□太陽の虜1□


 
 宿命、運命、天命。
 どれも嫌な言葉だ。
 自分の未来を縛り付けるような言い方じゃないのか?
 そんなものが決まっているのなら、頭で考えて行動していることは無駄だってことだろう。
 そんなもの、冗談じゃない。
 自分の未来は自分のモノなのだ。
 
 そう、今まで思っていたのに。
 
第拾九話 陰陽師
 
「必殺!」
 気合いを込めた刀身を叩き込む。
 それだけで目の前に居た鬼のような奴らは吹き飛んで消えた。
 刀を振って周りを見渡せば、取り敢えずこの周辺は掃討できたらしい。
 遠くからは新しく仲間に加わった壬生と劉の声が聞こえてくる。
 突然何を思ったのか、旧校舎に集合をかけられ今こうして大人数で戦闘をしている。
 普段は最低限、とくに真神の連中だけで済ましていた奴が、どういった風の吹き回しなのだろうか。
 ほんの少し離れていたのに遠く感じる距離。
 
「最低限の時間で敵を倒せ」
 指示は短く冷淡に発せられた。
 その采配は実際やってみるとあまりに的確で文句を言う暇すらない。そんなことをする暇があったら敵を倒さなければこちらがやられるからだ。
 当の本人は技も振るわずに悠々と戦場に立っている。
 余裕あるなぁ、などと劉が呟いたが、実際奴は戦う必要がないほど強さを持っている。
 龍麻の技はどれも威力を秘めた凄いものだが、唯一あまり何度も出せないのが難点だ。一度大技を放つとその場を動けなくなることが度々だった。
 それをしたくないのもあるのだろうが……。
 俺に言わせれば単に動きたくないだけだろう。
 技を連発することはできなくとも、一撃必殺の技ならば問題はない。
 それすらしないのだから、仲間の力を信じているというよりは何も考えずに時間が過ぎるのを待っているのだろう。
 ふと一瞬、ちらりとこちらに視線がくる。
 それはすぐに逸らされてしまった。
 首を傾げて戦闘の終わった広間を大股に歩いて近づいた。
「どういうつもりだ?」
 後ろ姿に問いかける。
 そうしても身体一つ動かさない。
「どういうつもり、とは?」
「なんでいきなり旧校舎に行こうなんて言いだしだしたのかってことだよ」
 いつもなら強引に肩を引っ張りこちらを向かせて会話をするのだが、それもなんだか気が引けてあげかけた手で頭をかく。
「なんつーか……らしくねェ」
 ぼそっと呟いた言葉に何を思ったのか、龍麻が振り向いた。
 無表情かと思いきや、うっすらと微笑みを浮かべている。
 それは妖艶な程に。
「戦力を見るためだ」
「……戦力?」
 うっかり見とれてしまって、言ったことに反応するのが遅れた。
 鸚鵡返しに単語を繰り返してそれがどういう意味なのか頭に浸透させる感じだ。
 戦力って、戦闘力だよな?
 そう目で問えば、頷かれた。
 最強を誇る龍麻からそんな言葉が出るとは意外だ。
 口にはしないがそんな思いが思い切り顔に出ていたのか、クスッと笑われた。
「代わりはいくらでもいるという話だ」
「なッ……そりゃどういう意味だ!」
 いつもは見れない笑顔に怯みつつも吠える。
 それはつまり俺達なんてもういらないということなのか?
 問いつめようとした矢先に人外の気配が周囲に立ちこめる。
 雨紋やマリィの声が遠くから聞こえてきた。
 すでに油断は許されない。
 厳しい指示が獣の咆吼よりもはっきりと響いた。
 
 あのあと、結局龍麻はさっさと帰ってしまい続きを聞けずじまいだった。
 珍しく色々話をしていたような気はする。
 自宅に押し掛けるのも何だか気後れしてしまい、かといって家に帰る気もしなかったので、夜の新宿をふらついていたのだが……。
 
 教室の中から、にぎやかな声と気のない言葉ではあるが存在感のある声が聞こえてくる。
 あいつら……好き勝手いいやがって。
 しかし廊下に居て他の奴らにじろじろ見られるのも嫌なので、適当な合間を見つけて入り込む。
 すると口うるさい奴に夏服であることを一発で見つかってしまった。
 ほんとに目敏い奴らだ……。
 醍醐に至っては心配しているように見えて「馬鹿でも風邪をひくぞ」などとのたまいやがった。ほっとけ。
 実際風邪を引いてしまい学校に来るのもだるかったが、どうしても昨夜の輩を見返すためには龍麻が必要だったのだ。真面目な奴のこと、学校にいるだろうと思ってみればやはりきちんと登校していた。
 早速話を振ってみるが、返事はいつもどおりつれない。
 もう少し食い下がれば来てくれるだろうとふんではいたが、体調が優れずくしゃみの連発だった。
 ……情けねェ。
 仕方なく、昨夜の話を全員に説明することになる。
 白い学ランを着た男のあまりの役の引きを説明してみたが、小蒔が呆れた声をあげやがった。お前の声は頭に響くからやめろ。
 そのまま龍麻に問いかけやがって、おかげでさらに無表情な見下げ果てたという視線の同意を受け取る羽目になる。
 すると何故かアン子までやってきた。
 鼻歌でも歌い出しそうな機嫌の良い奴に嫌な予感が過ぎる。
 いやこれは風邪による悪寒だと言い聞かせていると。
 龍麻の冷たい返事に少し不機嫌になりながらも、話やがった内容は……。
「ま、まさか、お前……、あの時、あそこにいたのかッ!?」
「お    ほほほほほッ! バッチリ見せてもらったわよッ。アンタが   、パンツ一丁で、歌舞伎町を駆け抜けていくのをねェッ!」
「うわああああああああッ! そんな、デカイ声で……!」
 不吉な予感は的中しやがった。
 あの状態を見ているヤツがいたとは……ッ。
 一気に全員の雰囲気が心底呆れ果てたものに変わった。
 くそ、分が悪いぜ。
 改めて白い学ランのヤツから奪い返す決意を新たにしていると、アン子が茶々を入れてきた。
 素人にはプロのイカサマは見抜けない等といいやがる。
 それにはようやく醍醐が気が付いて頷いた。
「なるほどな、それで緋勇を頼った訳か」
 そう、龍麻の『古武術』では力に任せる技よりも動体視力による瞬時の見極めによって相手の弱点をつく戦法がとられている。醍醐のように筋肉質に見えなくとも最強を誇るのは、その的確な判断と気のコントロールの凄さにあるといっても過言じゃないだろう。
 小蒔が面白そうだから協力してあげたら?なんて龍麻に話し掛ける。
 おいおいそんな言い方したらどうせ「面倒くさい」で片付けるに決まってるだろッ。
 案の定な答えを返されて内心舌打ちをする。
 どうやって誘い出そうかと考えていると、意外にも当の小蒔がフォローして一緒に行くことを決定していた。こういうとこは女の方が有る意味強引だよな。
 密かに喜んでいると、また醍醐が余計なことをいいやがった。
 お前、フォローしてるのかけなしてるのかどっちなんだよ。
 醍醐に一言何か言ってやろうと考えているうちに、アン子が龍麻の方を振り返って神妙な顔をした。
「緋勇君、少し身辺に気をつけた方がいいわよ」
 相変わらず変なことに首を突っ込むだけあって情報は早い。
 何を言いだしたのかと美里が不思議そうな顔をすると、どうやら区内で『転校生』の高校生男子が結構な数行方不明になっているらしい。
 わざわざそんな特殊な境遇のヤツを狙ってくるなんて、おかしいにも程がある、が……。
 俺達にはそう言えない理由がある。
 狙われる可能性のある『転校生』など、たった一人しかいないだろう。
 全員惹かれるようにそちらに向くと、涼し気な瞳が見返してきた。
 何を今更、と言わんばかりに。
 
 結局の所、白い学ランのヤツがそうであるとは断定できないが、可能性も否定できないため、全員でいくことになった。
 良いんだか悪いんだか……フクザツな気分だぜ。
 
 そこでいつも一緒に行きたがるアン子は珍しくも辞退した。
 美里も知っている高校生の画家が開く個展を見に行くというのに驚きを隠せない。
 そんなもんと俺のさやかちゃんを一緒にするな。
 すると、その個展に龍麻を誘っている。
 折角連れ出す雰囲気になったというのに、何を言い出しやがるんだこの女は。
 龍麻も悩む素振りを見せているのは、どちらにいっても面倒くさいのはかわらないと思っているのだろう。
 強引に話題を逸らすと、突然アン子は思わせぶりな笑みを浮かべた。
「とりあえず、アンタのパンツ姿は激写しておいたから。写りが良かったら、後で焼き増して校内掲示板に貼っといてあげるわ」
「なッ……!?」
 転んでもタダでは起きないとはこのことだ。真神新聞なんかに載ったら洒落にならない。素早いヤツのこと、問い質す前にあっと言う間に教室を出ていってしまった。
 くそう、後でネガをなんとかしないと。
 廊下に出てもその話題だったため、裏密までがやってくる。
 誰がウサギやゾウのパンツなんかはくかッ!
 後ろで微妙な顔をしている龍麻は置いておいて、取り敢えず変になっている話の流れを叩き斬る。
 しかし何故裏密がこんなところにいたのか、それはアン子が先程言いだした転校生が狙われている件のせいらしい。現場近くにあった呪符を調べればわかるとのことだが、相変わらずうさんくさい話だ。
 裏密は龍麻に向かって陰陽道について知っているか?等と訊ねていたが、龍麻はほとんど全てに頷いた。コイツも相変わらずよくわからないことだらけだ。
 その符の使い手は裏密によるとどうやら相当の力の持ち主らしい。
 陰陽師である可能性は否定できないと。
 しかも裏密は、この東京に今でも政財界に影響力のある陰陽師がいるという噂まで言い出してきやがった。
 俺としてはそんな小難しいことを考えるより先に、あのイカサマ野郎をどうにかすることが先決だった。
 龍麻を引っ張って下駄箱の方へ向かう。
 後から小蒔の呆れたような声が追いかけてきたが、聞こえないフリをした。
 
 外に出ると少し風が吹いただけで寒さが身に染みる。
 優しさのカケラも持たない連中は口々に言いたいことを言っていやがる。適当にあしらって、今の時刻を見て考え込む。こんな時間ではまだヤツもいないだろう。
 少し時間を潰してから行くことに決定して美里が何処に行くか龍麻に訊ねると、疲れたような顔をして返事をしていた。
 どちらにせよ駅前なのだから一緒だと思ったのだろう。
 東口のマイシティの前をぶらついていると、雪乃に出会した。またラーメンか?という問いに龍麻が頷く。ほんとどうでもいいって感じだよな……。
 雪乃はどうやらアン子が行きたがっていた画家の絵を見てきた帰りらしい。
 そんなにいいもんかねェ……。
 茶化したりしていると、しばらくして妹の雛乃がやってきたが、待ち合わせをしていたらしく、二人で仲良く行ってしまった。
 相手をしていただけで大分時間が経ったらしく、陽も大分陰ってきている。歌舞伎町にゆっくりと向かうことにする。
 平日でも相変わらずの人出であり、そして夜には更なる人でごったがえす。
 その路地裏に制服姿の女連れで来たい場所ではない。
 そう思って話をしていると、後ろから声がした。
「新宿は何が起こるかわからない所だよ」
 壬生が影から今し方出てきたかのように現れた。驚いた、まるで気配がなかった。暗殺者というのはそういうもんなのだろうか。
 『仕事』らしいことをほのめかしてはいたが、人の生命を奪うことだけが暗殺じゃないと笑って言う。仕事のためにはこの場所は目立つので去るという壬生に皆が心配して声をかけていた。龍麻はいつも通り表情を変えなかったが、無関心というわけでもないらしかった。
 壬生の姿が消えた後、醍醐に促されて昨夜の場所に案内することにする。
 ただでさえ厄介なヤツに会いに行くのに、変な客引きにあっても面倒なだけだしな。
 さくさく通り抜けると、目的の場所はすぐだった。
 昨日の今日で居るかどうかは疑わしかったが、あの目立つ風貌はすぐ見つかった。相手もこちらをみて笑いやがったところをみると、予測はしていたらしい。
 俺がインチキ野郎とののしると、生まれてこの方、勝負で手加減とイカサマはしたことがない、と村雨と名乗ったヤローは厳しい顔つきをした。
 そして勝負でこちらが賭けるものはなんと美里と小蒔だと言い出す。
 流石にそれは聞き捨てならなかったのか、小蒔がバカにすんなと怒鳴ると、なんとヤツはこちらが名乗ってもいない名前を全員あててきやがった。
 一体どういうつもりだ。
 醍醐はアン子の言っていた事件をすぐに連想したらしい。
 その事件についても意味ありげなことをほのめかしてきた。
 そして龍麻に視線を向けてうさんくささがさらに増すような笑みを浮かべて『用事がある』とぬかしやがる。ムカツク奴だ。
 
 けッ、上等だ。こっちの勝負じゃ負けねェぜ!
 
 袱紗の紐を解くと同時に、一体この狭い路地裏にどうやって隠れていたのか、周辺からわらわらと湧いてきやがる。
 なんだよ、この準備の良さはよ。
 前後を囲まれて目を細める。俺と龍麻、醍醐だけならまだしも、こういう接近戦では美里と小蒔は正直言って役に立たない上に邪魔だった。少々の怪我をしても良いならこんな連中一人でもどうになかるだろう。しかし護りながら戦うというのはそれだけ大変で正確な動きが要求される。狭くて動きがとりにくいこんな場所なら尚更だ。
 こういうことになりそうだったから龍麻だけを誘おうと思っていたのだが。
 ふと、横にいる龍麻を見る。
『戦力を見るためだ』
 はっとその言葉が頭を過ぎった。
 もしかして、こういう戦闘を予測していた?
 視線に気が付いたのか、龍麻はこちらに顔を向けるとニヤリと笑った。
 
 龍麻が腕を上げた瞬間、戦闘がはじまった。と、同時に、後ろから雷光が疾る。
「雨紋か?」
「何だよ、京一。ぼけっとしてんなら俺様が全部の手柄を頂いちまうゼ!」
 嬉しそうに敵を薙ぎ払う姿に、呆然とした。
 いつの間に来たんだ。
 しかし次の瞬間、龍麻に横腹に強烈な肘を入れられた。
「ッつぅ!」
「お前もぼけっとしてるんじゃない」
 指で示された方向を向くと、格好の獲物がいる。《陽炎細雪》なら射程距離内だ。技を放ちつつもその周辺を見渡すと、どうやら村雨の野郎の辺りと正反対のせいか、敵はそんなに居なかった。
 これはこちらの方向を安全域にして、美里達を庇う寸法か。
 瞬時に理解すると醍醐の方を見た。
 その隣りに居た小蒔も弓を構えたが、醍醐が厳しい顔で敵のいない方へと行くように指示する。一瞬不満そうにしたがその前にも龍麻が同じ指示をしていたのが聞こえていた。指示に従わない者は、旧校舎で嫌と言うほど痛い目にあってきている。それに眼前の敵の数に、仕留め損なえば自分が危ういのもわかっただろう。
 しぶしぶと引き下がった。
 ほっとして振り返る。
 木刀をがむしゃらに振りかぶる者と、ナイフを投げる者の攻撃は、後者の方が刃に毒を塗っている分悪質だった。『投げる』分、射程も長い。
 美里達が逃げていなければ、二撃打ち込まれてアウトだった。
 敵が寄ってきたな、と思った瞬間、暗闇からマリィと劉と壬生が現れた。
 劉に壬生はわかるにしても、マリィは何故、と思ったが、小さく『アオイオネーチャンガ心配ダッタノ』と言われれば黙るしかない。
 それだけ集まればこちらのものだった。
 ものの数分もしないうちに大勢いたいかつい野郎共は地に倒れ伏した。
 村雨も俺の会心の一撃で倒れたしな。
「……ツイてねェな」
 ぶつぶつと呟く奴に木刀をつきつけて、戦いの前の約束だった俺の学ランと財布を返して貰う。
 はー、やっと寒さが和らぐぜ。
 上着を着込んでそう呟くと、横にいた龍麻が『あんまりかわらないように見えるが……』と零した。十分変わるだろうが、服の厚さがよ。
 こちらが勝ったので、戦闘前に言っていた陰陽師うんぬんを聞こうとしたら、何故か明日が土曜なので明日の午後一時に日比谷公園へ来いと言い出した。
 そんな面倒くさいことはしないだろうと思っていた龍麻は、あっさり頷いていた。普段なら絶対嫌そうな顔をしているのに、一体どうしたのだろう。返事をした時の表情はいつもと変わりはなかったのが気になる所だった。
 結局村雨の野郎は俺達を連れてくるよう言われただけで、なおかつ龍麻に危機を知らせにきたらしい。
 やはりアン子の言っていた『狙われている転校生』というのは龍麻で間違いなさそうだな。
 それらに関することを教えてくれるらしいが……うさんくさいことこの上ねェな。
 とりあえず現時点ですぐ狙われる可能性がないということは判明したが、それ以外は全く手つかずのままだった。
 村雨は明日来れば判ると言った。
 そして一人で出歩くなとも。
 そう言い置いて奴は去っていったのだった。
 
 村雨が消えてしばらくすると醍醐が急に不安がる。
 ッたく、そうなら頷かなきゃいいのによ。
 小蒔なんかは悪い人には見えないと再三首をひねる。
 同意を求めた龍麻はあっさり冷たいとも思える否定を返す。
 ……なんだ、信用してるってわけでもなかったのか。
 思わずほっとしている自分が居て、それに逆に狼狽える。
 敵に無様に負けてしまい、思わず逃げちまって、それからこの場所に帰ろうと思い立ったその理由。
 それはあの日に確かめようとしてできなかったまま胸の奥で燻り続けている。
 帰ってきて、龍麻と対峙した、そのときから。
 そのためにあまり強引な態度にも出られず、あれから龍麻の家に押し掛けることもできていない。
 考え事をしつつ鳥肌が立った腕を思わずさすってしまってから、大分冷えてきたことに気が付く。このままでは風邪が悪化しちまう。
 余計なことは考えずにさっさと帰って寝てしまった方が賢明そうだった。
 
 次の日、ガッコが終わってから日比谷公園に向かう。
 まだ来ていない村雨を待つ傍ら、小蒔が学校名の話をしだす。
 げェ。村雨の野郎がお貴族様だったら、俺なんて王様やってるぜ。
 そんな話をしていたら、村雨が時間ぴったりに現れた。
 奴に言わせれば、貴族ではないのだが、偏差値の高い皇神に入ったのは誰かのためにわざわざ編入してやったということ。
 しかも編入試験にも運だけで受かったということなのだ。
 その《運》が村雨の《力》らしい。
 全くもって人生ナメてやがるな。
 
 それから芙蓉という美女がやってきて、浜離宮恩寵庭園へ連れて行かれることになった。どうみたって公園なんだが……ここに龍麻に用のある誰かがいるっていうのか?
 何やら命綱とか言い出して物騒な話になってきたが、村雨の野郎に馬鹿にされるのも嫌なので大人しくしてやる。龍麻はいつも通り冷淡に返していた。
 美女のおねェちゃんが歩き出すと、周りが急に揺らぎはじめた。
 村雨によるとそれは『空間の狭間』らしい。少し説明をしていたが、俺にはさっぱりだった。
 しばらく歩くと、途端にまばゆい光に包まれる。
 出てきたところは、さっきと全く代わり映えのしない光景だった。
 元の場所かと怒りかけた目の前に。
 はらり。
 と舞うものがあった。
 驚いて空を振り仰ぐ。
 空から無数に散ってくるそれは……桜の花びらだった。
 思わず呟いた言葉に反応した小蒔にこんな時期に咲いているわけがないと怒鳴られたが、眼前に見えるものが俺だけに見えているわけじゃないはずだ。
 すると、案内をしてきた芙蓉ちゃんが、いつの間にやら凄い格好に着替えていた。それが本当の姿なのだという。そんな格好で新宿を歩いたりしたらヤクザな連中に連れて行かれること間違いなしだな。
 そう思っていると、美里がこの場所の異様さを指摘しはじめる。
 確かにここには『公園』であって普通は人が沢山いるはずだ。それなのに誰も見えないというのは、おかしい。
 何やらここは別の場所にある『浜離宮』というやつらしい。
 カラクリはよくわからないが、なんとなく理解して芙蓉ちゃんの後についていくことになる。
 池の側で立ち止まると、木陰から何やらスカした野郎が現れた。
 こいつが龍麻を含めた俺達を呼び出したのだという。
 目的も何もはっきりしない連中に俺も醍醐も不満気にすると、御門晴明と名乗った奴が呆れたように村雨を問いただす。
 面白そうにしている野郎の言い分を聞いていると、さらに木陰から高い声で非難が飛んできた。
 見遣るとそこには白い学ランを来たほっそりした男が車椅子に座っていた。
 御門と村雨の問いかけから、美里が画家でもある秋月マサキという名前を言い出して改めて見遣ると、確かにアン子が騒ぐほどの色男であることはわかった。
 しかし村雨や御門と違って、すぐに村雨のしたことを謝る態度は潔い。
 どうやら本当に用事があったのはこっちの方だったらしい。
 話を始める前に、小蒔がこの四人の関係がわからないと言い出した。たまにはイイトコロに気が付くじゃねェか。
 龍麻に関する話もさることながら、色々わからないことが多すぎていけねェ。
 すると、御門が芙蓉ちゃんは式神だと言い出した。
 鬼神十二神将の一人だと。
 そして御門自身が陰陽師で、東の陰陽師を束ねる八十八代目当主ということらしい。裏密の話は本物だったのかよ……。
 ただし、裏密の言っていた事件に関係する陰陽師とは違う上に、その犯人も見当がついているとのことだった。阿師谷の陰陽師親子、と言われてもピンとこねェが。
 そうとわかりゃあさっさとブチのめせばすむだろうと意気込んだら、御門が鼻で笑いやがった。村雨といい、むかつく奴らばかりだ。
 相手の陰陽師は俺達が相手をするような奴らではない、と言う。龍麻もどうでもいいのか頷いていた。まぁ、関係ないならそれにこしたことはない。
 これからが今回の話の本題ということで、全員秋月マサキの話を聞く体制になる。
 はじめに絵を見てくれと言われて置かれていた絵の方を見た。
 すると、驚いたことに戦う俺達が鮮明に描かれていたのだ。
 その視線の先には黄色の龍と二つの塔。
 村雨達が俺達を探し当てたのはこの絵のせいだったのかと確かに納得できる十分なものだった。何せ俺達に会う前にこの絵は描かれているのだから。素人の俺が見たって、この絵が一日かそこらで描き上げられるようなものでないことは判る。
 どうやら秋月マサキに宿った力は未来を絵にする《力》らしい。
 そしてどうやら俺達は黄龍と戦う羽目になるらしい。
 陰陽道や風水に関わる話なので、御門が代わって説明をはじめる。
 すると『龍命の塔』というわからない単語がでてきた。
 詳しいことはあまり聞く気力がなくなったが、都庁がその設計図を元に似せて作られているということ、そしてその塔はまさに龍脈の力を操って強制的に龍穴を作ってその力を手に入れるためのモノということらしい。
 いまだにこの東京のどこかに眠っているという龍命の塔。
 それを見つけだし、東京の龍脈の力を手にすることが敵の思惑らしい。
 そうすれば世界を手に入れるどころか世界を作り替えることもできると。
 しかしそういう事ができるのは龍脈に選ばれた者だけが時代を変えれるのであって、一人の人間ができるはずもないのだと。
 なんだか現実離れした話になってきやがったぜ。
 俺達はいずれその何者かと闘うコトになる、というのが、秋月マサキが描いた絵……未来だという。
 龍麻はそれに面倒くさそうに頷いた。
 
 ……。
 もしかして。
 
 その先を思い浮かべる前に、何やら秋月マサキが龍麻について気になることをいいがった。
 宿命が見えるというソイツは、龍麻の出生について何やら知っている素振りだった。それについては語る気はないらしい。
 そこで出てきたのが意外にも龍山のジジイの名前だった。
 あの爺さんはなんと十数年前に俺達と同じ立場だったらしい。
 道理で何か物知り風に言うわけだぜ。
 小蒔が感心したように龍麻に言うと、コイツは静かに首を振った。
 まぁ確かに俺達のコトを思うなら最初から全部話しておいて欲しかったというのもあるわけだ。
 早速向かおうという話になっていた時。
 何やら甲高い笑い声が聞こえてきた。
 いや甲高いというよりは、ドスの利いた笑い声かもしれねェ。うわっ、寒イボ立ってきたぞ。
 小蒔がオカマ?と目を白黒させて呟くと、微妙に反応しやがった。
 こりゃ、オカマだな……。
 しかし声だけの奴が言った《黄龍の器》というのには何故だか反応してしまった。
一体なんだというのだろうか。
 村雨と御門のやりとりによって現れたのは、阿師谷伊周という名前で妙に格好をつけた野郎だった。
 気色悪い。
 どうやら御門に恨みがあるらしいが、側に居た秋月マサキを狙い、それを庇った芙蓉ちゃんを傷つけたのは許せねェ。
 龍麻を見る眼が奇妙なのがまた鳥肌を立たせる。オカマなんかにつきまとわれるなら鬼につきまとわれたほうがマシだぜッ。
 オカマはそれでとりあえず満足したのか、捨て台詞を吐いて消えていった。
 襲われた秋月マサキは星を読める能力によって、いつも陰陽師に狙われているらしい。そして自分の大切な人が死んでしまうという予見によって、その運命を変えるために力を使ったために、秋月マサキは呪いを受けて歩けなくなってしまったのだ。
 運命をねじ曲げるというのは自然の摂理に反しているため、それだけで済んだだけでも良かった方なのだと御門は言った。
 本人は大切な人を助けられたのだからいいというのだが……御門も村雨もその辺りについては神妙な顔をしていた。
 今襲ってきた奴が、どうやら龍麻を探していた陰陽師であるということは判った。ブチのめせるなら思い切りやってやるぜ。
 何やら拳武館にも手を貸していたらしい黒幕が、今回も阿師谷に俺達の情報を教え、どうしても俺達を始末してしまいたいらしい。
 面白い、相手にとって不足はねェぜ。
 それに陰陽師と戦うってのも面白そうだしな。
 村雨を案内役にし、阿師谷のいる場所へと向かうことにする。
 
 江東区にある富岡八幡宮の前にやってきてその鳥居を見上げた。
 ここが大昔阿師谷の本家があった場所で、謀反を起こして惨殺された怨念が残る地だという。
 すると阿師谷伊周が現れて、村雨と珍妙なやりとりをし始めた。
 小蒔が横から『二人ともそういう関係なの?』と聞いたが軽くいなされた。まぁ村雨の野郎流の挨拶なんだろうが……。
 また御門と同じ様な『違う世界』に案内すると言った阿師谷の言葉に重なるように、先程別れたはずの御門が現れた。横に芙蓉ちゃんも居る。道案内は村雨だけのはずだったが、何故かこの二人もついていくことになる。
 奇妙な入り口の先にいたのは、ヨボヨボのジジイだった。
 こいつが阿師谷の親父らしい。
 そのジジイの台詞に何やら御門が納得していたが、《あの御方》と呼ぶ奴は天下を取るなんて言ってやがるらしい。それに便乗するために、俺達を始末しろといわれたんだとか。阿呆か。
 そんな命令をしやがった奴の出で立ちは深紅の学生服に、日本刀で、頬に傷があるんだそうだ。
 一体どんな奴なんだ。
 
 詳しいことは後で聞き出すとして、兎に角連中をブチのめすことが先だった。
 どうやら御門と村雨、芙蓉ちゃんも一緒に戦ってくれるらしい。
 そうして始まった戦闘は、敵が多いながらも広範囲の技ができる連中が居たお陰であっと言う間に終わることになった。
 もちろん敵の弱点をつくような指示が龍麻から出ていたことは、その隣りにいた俺が良く知っている。
 ただ最後の方でジジイに呪詛を食らってカエルになっちまったりしてたがな。
 ご愛敬ってとこだろう。
 
 戦いが終わった後に伊周を問いつめようとしたところ、突然ジジイの方が苦しみだし、突然倒れた。そのためかなり動揺した伊周は親父をつれてどこかへ消えてしまった。全く勝手な奴だ。
 何の手がかりも掴めないまま、龍麻を狙う奴の影はさらに大きくなる。
 仕方なしに、当初の目的の龍山のジジイに会いにいくことになった。
 雨に降られたおかげで少し遅くなったが、御門達が送ってくれたお陰でまだマシだった。そして御門も村雨も帰り際に憎まれ口を叩きながら、次からは参戦することになったのだった。
 本当に面白い奴らが龍麻の周りに集まってくる。
 当人はあまり気にしていないようでいて、よく人を見ている。
 それでいてその他のコトにはあまり興味がなさそうにしているから厄介なのだ。
 ついついからかい半分に連れ出しまくっていたが、最近は大人しくついてきているので諦めたのかと思っていた。
 どうやらそれは間違いで、さっさと用事をすませて早く帰ろうという魂胆らしい。
 全くもって龍麻らしい行動である。
 ただの面倒くさがりだと言い切ってしまえばそれまでだが。
 
 龍山のジジイの家は誰も居ないかのように静まりかえっている。
 神妙な顔をしたジジイは、龍麻をじっと見つめて話し出した。
 十七年前に起こった戦いと、龍麻自身の出生の話だという。
 そこで語られる話は、俺の想像もつかないような出来事につながっているのだった。
 


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