『おめーの剣には力が感じられねェ』
『なんだと?』
無理矢理引っ張って行かれた挙げ句、とてつもない辛苦を伴う修行をさせておいて出てきた言葉がこれでは、反感を覚えても仕方ないだろう。
地面に倒れ込んでいるところを上から覗き込まれてそう言い放たれて。
勢いよく起き上がって睨み付けても相手は全く動じてはいなかった。
『強さだけでは強いとは言わん。お前にはそれがわかっちゃいねェ』
他にも散々罵倒されたその言葉が今にして蘇ってくる。
何故今なのか。
いや、今だからこそ、なのか……。
第伍話 夢妖
先日の出来事が嘘だったかのような日々。
緋勇に水を向けてもさらりとかわされて何事も無かったかのように『日常』は過ぎていく。
手に入れた力の感覚が未だ馴染んでいないらしく、空を切るかのような手応えに、逆に普段の動作が追いついていかない事もあった。
『お前は、そうじゃねェのかよ?』
そう聞いてみたくもあったが、返事も想像がついたのでかろうじて止めた。
どうせあの冷たい表情で関係ないと言うのだろう。
ここまで掴み所のないヤツも珍しいが、戦いを否定しているのかと思えば普通に戦闘をこなしているところを見ると、本当に訳が分からない。色々話をしてみたくても気がつけば教室にその姿はなく、機会を逃しまくっていたのが現実だった。
しかし今日は犬神の授業が最後だったせいか、大量のプリント類を整理していて教室に残っている。
犬神の話題で話し掛けてみると、しまったという顔付きをされた。そんなに話し掛けられるのが嫌だったのか。なんとなく面白くなくてこのまま引き留めてやろうと思っていると、良いところに小蒔もやってきて話しに加わってくる。
アン子まで加わって何故か夢見の話になり、近頃墨田区で起こっている謎の事件の話しまで持ち出してきた。相変わらずこういう話はどこから拾ってくるんだか。
夢なんてここ数年見たことがない。最近はなんとなく『見た』ような気もしているが、目が覚めたら忘れてしまっていた。夢なんてそんなものだろう。
お告げとか言われてもあまりピンとこない。
そうしているうちに、突然気分の悪いといっていた美里が倒れてしまった。
相変わらずだがこういうときに緋勇の態度は素っ気ない。倒れた美里を思いやる小蒔の怒りはかなり大きかったが気にする風でもなかった。女には興味がないのだろうか? 美里はかなりの美女の部類に入ると思うし、実際自分から話し掛けるなんてことは今までなかったから見込みだってありそうなもんなのに。
ふと思ったが、その考えは次の言葉で霧散する。
よりにもよって裏密の所にか!
あんな得体の知れないのの場所に行ったら治るもんも治らなくなるに決まっている。全力で拒んでみても、最終決定権は何故か緋勇に回る。
少し考える風に、だがきっぱりと裏密の方を選んだのは一体何故なのか。そういえば一番最初に裏密と会ったときも平然としていた。逆に裏密の方が驚いて何か言っていたようだったがもう覚えていない。
恐る恐る醍醐と共についていくと、裏密が嬉しそうに現れた。
「相変わらず〜面白い色の〜魂〜今度〜ミサちゃんに占わせて〜」
その言葉に頷く緋勇の怖いモノ知らずな精神に流石に呆れた。
瞳に走った光は何か別の感情が籠もっていたような気もしたが、あまりに一瞬で判断も付かない。
取り敢えず裏密のアヤシゲなモノで占うことになったらしいが、丸い水晶の中に映像が映ったかと思うと、途端に砕け散った。
どうやら敵は一筋縄ではいかないらしい。
そもそも、夢という話が出た時点で様子のおかしい美里が事件の起こっている墨田区に行ったことがあるのだから、何かしら関係しているに違いない。
しかし桜ヶ丘という名前が出てきて心底驚いた。
あんな所二度と行きたくねェ!
そう言っているのにまたしても俺の意志は無視されていた。
美里の身体が大事とはいえ、何でこうも皆人の忠告を無視しやがるんだ。
緋勇も俺の態度に冷ややかな瞳で応じやがるし。
今日は厄日か?
無情にも桜ヶ丘に着き、やはり健在な院長に捕まって取り敢えずその場を逃げようと画策するが、あの院長にすら態度を変えない緋勇は名前すら教えようとしていなかった。俺の言ったことがわかったのか、微妙なところだが……。
変といえば、そこにいた看護婦に対する態度もいつも通りのはずだったが、看護婦の方のテンポが妙だったせいか、思いっきり誤解されていた。
美里を回復するという手段で院長の腕は信頼に足るものではあったが、どうやら完全に回復させるには元凶を叩くことが必要なようだった。大まかな場所を絞り込んで向かおうという手順になったが、地理に詳しい人間が高見沢という看護婦ということにかなりな不安を感じる。一刻を争う事態であったので院長にも言われて仕方なしに連れて行くことにする。
病院の外で出遅れた緋勇が可愛い女の子と話していたのには驚いた。いつの間に知り合ったのかと思ったが、偶然出会しただけらしい。整った顔には変わらず何の感情も浮かんでいなくて、比良坂と名乗った子の方が可哀想な位であったが、取り繕ってやる時間はあまりなかった。引きずるように皆の所に戻る。
以前渋谷ではぐれたときも、そのまま居なくなりそうな気がして焦って引っ張って来たことがあった。あの時は何も考えていなかったが、後から考えればあの人混みの中で男同士で何をしていたんだと我に返った。迷子になっていた緋勇を連れて行ったんだと無理矢理納得させたが、相当恥ずかしい事をしたと思う。緋勇ももうちょっと言ってくれたらいいのによ……。思わず八つ当たりしたくなったが、皆と集まって手を放した後に強く握ってしまったせいか、痣ができていた腕をさすっていたのに申し訳なさが立って、結局言えずに過ごしている。文句を言いたいことがあるのは緋勇の方だろうが、何も言われないのは大したことではなかったのか、気にされない程存在を無視されているのか。後者だったら結構へこむ。何と言われようとも、緋勇の存在感は周りに影響を与えている。ほんの少し前まで一緒に行動をすることなど考えもつかなかった美里、小蒔、醍醐、そしてこの俺。一番おかしいのは自分かも知れない。
何でこんなに気になるんだか……。
ふと視線を前に向けると、高見沢が周りに向かって話し掛けていた。どうやら霊をみれる霊能力者というやつらしいが、それによってあまり良くない思いもしてきたらしい。ビクッと身体を震わせて緋勇の答えを待つ姿が痛々しい。そんな姿に感じるモノがあったのか、緋勇は肯定する言葉を掛けている。珍しいことがあるもんだと思うが、瞳の色はあまり変わっていない。
本心は一体どこにあるのやら。
美里の救出にも難色を示していたり、怖じ気づいたのとはまた違った行動で本当に何をしたいのかが読めないヤツだった。
結局何やら知っているらしい藤咲という女に案内されて行くことになったが、あからさまに罠っぽいのに眉を顰めていた。醍醐も余計なことを言い腐っていたがな。
そして案の定変なガスで眠らされ、夢の国とやらに連れていかれて元凶とご対面となった。
が、其処で見た光景は信じがたいものだった。
砂漠が夢の世界だからというのは納得できても、そこにいる敵に全く攻撃が通じなかった。醍醐や小蒔の技はなんとか通じていたが、一番涼しい顔をしていた緋勇の技は確実に敵にダメージを与えていく。
渋谷で鴉共と戦った時に感じた奇妙な違和感はこれだったのだ。
『お前の剣には力が感じられない』
その言葉が唐突に蘇る。
聞いたときは何を言ってやがるんだこの野郎と思ったが、現実は確かに非情なまでに事実をつきつけてくる。
力と言われてもいまだに実感の湧かない気分で緋勇に目を向けた。
すると花見の時に桜の下で見せた戦いとは全然違う余裕ぶりに目を瞠る。無手の技はともすると粗野になりがちだが、緋勇の技は舞いをみているかのように鮮やかだ。
後で確実に聞き出してやる。
そう思い、今は目前の戦いを終わらせることに専念する。
どうにか終わったと思ったら、今度は世界がなくなりかけるという事態にも遭遇したが、夢の世界からかろうじて戻ってきてみれば、元の汚い部屋の中だった。
いじめが原因で自殺した弟の代わりとして嵯峨野を見ていた藤咲には悪かったが、人死にが出ている時点で洒落になっていない。いじめってのはある意味日本の集団社会を現しているようで好きじゃねェが、いじめたヤツをいじめ返せばいいという理屈でもない気がする。嵯峨野を心の奥底に閉じこめてしまった自責にかられている藤咲に高見沢が不思議な能力で弟の言葉を伝えてやると、なんとか心を変えたようだった。
取り敢えず病院に戻れば、美里は回復し元通りになっていてほっとする。
その場を無言で立ち去ろうとしていた緋勇を病院の外で捕まえて、学校まで一緒に行くことにする。相当不満そうな顔をしていたが、こればかりは許すわけにはいかない。
「で?」
もうすでに明かりも見えない学校の校門前でようやく口を開いた最初の言葉は簡潔だった。早めに切り上げて帰りたいというのが良く現れていて気が滅入りそうになるのをなんとか堪える。
「お前、なんでそんなにいきなり強くなったんだよ?」
「なんだ、そんな事か」
「そんな事じゃねェ。答えろよ」
言うまで帰さないという態度で言うと、どうでもいいことのように肩を竦めた。
「旧校舎だ」
「は?」
あまりにあっさり言われて何のことだか判らない。
「旧校舎だよ。お前もう忘れたのか?」
今度はゆっくり丁寧に言われてようやく理解する。
旧校舎って前に美里が倒れて居たところだよな。
変な気が集まってるって……。
「お前またあそこに行ったのかッ?」
「ああ、結構面白かったぞ?」
ふ、と笑う顔は普段の冷ややかな感じとはまた違った雰囲気を出していて一瞬言葉をなくす。もちろん瞳は笑ってはいないのだが。
「面白かった……ってなぁ。一人で行ったのかよ」
そんなところに行けば、確実に力の強さは上がるだろう。戦闘慣れだってするはずだ。密かに面白くなくて、目の前の人物を睨む。
「そういう時は俺も呼べよな」
「面倒臭い」
「面倒くさがるな。携帯だって一番に登録してあるんだからよッ!」
放っておくとまた一人で行きそうな気配に何度も念を押す。
今日はもう遅いが、明日以降空いているときに絶対引き連れて降りてやろうと心に誓って。
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