していくのが解る。
最近は攻撃に関して言えば与えるダメージは段違いに俺の方が上になっていた。理由はおそらく得物の違いだろう、龍麻はあまり自分の武器を変えたがらない。俺はといえば、手に入った武器はありがたく利用させてもらうことにしており、最近は木刀ではなく刀を使っていた。真剣というのにためらいがなかったわけではないが、木刀を使うのに限界を感じていたのもまた事実で。
閃く白銀の輝きはまるで昔から知っていたかのように手に馴染んだ。
元は人であるということを差し引いて、立てなくなるくらいに痛めつけるという戦法は相当時間を食う。敵がタフだったのも原因の一つだ。
鬼道衆の仕業かと思案していると、倒れていたちんぴらの一人が気が付き『我竹林に龍を捕らえて待つ』と言って再び倒れた。
これは俺達をおびき出すための作戦かよ!
醍醐の師匠である龍山のジジイに思い当たり、醍醐は血相を変えて駆けていった。
俺達も遅れてその後を追う。
竹林に囲まれた屋敷に近づいて大声で呼びかけると、あっさりとジジイは出てきた。なんだ、ピンピンしてやがるじゃねェか。心配して損した。
全員がほっと力を抜きかけたとき、一定間隔で起きる地響きが辺りの竹を揺るがす。はっと顔を上げると、大きな影が辺りに落ちた。
「てめェは……」
九角!
しかも鬼の姿ときてやがる。
本当にどうなってるんだ!?
低く唸るような笑いを吐き出すたびに気分が悪くなるほどの邪気が辺りを浸食していく。
軽く舌打ちして袱紗の紐を緩める。
暗い怨念に取り憑かれた奴は、美里を見てもただの肉の塊としか認識できなくなるほど心が鬼に落ちちまっていた。前に倒したときはまだ『人間』が残っていたのに。 何がこれほどまでに奴を変えてしまったのか。
わかりたくもないが、考えている余裕はない。
にやりと笑って攻撃態勢に入ると、鬼はよりいっそう邪気を発してきた。
並の人間では即昏倒しかねない恐ろしい気だ。
こんなモノ、街に出てきたらパニックだけじゃすまされねェ。
素早く展開して九角に近づき攻撃しようと試みる。
「緋勇ッ!」
「うわっ!」
だが相手の方が素早く、移動中だった龍麻を狙って念を放ってきた。
吹き飛ばされることはなかったが、食らった時の表情が隠しきれない程常になくはっきり歪んだ。俺達の中でもバランス良い状態を保つ龍麻ですらこれでは、後ろにいる美里、小蒔が食らえばひとたまりもない。
相手に隙を与えては不味いと思ったのは、誰もが同じだった。
正面から醍醐が仕掛け、横から走り込んだ俺が奥義を叩き込む。それでもまだ鬼は倒れる気配がない。ほんとに化け物かよッ!
同じく俺と共に横側から回り込んだ龍麻が、受けたダメージをものともせず最近覚えた技『八雲』を叩き込んだ瞬間、勝負は決した。
倒れ込んだ九角を助けようと走り寄る美里すら拒み、語り出したことは。
陽と陰。
底無き欲望の渦 。
前世も現世も陽と陰は同じ場所から生まれたということ。
真の恐怖はこれからだということも。
鬼の姿から元に戻った九角は、美里を守れと龍麻に言っていた。
それができるのは龍麻しかいないと。
幻のように消える瞬間、最後に見せた笑みは諦めるでもなく、いっそ晴れ晴れとしていた。
はじめからこのつもりだったのか……?
龍山のジジイが、落ち込む美里に向かって『九角は死に場所を求めて来たのだ』と語った。
確かに、奴の最後の台詞はとても鬼だったものとは思えないものだった。
俺達を助けるかのように。
再び『力』を得ることができたその原因とはなんだったのか。
「まだ、何も終わっちゃいねェ」
自分で言った言葉に酷く安心する。
身体を動かすのは嫌いじゃないし喧嘩好きではあったが、そういうものとは別次元であるのは良く分かっているつもりだ。
単純に龍麻と隣同士で互角の力を振るえる場がある、というその事実に喜んだのかも知れない。
何かを知っているらしい龍山のジジイは月を見上げて『刻が迫っている』とだけ呟いた。東京に眠る大いなる『力』を手にしようとする影がいるらしい。
しかしこの地の未来を賭けた戦い、ってのはちょっと大ゲサ過ぎるような気がした。
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