ふと、立ち止まる。
歩いていたのかも定かではないのに、立ち止まったのだけは判った。
そうして何故そこにいるのだろうと考えてみる。
それもしばらくしてどうでもよくなってきた。
何故、なんで……。
そんな疑問など、とうに無意味だとわかっているはずなのに。
立ち止まってしまうのは、何故なのか……。
第六話 友
「あーあーッ。こんなに暗くなっちまって……。やっぱ、部活なんてやるもんじゃねェなァ」
蓬莱寺のぼやきが横から聞こえる。
旧校舎へ一人で行っていたのがばれてから、こうやって誰かが一緒に帰るのが普通になってしまっていた。放っておいてくれてもいいものを引き留められて、部活に出たと言っている蓬莱寺と醍醐に引っ張られて帰るという感じである。
正直なところ勘弁して欲しいのだが、美里や桜井、遠野まで入れ替わり立ち替わりでやってきては抜け出すこともままならない。
空を仰げばもう星も出ていて、結構良い時間である。
やっぱり振り切って逃げるべきだったか。
仕方ないので宿題として出されたプリント等をやっていたのだが、何が悲しくてつきあわなくてはならないのだろう。
溜め息をつきかけたとき、突然の悲鳴に両隣が反応する。
反応しないわけではなかったが、動こうとしなかったのに気がついたのか、またしても蓬莱寺に腕を掴まれて引っ張って行かれた。
頼むから放っておいてほしいんだがな……。
遠い目をしつつ、仕方なしについていくことになる。
そこで起きていた事件はまた異様なものであった。
「ちょっと、ちょっとッ!」
次の日の放課後、教室の扉を蹴破らんばかりの勢いで遠野が転がり込んできた。
その様子から察するに、昨日の事は確実に情報を掴んでいるのだろう。一体どこからその情報を拾ってくるのだか。
机に突っ伏して寝る京一を叩き起こして漫才をやっている二人を後目に、また団体で出かけることになるんだろうなと頬杖をついて考える。
倒れた同じ学校の生徒の石化した腕。
何故か大会の前に狙われた有力候補達。
鎧扇寺学園という名前。
なんだか出来すぎている気はするが、石化能力というのは怪物達も持っている能力だ。それを手に入れられれば辻褄は合うだろう。
助けに行こうという話しになっている外野の会話で、行きたくないと突っぱねればまた強引に行くことになってしまった。もう慣れたけどな……。
途中裏密と出会い、石化の能力が邪眼によるものである可能性が高いこと、邪眼はともすれば妬み、恨みの産物であるかもしれないということを言っていた。
「緋勇く〜んも、邪眼が欲しいでしょ〜?」
と訊ねられたときは驚いたが、そんなものはいらないと答えると残念そうにしていた。しかし同時に「緋勇く〜んには〜、もっと別の力が〜ありそうだから〜必要ないかも〜」などとも言っていたが。
力などあってもろくなことにはならない。
それは今の現状がそのまま全てを現している。
考えていたことがわかったのか、裏密はいつものようににぃっと笑って一緒にいたら面白そうだから、と何かあったら呼ぶように言って去っていった。
女性陣には問題なく受け入れられているが、男性陣にはもっぱら不評な裏密の参入に顔を顰めたのはやはり蓬莱寺と醍醐である。
俺も占いを信じる方ではないが、裏密は何か見えているのかもしれない。
下手に周りをうろつかれるよりはマシかと思えた。
鎧扇寺学園についたら、この学園の生徒が犯人だと思うか?と桜井に聞かれる。
あからさまにあやしい物品証拠に犯人を特定するのは無意味に思えた。
とにかく空手部へ行こうということになる。広い道場には体格の良い一人の男が瞑想をするかのように座り込んでいた。
もう考えるのもおっくうになる。
空手部員との戦いになるのだろうとは思っていたが、ここまで予想通りだと何とも言えない。仕方なしに腕を構えた。
旧校舎に行ったおかげか、切れの悪い動きをしていた連中は全て元の動きを取り戻し、落ち着いているように見える。
結局、鎧扇寺学園は無関係であることが証明されただけだった。
二重存在という珍しい力を持つ紫暮という男は、こちらの非にも関わらず笑い飛ばして協力するといってきた。醍醐も言っていたが、珍しいヤツだ。
最後に気になることを言っていたが、それに関しては醍醐に何か覚えがありそうだった。考えに浸るヤツに桜井や美里が心配の声を掛ける。言いたくなさそうにしているものに無理して聞く必要はないだろう。
桜ヶ丘に見舞いに行くというので、いい加減疲れていた俺は帰らせて貰うことにした。女性陣は醍醐と見舞いに行くことになったが、蓬莱寺がその場に残る。
「お前も行けば?」
「んだよ、俺が居ちゃいけねェのかよ」
言外に邪魔だと言ってやると、思った通りむっとする。表情の豊かなヤツだ。
「それじゃあな」
「っておい!」
「……何だ」
無駄とは思いつつもさっさと帰ろうとすれば引き留められる。俺の方には用事はないんだが。
「折角だから遊んで行こうぜ? 綺麗なおねェちゃんでもナンパしてよ」
……。
立ち止まった自分が莫迦だった。
にやけ顔で内緒話をするかのように囁かれた言葉は蓬莱寺らしすぎて、脱力した。常々桜井や遠野がどうしようもないと言っている事ではあるが、そんなものに付き合わされるのはご免だ。
身を翻して今度こそ本当にその場を立ち去る。
後ろから蓬莱寺の呼び止める声が聞こえたがもちろん無視した。
全く、どうしてこう色々なことに首を突っ込みたがる連中ばかりなのだか。
俺など構っても良いことなどないだろうに。
癖になりつつある溜め息をついて家路についた。
翌日、敵は早速行動を起こしてきたらしい。
桜井は確かに盲点だったといえる。
途端に醍醐が慌ただしく行動しているのはうろたえているのだろうか?
ぼーっとしていたら、蓬莱寺に一緒に行動しようと捕まえられていた。
あてど無く歩き回るのはいいが、人の多いところでは意味がないに等しい。
だが周りに人がいるという状況のほうが心が落ち着く事もある。昨日から様子の変だった醍醐が、おそらくこの事件の鍵を握っているのだろう。そう蓬莱寺は苛立たしげにつぶやいた。
中央公園に戻ると、先ほど会った雨紋から聞いた杉並高校の連中が女の子をひっぱっているところに遭遇する。よくよく見れば桜ヶ丘の前で会った少女であったが、何故こんな場所にいたのだろう。困ったように会釈して走り去った後ろ姿は以前と変わりはなかったが。
どうやら以前の醍醐の親友の仕業と判って、その居場所に向かうことになる。
たどり着いた先で、一人で決着を付けようとする醍醐に蓬莱寺は怒りも露わに叫ぶ。
「俺達は仲間だろうー?」
……俺もか。
仲間という言葉があまりに当てはまらなかったので、一瞬考え込んでしまった。
美里や桜井や蓬莱寺や醍醐は確かに、仲間だろう。
だからといって、俺は違うんじゃないだろうか。
何でここにいるのか、いまだにさっぱりわからない。
気をとられたせいか、廃屋でつまづいてしまう。蓬莱寺に莫迦にされたが、何やら装備品が落ちていたらしい。不良のたまり場っぽいからな……というか拾っていいのかこれ。あまり貰っても嬉しくないが、仕方なしに持っていることにする。後で捨ててるか。
奥まで行くとなるほど、石化能力は伊達ではないらしい。
石像と化した女性達が苦悶の表情で立っている。
桜井もその凶津というやつに石化されていた。
何を言っても聞かないヤツに業を煮やした蓬莱寺が打って出る。
それが合図となって戦闘がはじまった。
旧校舎で鍛えたせいか、ここでもあまりダメージを受けないで動くことができるようになっている。呼べと言われて持たされた携帯で呼び出した連中も、反対側から上手く立ち回っているようだ。
時間はかからずに凶津の側まで行けたが、こいつは一筋縄ではいかなかった。ダメージが上手く入らないのだ。もちろん俺の技はしっかり入っていたが、俺が倒したら後々面倒そうだったので、醍醐に譲る。
「何故、俺はまた負けるのか……ッ!」
そんな台詞を残して倒れた奴を醍醐は寂しそうに見ていた。
幸いにも桜井は石化から解除されて元に戻る。
凶津はそれを見て苦々しげに『鬼道衆』の存在を語った。
「俺は鬼になれなかった……」
そういうが、十分鬼っぽい外見のような気もする。
遠くから聞こえるサイレンの音に、慌ててその場を立ち去ったが、その後繁華街で歩みを止めた醍醐が振り返る。
埃っぽいはずの空気に爽やかな風が一瞬通り過ぎていったのは気のせいではなかっただろう。
『醍醐ー』
そう呼ぶ声が、聞こえたような気がした。
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